第21話 朝に木から落ちる。


 レノア、外に吊り下がったケングンを助けに向かう。


「ししょーう! なーにやってんですか~」


 ヘルプの声に導かれ、林を歩いて数十分。レノアは大きな木で逆さまになっているケングンを発見した。風にたなびき、腕をプラーっと自由にしている。その様は ヘボいクレーンゲームのアームのようだった。 


「果物取ってたら降りれなくなっちゃった! 助けてくれい!」

「え~、どうしよっかなぁ」


 おませさんらしく、レノアは焦らした。朝に寂しい思いをさせた意趣返しでもある。しかしケングンはずいぶん長いこと逆さまでいるので、いちいち怒る気にもなれなかった。既に頭に血が上っていたのだ。


「ヤバイ、耳から血が出そう」

「よし、師匠! 僕が受け止めますから、落ちてきてください」

「無理無理無理無理無理」

「だーいじょうぶですって! ホラ、せーので! せーーーの!せっせっせっーの」

「ドコ!? ドコのせーのソレぇ!」

「うーん、埒が明かなそうだ」


 どうにも手をこまねいていた。その時である。


「おう! 君たち、朝っぱらから元気だな!」


 「わっはっはッ!」 快活! かつ豪胆! な男性の笑い声。声のトーンさえ高ければ、ちょうど朝に鳴くニワトリのようだ。その笑いの主は、やがてガサガサと 茂みをかき分けて現れた。


「困っているのか? 力になろう」


 その姿、笑い声から成るイメージと遜色なく、図太い円柱に毛むくじゃらが生えたような見た目だ。『デッッけぇ…! 昨日のスキンヘッドもかなり筋肉質だったけど、こっちのが何倍も威圧感ある』 ただでさえ小さいレノアからすれば、ほとんど怪獣だった。


 怪獣男は 髭の生えた顎をシャクシャク擦ると「ほぉ」 と口をすぼめた。手でヒサシを作り、名山を眺めるようにケングンを見やる。


「どうやったらあそこまで行くんだ?」

「無軌道な方でして」

「ふむ。小僧、離れておけ」


 レノアはムッとした。蹴りかかろうかと思うくらいムッとした。だが、その戦闘スイッチに指の掛かったレノアだからこそ、男の気配がガラリと変わったことに気付いた。

 気配が変わったとは、川の流れに例えよう。さっきまで激流のように荒々しかった男の気配が、今では静流のように 冷たくて澄んでいる。言ってしまえば、感情の無いような人型の生き物に変わっていた。『コイツ…最低でも普通じゃないな』 レノアはゆるゆると距離を取った。


「さてさて、出てこい」


 レノアが下がったのを確認すると、男はゆっくり、手を体の前にやった。そして…『パァン!』。参拝するように手を一回叩き、そのまま手を上げた時と同じように、ゆっくり左右に離した。やがて肩幅程度に開いた後、男は手のひらを空に向けた。


 その時には既に、宙に剣が浮いていたのである。


「〈収納の魔法〉だ! いいなぁ」

「わはは! 借りものだがな。俺は魔法には疎いもんだが、コイツぁ便利だぞ」


 浮かび上がった剣は、そのまま現実として男の手に落ちた。革のケースにしまわれており、長さは1mと半分ほどある。


 男はその剣の柄を、その柄と同じくらい太い指でむんずと掴み上げ、ケースから引き抜いた。


「上の小僧っ! 動くなよ!」

「おてやわらかにぃ」


 ケングンは身を引き締め、自身を枝と一体化した。男はその様子を確認し、両手で剣を握る。


「文字通り、木っ端微塵にしてくれる」


 次の瞬間、辺りに男の雄叫びが響いた!


 その声と共に、風が巻き起こった。もちろん声によるものではなく、剣を振ったことによるもの。その吹き抜けた風力たるや、離れていたレノアの前髪を柔らかに揺らすほどだった。だが、その前髪よりも遥かに激しく、ケングンの視界が揺らぐ!


「うおっ…おおおおっ!?」


 ぶら下がっていた枝がブッタ斬られ、ケングンが宙に投げ出された! 因果なことに、昨晩女に言われた『枝ごと切り落とされたいカ』 が現実になっている。ケングンは切り裂かれた木片たちとともに、流星のように落下していった。


 そして、地面にクレーターを作るよりも前に 見事キャッチされた。


「わっはっはっ! 大丈夫か? あイテっ」


 木片が男の頭に当たった。


「ありがとうございます。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。ありがとよ」


 男は笑い、ケングンをそっと地面に降ろしてやった。


「師匠! よかったぁ」

「心配かけたね。申し訳なし」

「はっはっ! おっと、そうだ。お返しにと言っちゃ何だが」


 男は空中に剣を刺していた。と言うのも、男がグイグイ押し込むにつれて、切っ先から背景に溶け込んで見える。そうしてやがて、その形は完全に見えなくなった。『〈収納の魔法〉。エコバック要らずだな』


「道を尋ねたい。クロックリールって街がドコだか分かるか?」

「知ってるも何も、すぐソコですよ」

「なに、そうか! よかったよかった。やっぱり方角はあってたんだな」


 男は丸太のような腕を組む。木組みの住宅のようだ。それからウンウン頷き、来た方角へと向き直った。


「ひ…トンカチ! 安心してください。この者ら、誓って無害です」


 ……ガサゴソ…そして、ピョコ! UFOのような帽子が、茂みに浮かんでいる! UFOはそのまま飛行し、やがてその姿を現した。


「トンカチ、挨拶を」


 女の子だった。促され、カーテンの隙間から出てくるように、草をかき分けて出てくる。


「………ぅぅ」


 女の子はモジモジしている。身の丈からして、レノアとは近い年齢だろう。首元にリボンのある深い青のワンピースを着て、明らかに大きさの合っていない麦わら帽子を被っている。そのせいで、顔は見えない。


「…と、トンカチです。ただのトンカチです…ハイ」

「挨拶って、今のが?」

「こらこら君。僕はケングンです。尾祖ケングン」

「ボクはレノア。ケングン師匠の一番弟子」


 一日たっても、一番弟子という称号は続投だった。


「よし。私の名前はバカンスだ。おっと、アダ名でバカなんて呼ぶんじゃないぞ? 呼ぶとしたらバカ、ンまで入れないと」

「呼ばないよ。でも、変な名前」

「わっはっは! そうだろう、そうだろう」

「何で嬉しそうなんだ…」


 4人はそのまま、街へと歩き出した。


「…」


 ケングンはひっそりと自分と一緒に落ちてきた白リンゴを掴み、懐に隠した。

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