第23話 接敵! 雷鳴幹部


 ケングン、不審者を前に日光に敗れる。


「師匠!」


 レノアがケングンに叫んだ! その時…!


「ガキャァ! よそ見とは一級のゼイタクだなァァ?」


 大振りのマチェットが、レノアの胴めがけて空気を裂く! 一瞬にして距離を詰め、決して鈍くないレノアの反射神経を凌駕するスピード。痩せている分 軽量化されているのか? だったらばこの、奇天烈な殺気はどこから来るのか!


 『死…』 が、よぎる。だが止まった。目前にして、マチェットは止められていた!


「コイツらは関係ない。引け」


 剣だ! 持っているのはバカンス。双方 得物の刃をギリギリ押し付け合い、死線を境界に睨みあっている。と、力比べでは分が悪いのか、女は弾き飛ぶように下がった。だがその顔はニタニタと余裕綽々で、口を大きく横に開いている。


「陰で寝てるゴミはどうでもいい。だがな、そのガキはダメだ。一生の傷を仕込まなきゃガマンならねぇ」

「ゴミだなんて。ふん、相当見る目ないんだね」

「レノア! 無駄口を叩く暇があったら、とっとと逃げろ!」


 バカンスが吠えた! 気迫が肌を震わし、レノアは急いでケングンを担ぎ上げる。


「ば、バカンス…」

「トンカチ、後で行く。今は彼らと共に逃げてください」

「! …ぅ」


 トンカチは帽子をギュッと押さえると、レノアの元へ駆け出した。


「オッサン! さっきの木の下にいるからな!」


 レノアはトンカチの手首をつかむと、もう片方の手でケングンを押さえ、全速力で走った。


「けッ、くっだらねぇ。言っとくケド、来てんのは私だけじゃネェからな」

「貴様を倒して、早々に向かえばいいだけの話」

「おい おい おい おい。そりゃ私が、スラッシャー様と知ってのロウゼキかァ?」

「スラッシャー? はて、聞いたこともないな」

「そうかい。じゃあ刻んでやるよ」


 スラッシャーと名乗る女は、マチェットを空中に大きく放った!



 ・・・・・・一方、ケングンたち。


「はぁ、はぁ、チクショウ…」


 レノアが木に手をついた。無理もないか、その体には高校生の体が背負われている。それにレノアが止まらなかったとしても、手を引かれる女児が いずれ止まっていただろう。すでに頭は酸欠気味で、クラクラと体軸が揺れている。


「何なんだアイツは」

「…ごめんなさい」

「謝るってことは、心当たりがあるんだな? ここまで巻き込まれたからには 教えて貰おうか」


 巻き込まれたというか、種はレノア自身が撒いた気もする。すると、その時である。今しがた手をついた木の上から、男の声が聞こえた。


「おっと坊ちゃん。さっき詮索は良くねぇって言われてたじゃないの」

「!」


 見上げると、枝の上でキザに寝転ぶ男がいた。男は眠そうにあくびを一つして、下にいるレノアたちに手を振った。


「誰だ!」

「オレかい? オレはモッドパンチ。元雷鳴幹部、アッチアッチャ様の右腕さ」

「雷鳴幹部だって!?」

「ら、雷鳴幹部…?」

「おっと知らねぇのかい。ならば教えようじゃないの」


 モッドパンチはそう言って枝の上に座り直し、まるで彫像のようなポーズを取りながら語り始めた。


 モッドパンチの語り口は、ハンドジェスチャーを多量に含んだ、非常に騒がしいものだった。挙句の果てジェスチャーの大半は意味が通っておらず、肝心の口の方もペラペラと軽薄だったので、要約したものを下記に記す。


 五天魔雷柱ゴテンマライチュウ。それぞれの配下のことを、人は雷鳴幹部ライメイカンブと呼んだ。


 五天魔雷柱の雷の文字に注目していただきたい。五天魔たち自身をカミナリの光とするならば、雷鳴幹部こそは音。稲光の後を駆け抜ける、轟く雷鳴なのだ!


『アッチアッチャって言ったら、確かプロム・メナードの』


 熱暴走 プロム・メナード。勇者に討たれて死んだ、五天魔雷柱の一体。主を討伐された雷鳴幹部がどうなるのかは、一般には知る由もないことだ。ただし、命はあるらしい。何せ今、まさにその雷鳴幹部の配下を名乗る男が、目の前にいるのだから…!


