第22話 怪しげコンビと如何にもな敵


 ケングンとレノア、謎の男バカンスと 少女トンカチと共に街へ。


「俺らは旅の途中でな。ちょうどクロックリールに寄りたかったんだ」


 バカンスは先頭を歩きながら、ここに至るまでの経緯を語った。レノアがいたからか、伝説の剣や真っ赤なドラゴンなど、男の子が食いつきそうなのを選んで話している。が、当のレノアは『嘘っぱち』 と斜に構えて聞いた。何ならこの世界での日が浅い、ケングンの方がガッツリ食いついていた。


『ドラゴン、ぜひ見たい』


 暑い日だった。子供2人組はバカンスの陰に入って歩き、ケングンは傍らで焦げた。喉が乾きに乾く。


「君らはクロックリールに住んでるのか?」

「いんや、今は街の外れに住んでる」

「街の外れに? はっはっ! たくましい兄弟だな」

「おっと、兄弟じゃないですよ」

「何、違うのか。どっちも怪しいから、そうゆうドロボウ系兄弟かと思っていた」


 『まぁ何と失礼な』 とは思っても 口に出す資格はない。何せケングンは全身真っ黒パーカーだし、レノアは昨日と同じで布をたらふく被っている。2人を結び付けるには十分なほど、両者不審であった。


「君、僕ら兄弟だとさ」

「…ま、悪くないんじゃないですか。でも師匠が弟ですからね」

「いやん。年齢がパラドックスだわ」


 その言葉を最後に、ケングンは暑さでダラリと溶けた。


「…」


 溶けた師匠の横で レノアはさらに横のトンカチを見た。


 トンカチは地面を眺めながら歩いている。ヒサシの大きな帽子のせいか、顔は暗く沈んで見えた。足取りもどこか悲しそうで、その呆然さは墓から這い出た後のゾンビのようだ。ただし、体を包む肌は美しい。『旅の者ってカンジじゃねぇよな』 むしろゾンビらしい肌だった方が、旅と言われて違和感ない。


「なぁ、お前」

「!」


 トンカチの足は 明らかに長距離移動に適してなかった。細くて白いネギのようで、踏みしめる一歩は蝶が葉にとまるごとし。その証拠に 振り返ってみれば彼女の足跡だけが、他3人に比べてめちゃんこ薄かった。トンカチの名折れである。


「オッサンはともかく、お前みたいなのが旅できんのかよ」

「…でっ、できる…ょ」


 声はしぼんでいった。あわせて押さえられた帽子のツバが、トンカチの顔をより暗くする。だが、レノアは遠慮することもなく、グイグイと彼女に寄った。こうゆうところは強い。


「いつから旅してるんだ。ドコから来た。オッサンの子供なのか?」

「ぅ…」

「おっとっと、レノア。そこまでだ」


 バカンスが、振り返らずに言った。


「詮索好きってのは男らしくねぇなぁ」

「ふん。不都合でもあんのかよ」

「いいや別に。ただ忠告しただけさ。いくら好きだからって、あんまりシツコイと嫌われちまうよッてな」

「誰が誰を好きだってぇ?」

「違うのか? いっけねぇ。ずいぶん熱心だったもんだから、勘違いしちまった」

「チッ、そんなんじゃねぇし」

「はっはっはっ!」


 このバカンスという男、意外に子供のあやし方を知っている。と、うまく丸め込まれたところで『ぐぅぅ』と音がした。サンプル音声のように分かりやすい、腹の音だ。レノアが横を向くと、案の定 恥っぽく縮んだ女の子がいた。


「腹減ってんのかよ」

「…うん」

「さっき言えよ。果物あったのに」

「…ごめんなさい」


 レノアは周りの木を確認した。しかし果物は無く、落胆して顔を下したところで、ケングンの懐が膨らんでいることに気づいた。


「師匠、それさっきの木の実ですか?」

「ア~」

「貰っていいですか?」

「ア~イソイソ」

「ありがとうございます」


 懐からすっぽりと果物を抜き取り、トンカチの手に渡した。すると、彼女はその丸い目で白リンゴモドキを見て、珍しそうに指先で撫でた。


「…白い」

「ヘンな実だろ。この辺にしか生ってないんだぜ」

「……私の、家の近くに、こんな色のお花畑があるの…」

「へぇ、真っ白なのか?」

「うん…とっても綺麗なの」


 眼の奥には、きっとその花畑が浮かんでいるのだろう。声は手で振り払えば消えそうなほど小さく、優しくて寂しかった。レノアもこれ以上の立ち入りは止めて、じっとトンカチが果物を食べるのを見ていた。一口が小さじ一杯分しかなかった。


「おっと、君たち。街が見えてきたようだ」


 バカンスが首を伸ばした…その時である。


「待ちなァ。そこを行くゴミカス連中ども」


 道を阻むように、一人の女が仁王立ちで塞がった。


「へっへ、長旅ゴクローさまで」


 棒人間のようにやせ細っているのに、その身長は2mを超えている。両手にはそれぞれ大きなマチェットナイフを持っており、まるで物騒なヤジロベェだ。さらにはナイフと同じくらい鋭そうな舌が、自分とは別の生き物かのように自律して波打っている。


「何者だ。お前」

「おっと、聞かれて名乗れるほど良い生き方してネんだわ。それに、何者かなんて薄々気付いてんだろ?」


 女はマチェットナイフを器用にクルクル回しながら、値踏みするように全員を見渡した。そして「ケッ」…片頬を歪める。


「4分の3ガキじゃねぇか、しょうもねぇ。もっとハラハラするような仕事してェんだがな」

「三下みたいな見た目のクセに。仕事選ぶなバーカ」

「アァ? おいコラぁ布のガキ」


 回っていたナイフが、ルーレットのようにレノアに止まった。


「お前、殺さねェ。殺してやらねぇからな」

「そりゃ、ありがとう」

「バーーーァカ!! 生き地獄みしてやるっつってんだよォ!」


 女はマチェットの先で、一人一人をなぞった! その切っ先は 受けた日光を艶めかしい金属光沢に反射させ、これからの殺戮を予兆するかのように、スポットライトじみて3人を照らす!


 …3人? 場には、バカンスとレノア、最後にトンカチがいる。


「もう…ア~」


 ケングンはついぞ! 日光に敗れ、木陰に倒れこんでいた!

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