第8話 透過率の高い出会い
《ケングンは警備兵男性を追いかけた》
ケングンは警備兵を追いかけ、石畳の街を走った!
街並みからして、ココがこの街のメインストリートか…横幅は大体50mほどあり、縦幅には所せましの商店がギュウギュウ敷き詰められている。
中には家の軒先を売り場に改築しているトコロもあり、道行く人々を飲み込もうと 魅力的な商品で手ぐすね引いていた。
「良い街だなぁ」
丘から見て分かっていたことだが、やっぱりカラフル!
左右をパステル画で描いたような、ふんわりした建築が流れていく。普通の家では玄関先に小さなガーデンを設けていたり、淡い色で壁を作っているのが多いものの、まれに原色を鮮烈にバケツで塗りつけたような家もあった。しかし そういった家でさえ存在を享受されるほどに 街全体が一つの風景として成り立っていた。
それほどに芸術的な街を『タッ タッ タッ』 塩水でカッピカピの少年が走っていく。
こんなのスルメがチョコの街を走り抜けるようなもん! …かもしれない。
人々はケングンを微妙な顔して眺め、関わるにはあまりに塩分過多だったので ソッと日常に戻っていった。
「うわぁ! 少年、アレを見てくれ!!」
ケングンの先を行っていた 警備兵が叫んだ!
「えーーッ! なんじゃくりゃぁ!」
ケングンも叫んだ!
2人の視線の先…そこでは!
「はぁ…はぁ」
今まさに追いかけていた女性と「はぁ…はッ」 ケングンに歪な笑みを浮かべて去っていた男が「ハァ!」 まるでドラマのラストシーンのような構図で相対していた!
「てっ…手こずらせ…はっ ハァ!」
「…はッはッ、こんな…はぁ、…こと…」
全員息切れ! どうやらスタミナ切れでの決着らしい。吐き出されるCO2が、輪唱のように重なり合っている。
しかし…妙に思ったことでしょう。
警備兵の男性は今に、『アレを見てくれ!』 と言った。そしてケングンも『なんじゃくりゃあ!』 と言った。
「「この程度のシーンに、オーバーリアクション過ぎやしないか?」」 あと、人を『アレ』 呼ばわりはシツレイ。
…ケングンが驚いたのは、このラストシーンにではない!
「な、なんじゃくりゃあ…」
道のド真ん中に! 大きな水晶が屹立している!
『さすがは異世界。道のド真ん中に水晶が生えるくらい、普通のことなんだろうなぁ』
ちゃう! 警備兵も驚いてたろうが!
加えて周りには野次馬が集まり、物珍しそうに水晶を観賞している。
《~~~!》
「えっ!」
ケングンは再び驚いた! 自分の眼を凝らし、思わず首が斜めになる。
クリスタルの中に…人が閉じ込められていた。
《~! ~~!!》
その姿、見覚えがある。確か女性と対峙している男の、もう片割れだった気がする。
『バンバン!』 と中から水晶を叩くあたり、どうやら一応お元気らしい。
「おい! 手前ら、ナ~ニしてやがる!」
このイマイチ言い表しづらい状況に、警備兵が飛び込んだ!
「俺の眼が黒いウチはよぉ、この街で悪さなんざデキねぇゼ!」
キメ顔で言った! あきらかに周りの野次馬を意識している!
警備兵は女性とで、男を挟み討つように立った。槍を構えて、その先端で光景を撫でるように 場の全員を確認していく。
「…!」
槍の先端が女性に合った瞬間…警備兵の顔が驚愕に染まった!
「アンドロベルサイカ嬢!?」
男は機敏に! 背筋をピンと伸ばした! 構えていた槍はシャンと起立させて、いかにも警備兵らしく敬礼! 門前にいた時とはずいぶん違うなぁ。
「アンドロベルサイカ嬢って?」
野次馬から顔を出し、ケングンが訪ねた。
「何っ! 知らないのか」
警備兵は跳び上がる!