「とうっ!」


 モッドパンチが木から飛び降りた。それからトンカチの前に着地。


「さ、お姫様。お迎えに上がりましたよ」

「オヒメ様だぁ?」

「そう、その子ってば、実はフラワーポムの王女様なんだよねぇ」


 フラワーポムとは…! 田舎街なので詳しくは知らない。花が有名らしいっスよ。


「フラワーポムに眠るローカル魔法。それが欲しくてねぇ。ちょいと派手に襲撃かけたら、土壇場で逃げられちまった」

「へっ、なるほど。クロックリールに亡命中だったってことか」

「おっ、物わかりが良い。やっぱオレって人に伝えるのウメェのかな? 吟遊詩人にでもなろうかな」


 モッドパンチが、トンカチの方に陰を落とした。


「最初に歌うべきは、やっぱ燃え盛るフラワーポムかな。綺麗だったなぁ」

「…!」

「ヤッッーー!」


 掛け声! 連武脚だ! レノアの体が宙を飛び、布にカバーされた足がモッドパンチの顔へ!


「おっと、危ない」


 モッドパンチは軽く攻撃を躱した。だが追撃までの間隔が短いのも、連武脚の特徴である。レノアは躱された足を加速させ、一周回して再び蹴りかかった。


「驚いたな! 連武脚じゃないかコレ」


 モッドパンチ、躱す! さらに、今度はその足を腕でつかみ取り、棒キレでも投げるかのようにレノアを投げ飛ばした。レノアは空中で体をねじり、何とか足の方から着地。


「れ、レノアくん!」

「トンカチ…姫様って呼ぶべき? まぁどっちにせよ、師匠から離れんなよ」

「やる気かい? 別に君と姫様なんて、深い関係じゃないだろう」

「あぁないね。だからボクが戦おうが戦うまいが、自由ってことだよ」

「…れ、レノアくん…だめだよ。勝てないよ」

「おい! ネガティブな言葉だけ割とハッキリ言うんじゃねぇ!」


 布をひらめかせ、小さな足を『バッ!』 開いた。赤い目でモッドパンチを見据え、ふくらはぎに力を入れる。入れる。もっと入れる。


「へぇ、ホントに本気みたいだね」


 モッドパンチは不敵に笑うと、片方の腕をクルクルと回した。回した。もっと回した。


「…!」


 回る。回る。回る。その腕が、回るたびに伸びていく。最初は直径130cm程だった回転が、2m、3m…少しトばして、10m!


「こうゆうことじゃな~~い?」


 あまりに速すぎる回転は、モッドパンチの腕を線状のサークルへと変えた! 風を切る音が『ブォンブォン』と、革製品を擦り合わせたような音を出し、切られた風は辺りの葉を散らすほどウゴメく。仮にレノアに現代知識があった場合、おそらくヘリコプターのプロペラに例えただろう。


 そのプロペラの中から、急にウミヘビのような長腕が飛び出した!


「あぶなッ!」

「へぇ、躱すんだ。スゴイスゴイ」


 長腕はシュルシュル。掃除機のコードのように戻った。そしてその頃には、既に腕の回転は止まっていた。全貌が明らかとなる。


 腕は関節がいくつにも増設され、手首の先から腕、手首の先から腕、を繰り返していた。ウネウネとターゲットを探すエイリアン触手みたく動き、見る人が見れば卒倒したっておかしくない。悪趣味な科学者だってもうちょいマシな怪人を作る。


「さて、坊ちゃん。止めるなら今のうちですよ」


 腕が! 鞭のようにしなる!


『コイツ強い…いや、いやいやいや』


 レノアの頭には、4人の顔が浮かんだ。ケングン、バカンス、スラッシャー、モッドパンチ。昨日今日で、自分より強い奴が4人も現れている。『試練だ。逃げちゃもったいない』


 レノアがトンカチに叫ぶ。


「トンカチ、逃げろ!」

「…ぅ」


 トンカチは倒れているケングンを引っ張った。ズリズリと体全体を使って引っ張り、その場から立ち去った。

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