第8話 透過率の高い出会い


 ケングンは女性のことを警備兵の男に報告し、共に女性の後を追った。


 空は晴れ渡り、道を行く人の顔も明るい。ケングンは大通りらしき石畳の道を走っていた。


「わー 良い街だなぁ」


 左右をパステル画で描かれたような家々が流れていく。玄関先に小さなガーデンを設けていたり、淡い色で壁を染める落ち着いた家が多かったが、中には鮮烈に、原色をバケツで塗り付けたような家もあった。しかし、そんな普通は浮きかねない家でさえ、町全体が作るアーティスティックな雰囲気の前に、存在を享受されていた。


 それほどに美しい街を、塩水でカッピカピの少年が走っていく。道を行く人の顔は明るいが、全員がケングンに会うと異端者を見るように顔を曇らせた。彼の肌に伝うのは汗か、含んだ塩水か、それとも…涙か。


「少年! アレを見てくれ!!」


 ケングンを先導するペースランナー男性が叫んだ。


「えーーッ! なんじゃくりゃぁ!」


 ケングンも叫んだ。


 その視線の向こう…走っていた道の伸びた先には、今まさに追っている女性その人と、2人組の男が対峙している姿があった。


「てっ…手こずらせ…はっ はっ」

「何…どうせ…はっ 私の…はぁっ」


 全員息が荒いあたり、スタミナ切れでの決着らしい。しかし、それよりも気になることがあった。

 対峙している2人組、その片割れが、まるで氷山に呑まれたように透明なクリスタルに閉じ込められている。


『…!…!!』


 中の男は、何かを叫ぶように口をパクパクしながら、自らを閉じ込めるクリスタルを『バンバン!』叩いた。しかし、クリスタルは無機質に輝くばかりで、男の醜態を見せしめるように曇りがかって地面に根付いていた。


「おーい! おーい!」


 駆け付けたケングン達は、女性とで男たちを挟み撃つように立った。すると


「アンドロベルサイカ嬢!?」


 女性を見たペースランナー男性が、驚いたように背をまっすぐ伸ばした。持っていた槍を起立させ、空想に雲をこねていたころとは違い、如何にも警備兵らしい振る舞いで敬礼をする。


「アンドロベルサイカ嬢って?」

「何っ! 知らないのか。彼女はこの国有数の貴族であり あの勇者様の…」

「止めてください」


 アンドロベルサイカ嬢…以下、ベルサイカ嬢が口を開いた。どうやらこちらに気付いたらしい。あと息も整ったらしい。


「私は、そんな立派なもんじゃありませんよ」

「へッ そうだぜ警備兵の兄チャン。コイツはそんな立派なもんじゃねぇさ」


 間の男が口を開いた。口元を歪に曲げて、警備兵の方を睨みつける。


「勇者さえいなけりゃ 北の国は滅ばなかったんだ。なぁ そうだろ?」

「お前! 北の国の人間か」

「あぁそうだとも。同情したかよ」

「北の国って?」

「何っ! 知らないのか。…何も知らないな、君は!」


 そうストレートに言われると、ケングンも少々傷つく。というかまだ二回しか無知を披露していない。警備兵は「後で教えるから」と小声で言うと、男の方に向き直って、槍を構えた。


「気の毒ではあるが、それでも女性相手に2人掛かりとは卑怯なり」

「へっ、2人どころか。最初は3人だったんだがな。だろ? ボウズ」


 男がケングンに会話を向けた。


「良く逃げ切れたなぁ。大したもんだ、ハッハッハ!」

「うッ、そう! 隙見て逃げたんですね僕は、ハッハッハ!」

「ハッハッはんッ、ガキ一人片付けられねぇとは、情けない」

『~。~~、~~~』(クリスタル内の男性がウンウン頷いた)

「アイツ俺らん中で一番強いのに」

『~』(クリスタル内の男性がウンウン頷いた)


 さて、現状を改めて説明しよう。まずケングンを点として、その一歩右前に警備兵。そして前には大きなクリスタルに閉じ込められた男と、隣に仲間の男がいる。最後にベルサイカ嬢が、クリスタル男たちの向こうにいた。

 つまり、ケングン達から見て、ベルサイカ嬢の姿は男たちに阻まれた見づらい所にあった。


「…あれ! アンドロベルサイカ嬢は!?」


 4人の男性が、かつてベルサイカ嬢のいた場所を見た。しかし、そこには影も輪郭も無く、見れば真っ直ぐに消失点へと続く道しかなかった。


「チッ! トンズラしやがった」

『~。~~!!』

「うるせぇ! 腹から声出せ!」

『~!? ~~~~!!』(クリスタル内の男性が地団太を踏んだ)


 言い争いらしきものを始めた男どもをさておき、果たしてベルサイカ嬢は何処に消えたのか。御存じの通り、かつて立っていた場所には穏やかな街の空気が漂い、姿どころか痕跡さえ無い。

 しかし、四人の中でケングンだけが唯一。その存在、影も輪郭も姿もまるっと確認できていた。


『皆に、見えてない?』


 ベルサイカ嬢は、かつていた位置から一歩も動かずして、その場に立っていた。


「とにかくお前ら 2人とも牢屋行きじゃ!」

「おーい 俺らまだ手ぇ出してねんだぜ」

「まだって言った! 推定犯罪者だお前ら」

 『…』 (ケングンはベルサイカ嬢にだけ分かるよう、手を振った)

「どうであれやってネんだ 一般人だぜ俺らぁ」

『~、~~~。』

「なーに言ってやがらぁ」

 『…!』 (ベルサイカ嬢がケングンに気付き、驚いて目を丸くした)

「とにかく連行する いいな」

 『…?』 (ケングンが肩をすくめた。『皆には見えてないの?』)

「ケッ かってぇ奴」


 『…』 (ベルサイカ嬢は青い瞳で悪戯っぽく笑うと、人差し指を口元に添えた)


「あっ」


 少年はその美しさに、思わず声を取りこぼした。


「ん、どうした少年」


 警備兵が、ケングンの方を見た。ケングンは声を出した喉の火照りに驚きつつ、首を振るって意識と熱をシャンと冷まそうとした。


「やぁ、何でもないですよ。ホントホント」

「そうか? ともかく君にも色々と聞きたいし、一緒に来てくれないか」

「おっ、ボウズも牢屋来るか?」

「聴取だ! お前らと一緒にするんじゃあない」

「コイツはどうすんだよ」『~~?』

「知らん。後で誰かに掘削させに来る」


 警備兵は腰にあったロープを引き延ばすと、男の腕に回した。「さ、来い」「へいへい」 歩き出した2人に続いて、ケングンも足を動かした。去り際、ベルサイカ嬢のいた方を見た。彼女は既にその場から立ち去っていた。


 ケングンはもう一度、首を振るって意識と熱をシャンと冷まそうとした。

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