第11話 漆黒の少年


 《ケングン、謎の布に取りつかれたまま服屋へ》


 「ありがとしたー」 店員さんの声に見送られ、ケングン…と、布キッドは店を出た。


「師匠、もっとゆっくり見て回った方が良かったんじゃないですか?」

「ダメだ…服屋でその行為は、危険すぎる」


 ケングンのアタマには『ガゴッ!』 服屋に対する虚像的偏見ゴーレムがいた!

 そいつが言うには『服屋とは、この世のすべてをオシャレかNOオシャレかで区別する審判所のようなトコロであり、そこで働く店員さんは、言うなれば託宣でもってNOオシャレを駆逐する兵士』 らしい。意外に饒舌!


『話しかけられれば、死!』


 ゴーレムに従い、ケングンは迅雷よりも早く店を出た!

 「「服屋ってそんなに怖い場所なの?」」 ちゃう。前述の通りこのゴーレムは虚像で、上記の偏見は実際そんなことない。


「それにしたって、こんなジミ~な服」

「いいのよ。暗めの色が好きなんでぃ」


 ケングンはその装いを一新し、異世界で初めて…いや、人生で初めて! 自分で買った服を身に着けていた!


「ふーん、まぁいいですけど…」


 なお、元々着ていた服は 布キッドがしれっと預かり、いそいそ体にシマいこんでいた。

 生地の多重構造たる布キッドが服をシマう姿は、さながら他者を吸収して肥大化するエイリアンのようだった。


『クッ、人質に取られた』


 捨て置け、あんなパジャマ!

 と、一概に言い切れないワケがあった。


「さすがに、暗すぎません?」


 彼が選んだ服は…黒色のパーカーと! 黒色のズボンだ! 一見して頭からイカ墨に突っ込んだ人。

 しかし、パーカーの胸の部分には、何やら白いワッペンがついている。よかった、どうやら頭からイカ墨に突っ込んだ人じゃなくて、ただ全身真っ黒の不審者らしい。


 そのワッペンは…『have a nice dream!』!!?


『悪夢… have a nice dream!』


 元の世界に近い服を選んだら、必然的に付いていた!

 そんなワケで、今着ている服と布キッドが人質に取っている服はファミリーと言うことになり、ケングンも迂闊に手が出せなかった。


「ま、見た目は自由ですからね」

「君の格好は暑くないのかしら?」

「へっちゃらです! まだまだ師匠のコト襲っちゃいますから!」

「ヤメテ…」


 そうやって話している内に、2人は街の真ん中にある城までやって来た。


 ―― 城は、麓から見れば、まるで巨大な塩の山のように見えた。海ひとつ干上がらせてなお、足りないほどの量をしている。そのてっぺんを掴もうとすれば、自分の手の大きさに驚くことだろう。

 周りには、それなりの人がいる。祝日の昼12半ごろのショッピングモールと言えば伝わりやすいか。いや、地域差があって分かりづらいか。ともかく、その人波の中に数名、張りつめた弦楽器のような 鋭い緊張感を持つ兵士がいた。


『弾けば、琴の音でもしそう』


 その緊張を視界に収めながらも『ガヤガヤ!』 人々は平素の顔をしていた。どうやら普段の光景らしい。


「それにしても、図書館なんて」


 布キッドが 意外そうな口ぶりで言った。


「オベンキョウですか? 師匠ってば強いんだから、そんなの必要ないでしょ」


 なるほど。どうやら腕っぷしがあれば、勉強しなくても大丈夫だと思っている。

 ここはケングン! 年上として、優しく諭してあげるべきだ!


「勉強ってのはねぇ…やるに越したことないんだよ!」


 言ッた! が、そう言うケングンの成績は、どうにもこうにも低空飛行だった。因果なことに、彼の学友も低空飛行だった。滑空でのアクロバット飛行や。

 変わる話だが、ツバメが雨前に低く飛ぶのは 餌となる虫たちが湿度で羽を重くして低い位置に漂うからである。


「え~、ヤですよ勉強なんて」


 その気持ち、分かります!


「それに、勉強なんて意味ないですもん」

「気持ちはねぇ、分かるんだけどねぇ。う~ん」


 ケングン、言いあぐねる。

 布キッドはフード内の闇を一層暗くすると、そこからチロチロ赤い舌を出した。


「ボクに限っては、益々ないですよ」


 その声が少し寂しげだったので、ケングンは気になった。


「年齢に合わない、含みある言い方だ」

「含み? 別に口の中なんも無いですよ」

「やっぱり年相応かも」


 さてさて、場には ほとんど漆黒の服を着た少年と、布をしこたま被った謎の児童が立っている。

 これは異世界と言えども異質であり、ハタから見れば今から城に盗みに入ろうとするシロウトシーフか、アンダーグラウンドで活躍する新世代兄弟ラッパーだった。


「…」


 弾けば琴の音がしそうな兵士たちが、2人を訝しんでいる!


 が! それほど目立つ格好だったゆえに、彼女が2人の存在に気づいた!


「そこの貴方!」


 声の方を向いた! そこに立っていたのは…


「あ! さっきぶりです」


 ベルサイカ嬢が、美しい微笑をたたえて手を振っていた!