「いいか? 彼女はな。この国有数の貴族であり、あの『勇者様』 の…」
「止めてください」
女性の声が、説明を遮った。
「私は、そんな立派な人間じゃありませんよ」
アンドロベルサイカ嬢(以下にしてベルサイカ嬢と呼ぼう) は、涼しげな声でそう言った。会話が聞こえていたらしい。あと息は整ったらしい。
「へッ そうだぜ警備兵の兄チャン。コイツはそんな立派なもんじゃねぇさ」
ベルサイカ嬢に追随する形で、男も口を開いた。その口元は鉄を曲げたようにグニャリと曲がって、仮面のような笑顔を作っている
警備兵はムッと男を睨み、再び槍を構えた。しかし、男は怯むことなく口を動かす。
「勇者さえいなけりゃ 北の国は滅ばなかったんだ。なぁ そうだろ?」
「お前! 北の国の人間か」
「あぁ、そうだとも」
「北の国って?」
野次馬から顔を出し、ケングンが訪ねた。
「何っ! 知らないのか…何も知らないな君は!」
「うッ」
『今日この世界に生まれたんだから、何も知らないのは当然だ!』 と、言いたくもなる。というか それをサシ引いても、まだ二回しか無知を披露してない!
警備兵は「あとで教えるから」 と小声で言うと、男の方に向き直って槍を構えた。
「気の毒ではあるが、それでも女性相手に2人掛かりとは卑怯なり」
「へっ、2人どころか。最初は3人だったんだがな。だろ? ボウズ」
男がケングンに気づき、話を向けた。
「良く逃げ切れたなぁ。大したもんだ、ハッハッハ!」
「あー…そう! 隙見て逃げたんですね僕は、ハッハッハ!」
「ハッハッはんッ、ガキ一人片付けられねぇとは、情けない」
《~。~~、~~~》 (クリスタル内の男性がウンウン頷いた)
「アイツ俺らん中で一番強いのに」
《~》 (クリスタル内の男性がウンウン頷いた)
ところで、ベルサイカ嬢。
ベルサイカ嬢の姿は、ケングンたちから見て 水晶で邪魔されてよく見えない位置にあった。
「…あれ! アンドロベルサイカ嬢は!?」
4人の男たちが! ベルサイカ嬢のいた方を見た! しかし、そこにはベルサイカ嬢のベの字も無く、真っすぐに消失点へ続く道しかない!
「チッ! トンズラしやがった」
《~。~~!!》
「うるせぇ! 腹から声出せ!」
《~!? ~~~~!!》 (クリスタル内の男性が地団太を踏んだ)
小競り合いを始めた男どもを置き、果たしてベルサイカ嬢はドコに消えたのか。ベルサイカ嬢がいた場所には、穏やかな街の空気が漂って、姿どころか痕跡さえ無い。
『?』
しかし、4人の中で唯一…ケングンだけが その姿を認識していた!
『皆に、見えてない?』
ベルサイカ嬢は、一歩も動かずその場にいた!
「とにかくお前ら 2人とも牢屋行きじゃ!」
「おーい 俺らまだ手ぇ出してねんだぜ」
「まだって言った! 推定犯罪者だお前ら」
『…』 (ケングンはベルサイカ嬢にだけ分かるよう、手を振った)
「どうであれやってネんだ 一般人だぜ俺らぁ」
《~、~~~。》
「なーに言ってやがらぁ」
『…!』 (ベルサイカ嬢がケングンに気付き、驚いて目を丸くした)
「とにかく連行する いいな」
『…?』 (ケングンが肩をすくめた。『皆には見えてないんですか?』)
「ケッ かってぇ奴」
『…』 (ベルサイカ嬢は青い瞳で悪戯っぽく笑うと、人差し指を口元に添えた)
「あっ」
少年はその美しさに、思わず声を取りこぼした。
「ん、どうした君」
警備兵が、ケングンの方を振り返った。
ケングンは声を出した喉の火照りに驚きつつ、首を振るって意識と熱を冷まそうとした。
「…何でもないですよ! ホントホント」
「そうか? ともかく君にも色々と聞きたいし、一緒に来てくれないか」
「おっ、ボウズも牢屋来るか?」
「聴取だ! お前らと一緒にするんじゃあない」
「コイツはどうすんだよ」
《~~?》
「知らん。後で誰かに掘削させに来る」
警備兵は腰に巻き付けていたロープを引き延ばすと、男の腕にクルクル回した。
「さ、来い」
「へいへい」
歩き出した2人に続いて、ケングンも足を動かした。
去り際、ベルサイカ嬢のいた方を見た。しかし、彼女は今度こそ本当に、その場から立ち去っていた。
「…」
ケングンはもう一度、首を振るって意識と熱を冷まそうとした。
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