第20話 童子のための幕間


 ケングン、宙づりのまま放置。


「…んん……」


 レノアは少し目を覚ますと、寝相ではだけた毛布をかぶり直し、再び目をつむった。しかし、部屋に違和感。見た感じはいつもと同じ自分の部屋だが、今日に限ってある…と言うより、いるハズの人がいない。


「…師匠?」


 レノアは毛布を蹴っ飛ばして、部屋にきょろきょろと顔を向けた。しかし、見渡しても我が師匠の姿はなく、壁にあった靴も無くなっていることに気づいた。


「…」


 ベッドから足を降ろす。机には昨日食べた果実の皮が残っており、部屋には甘い香りも漂っている。その香りが、今のレノアには踏みつけられた誕生日ケーキのような、悲壮的で忌々しいものに感じられた。


 裏切られた。と、大人と変わらない心で思った。飯と宿は提供した。ケングンにとってみれば これ以上レノアと付き合う意味もないし、第一、ケングンはレノアを怪しんでいた。ならば彼にとっての最善は、レノアより早起きして、こっそり家を抜け出すに限る。


 ただ、ケングンは信頼できると、レノアはひっそり思っていた。もちろん一人暮らしで人肌恋しく、ガードが下がっていた時に出会ったのも大きいが、昨日半日間を一緒にいて、ケングンのボンヤリした素直さを感じたのだ。


 しかし、事実としてこの場にいない。


「…師匠…いや、もういいや」


 レノアは片付けようと、机にある昨日のゴミを取った。


「……ーイ………オーイ」


 ふと、外から何か聞こえる。


「オーイ」

「?」

「オーイ…キミー…オキテクレー、ソンデモッテタスケテ」

「…ふっ、ふふふ」


「あはははは!」


 レノアは腹を抱えて笑うと、急いで靴を履き、玄関から飛び出していった。




・・・・・・・・・・・・




 さて、幕間につき御照覧。幕間のペースが速い? それ、愛嬌愛嬌ネ。もちろん以前の通り、読み飛ばして貰って構いません。


 『服部ハットリ』について、話そう。成績低迷三人衆の1人だ。本名を『服部 長谷辺ハセベ』という。

 彼は生粋のコンテンツ嗜好者であった。その範囲は多岐にわたり、上は神話から下は地底人に至るまでの、あらゆる分野に知識があった。勉強に関しても、彼の場合は『出来ない』より『やらない』の方がしっくりくる。


 映画を見た帰り、場にはケングンと大戸谷がいた。それなりに映画について感想を交わした後、服部が口を開いた。


「諸君、恋 してるかね」


 キャンペーン中なのか、いつもより3割増しで不気味だった。


「恋! 珍しいことを言いなさる」

「ケン君、我々の青春ももうすぐ折り返しだ。珍しがってちゃ 夏に置いてかれちゃうぞっ☆」


 ケングンはケン君と呼ばれていた。濁音一つ抜いただけの軽いアダ名だ。


「俺は今、お前を置いていきてぇ」


 大戸谷が言った。服部はブルーライトカットの付いた眼鏡ごと 顔を呆れっぽく振る。


「やれやれ手前ら。ホントに学生ですか? 実にくたびれている」

「おーっと、言うじゃねぇか。言うからには立派な恋を持ってんだろうなぁ」

「無論。ちょうどアレだ」


 服部は指先までをピンと張り、ある一点をさした。そこにあったのは…看板。高さ3mくらいの看板だった。


「かわいい」


 2人は絶句した。


「ケン、逃げるぞ」

「せやね、全速力で」

「待ーーちなさいよ君たち。アレだよアレ、かわいいじゃんかよ」


 改めて言われ、ケングンは目を凝らして看板を見てみた。すると、確かに看板の隅に、何やら可愛らしいキャラクターが描かれている。大戸谷にも見えたようで「あぁ、確かに。お前が熱弁してたキャラに似てなくもない」と言った。


「ああいう誰にも見向きされてない感じが良いよな。僕だけがカワイイと知っているあの子、みたいな」

「その感じは分からんでもないが、だからっつって看板はなぁ」

「結婚式に呼べないよ」

「そこなのか、ケン。もっとあるだろ」


 その後、看板はひっそりと撤去されていた。元々古かったし、看板の一つや二つなど 誰も気に留めないだろう。しかし撤去された翌日、看板のあった場所には 一輪の花が添えられていた。ケングンは道すがらにそれを見つけ、どうしても ある男の恋の顛末を想像せずにいられなかった。

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