「えぇ、さっきぶりですね! そして…」


 ベルサイカ嬢は近づいてくると、既に少し下がっていた頭を、さらにスッと下げた。


「今日はどうも、ご迷惑をお掛けしました」

「わっ、いいんですよそんな」


 比較的のんびりなケングンにしては珍しく、大急ぎで首を振った。さらにヒザを曲げることで、ベルサイカ嬢よりも自分の頭の位置を低くした。


「改めまして、オストルグ・J・アンドロベルサイカと申します。以後お見知りおきを」

「…!」


 その名乗り…絶句するほどの気品!


 お辞儀は、一人の天才が長い年月をかけて晩年に作り出したのかと思われるほど、愕然とする精巧さで成り立っている。加えて声は、いがみ合いの無い音階…ピアノの一音のように、それ以外は有り得ない。

 この美の極致とも言える完成の中で、首元まで垂れた髪先だけが、流れるままに風で弄ばれている。


『外に放つような美しさじゃない…内部に凝縮されたような、荘厳な美しさだ…』


 圧倒され、ケングンは思わず2歩退いた。


『この名乗りにツり合う名乗りなど、この世に存在しないんじゃないか』


 思わず、呟いた。


「わぁ…」

「え?」


 ベルサイカ嬢は顔を上げた。すると、気付いたように目を丸くする。


「もしかして…声、聞き取りづらかったですか?」

「えっ! あぁいやぁ、まさか」


 ケングンは、さっきよりも大げさに首を振った。


「僕は 尾祖ケングンです。ぜひ、よろしくお願いします」


 勢いのまま、自己紹介した。

 ベルサイカ嬢は微笑む。


「こちらこそ。ところで…」


 微笑を、隣にいた布キッドにも向けた。


「こちらの子は?」

「あー、この子はですね」

「ボクは、レノア。ケングン師匠の一番弟子」


 布キッド…もとい、レノアの自己紹介!

 名前は、ケングンも初めて聞いた。あと一番弟子と言う称号も、初めて聞いた。


 だが! 『こらこら、弟子じゃないだろう』 というケングンのお咎めより先に『ザッ!』 レノアがベルサイカ嬢に一歩踏み出た!


「アンタがアンドロベルサイカ? ふぅん、勇者の子孫って聞いてたけど、全然強そうじゃないね」

「こらこら、何を言い出すやら」


 ケングンはこっちの発言を咎めた。

 しかし、ベルサイカ嬢は「いいんですよ」 と首を振る。


「まだ子供ですから」


 そう言って、ベルサイカ嬢は地面にヒザをつくと、レノアの目線にしっかりと顔を合わせた。

 「…なんだよ」 青い瞳と、赤い瞳が交差する。茶色い目のケングンは、負けじと白目をむいた。


「舌とは、心です。舌で嫌な言葉を使うほど、心も嫌になっていくんですよ」

「へっ、なんじゃそら」

「本当です。よく閻魔様が舌を抜くと言うでしょう? あれは、嫌になった人の心を抜いてるんですよ」


 ベルサイカ嬢は自分の舌をペロッと出してみせた。


「もし貴方の舌が、このまま嫌な舌になったら?」

「…けッ!」


 レノアは弾かれたように顔を背けると、プイっと後ろを向いてしまった!


「あら、言い過ぎてしまったようですね」


 レノアの顔を覗くと、不安そうに歯や唇で、自分の舌を確認している。


「舌、ある?」

「ありますよ!」


 またプイっと顔を背けた。

 「「そう言っても、ベルサイカ嬢に当たり強くないか?」」 …まぁ初対面のケングンに 今日だけで通算4回は襲いかかっている子供なので、色々込々でなぁなぁにしよう。


 それに、もっと気になったトコロがあるハズだ!


『……閻魔?』


 引っ掛かった。


「あの、閻魔って…地獄の?」

「はい、そうですよ?」


 ケングンが詳しく話してほしい! という風にセガむと、ベルサイカ嬢は立ち上がりながら説明してくれた。


「伝説に出てくる、地獄の王様です。罪人を裁くとされています」

「それは、アレですか? 仏教的な…」

「…ブッキョウ?」


 ベルサイカ嬢は、首を傾げた。ので、ケングンは「あっ! 何でもないです」と言って 会話を打ち切った。


『仏教の概念はないのに、閻魔の概念はある?』


 ケングンも、思わず首を傾げた。


『ナゾだなぁ。ナゾナゾ』


 ケングンは、この世界のことを何も知らない。

 だがしかし! よく考えてみれば これから行く場所は、そういった世界への疑問解決に、うってつけの場所ではないか!


「そうだ!」


 ケングンはベルサイカ嬢に、城内図書館に行こうとしている。と話した!

 すると、


「奇遇ですね! 図書館なら、私も行こうとしていたところです」


 と返ってきた!


「よろしければ、今日のお礼に案内させてください」

「ワオ! それってとってもありがたいです」

「えぇ、ではレノア君も」

「君付けヤメロ! 気安く呼ぶんじゃねぇ!」


 レノアは体全体を使って拒絶のフォームを取ると、城の方へと駆けだした!


「案内なんて簡単なモン、ボクにだって出来ますよ!」


 そう言って ツアーの先導をするガイドさんみたく、小さな体で大手を振った。

 ダボダボの布余りが、重いカーテンのたなびくように揺れる。


「なるほど、お言葉に甘えようじゃない」


 ケングンたちは確認するように頷き合うと、そのままレノアの後に付いていった。

 なお 後ろを行く2人の姿は、光の女性と闇の男子という対比的な構図で辺りの注目を集めていた。

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