第24話 転生体・餓鬼道
バカンス VS スラッシャー、レノア VS モッドパンチ。一方、ケングンは…
「う、ぅぅ」
トンカチは腰に力を入れ、体全体を使ってケングンを引っ張った。ケングンの体はズリズリと地面を擦り、ちょっとずつちょっとずつ、まるで砂漠を這うナメクジのように移動していく。
だが、何故ケングンの体は動かないのか。熱中症なのか。脱水症状なのか。
『…?」
ケングンの意識は、謎の異空間にトばされていた!
しかし以前の真っ白空間とは違い、赤い。赤い赤い部屋だ。いや、部屋かどうかも怪しい。何せ随分と遠くから、男女とも区別付かない石臼をヒいたような声がする。耳を傾けるほどに、耳を覆いたくなるような『うめき』。ところが手は動かない。金縛りにあったかのように、全身が大の字で 床に張り付けられている。
『どこだココ…何だコレ…」
ケングンの頭は朦朧とし、視界に在る赤色と、鼻をツく硫黄の香りだけがハッキリとしていた。それから吐き気。天井を向いているおかげで耐えれてはいるものの、下を向けばすぐにでも 胃の中をぶちまけてしまおう。とにかく、その空間はいるだけで不快な、大気中に漂う小石がメリメリと精神を削っていくような場所だった。
『おぉ、哀れな」
声がした。ケングンは返す音も出せない。
『6つある転生の行先。そのうち一つを、食わされたな」
声は、人間の声ではなかった。少なくともそれが分かる。風の音、雨が地面を叩く音、火が盛る音。そんな自然の声が、たまたま人の言語を模倣しているようだった。今も聞こえる悲鳴の方が、よほど人間らしい。
『飢えだ。お前は今の世界にある限り、ずっとそれと戦わなくてはならない」
『飢え…?」
朦朧とした意識。たゆたう意識。その中で思った。すると、頭の中を覗かれているのか、相手はケングンの疑問を汲み取った。
『飢えとは、なにをしても足りなくなる 永遠の不足をいう。あるいは固定された渇望」
声は続けた。
『その果ては、鬼。自分が満たされぬゆえ、他人の満足を干す者。お前はまだ日が浅い。早く元に戻らねば、取り返しがつかなくなる」
『…貴方は、何者?」
『言えぬ。そして願わくば、今後会いもせぬ存在だ」
その言葉が鼓膜を叩いた瞬間、ケングンの意識は再び閉ざされてしまった。
・・・・・・レノア VS モッドパンチ
「ホラァ! 坊ちゃん。ダンスばっかじゃ虫も殺せませんよ?」
モッドパンチの腕が 高速でレノアに向けて発射された! 何度も何度も、その様は千本の槍で突かれるような、一瞬の隙で串刺しになる緊張のセメギアイだった。レノアも俊敏に躱してはいる。が、どうやら限界は近い。
その場から遠距離で腕を振るモッドパンチと、躱すたびに全身をひるがえすレノア。レノアも近づこうとはする。しかしその鞭の動きは、当たれば弾き飛ばされ、避けるにはバックステップせざるを得ない、残忍に両方不正解のシロモノだった。
『マズイ、スタミナがもう…』
レノアの着ている布は、既に端の方がちぎれていた。モッドパンチの鞭のせいだ。同時に、その動きが捉えられてきている証拠でもある。
『師匠なら、どうする?』
「坊ちゃん、もう止めにしましょう。何であれ子供をいたぶるのは趣味じゃない」
腕が加速!!
「うあッ!」
とうとうレノアの足に、モッドパンチの腕先に咲いた手が食い込んだ! 「そぉらッ!」 腕を振り上げ、レノアを天高く掲げる。歪な高い高いだ。レノアは掴まれ、宙ぶらりんに吊り下げられている。
だが、モッドパンチは違和感を覚えた。持っているその足が、一般の子供とは…いや、子供どころか、人間と違う。
モッドパンチは腕を降下させ、自分の顔前にレノアを持ってきた。布で覆われて吊り下がっているので、まるでミノムシのようだった。
「離せッ!」
「失礼。拝見しますよ」
モッドパンチは形だけ了解を得ようとし、無断でレノアの服をめくった。
そこにあったのは、異形の体。
足のヒザから下。腕のヒジから先。が、急激に細くなっている。色は薄緑色で、干からびて割れた地面を想起させる肌。極めつけに、手。指は人より少なく4本ある。先についた爪は異様に大きく、猫のように引っ掻きやすく反り返っていた。もちろん手までも、薄緑でひび割れている。
「鳥…ハーピィか!」
「このッ!」
レノアは晒された手で、モッドパンチの顔を掻き切ろうとした。だが、当たらない。モッドパンチは腕の方を動かして、レノアを顔前から離したのだ。
「なるほど。それで連武脚」
呟き、納得した。
この発言…そう、連武脚とは実際、ハーピィにこそ伝わる体術なのだ。
ハーピィの持つ滞空能力と、相手を翻弄する連武脚は相性がいい。尖った爪は刃物として機能し、連武脚の加速にも一役買ってくれる。陸と空からの竜巻のような猛攻、ガードしようものなら裂傷は不可避。花が舞うように飛び、爪という武器を最大限生かした連続のカマイタチ。それこそが連武脚の正体だ!
「だ~が、坊ちゃん。ハーピィにしちゃあ、一番大事なモンが欠けてんなぁ」
欠けている。そうだ。欠けているさ。レノアの小さな体。人間の子供として見れば相違ないが、ハーピィの子供として見れば 明らかに足りないものがある。
「『 翼 』。坊ちゃん。アンタじゃまるで、ただのトカゲだ」
「うるさい!」
レノアは着ていた布の一枚を モッドパンチに投げつけた。だが布は力なく落ち、結局レノアの体が改めて露出しただけだった。日に照らされて、人と鳥の継ぎ目まで見える。
「察するに、デキソコナイとして群れから追い出されたか。可哀そうにねぇ」
「哀れむんじゃねぇ! 俺だって好きでこんな…」
「わぁ、一人称まで変わってさ。相当触れてほしくなかったみたい」
モッドパンチはせせら笑うと、再び天高くレノアを掲げた。
「ハーピィならさ。この高さから落としたって、飛んで逃げれんだろ?」
「!」
「坊ちゃん。イジ張んない方がいいぜ。トカゲならトカゲらしく、地べた這いつくばりゃいいじゃねぇの。そんでもってオレに、土下座すりゃいいじゃねぇの」
「誰が…! お前なんかに土下座するかよ」
「可愛くないねぇ。じゃあサヨナラだ」
レノアの体が、宙に放り出された。浮遊感に包まれたまま、落下。やがて地面に衝突するかに思われた。
その時…!
モッドパンチの腕が! レノアよりも早く地面に落下した! 打ち上げられた魚のようにビタビタ跳ねまわり、断面からは鮮血が溢れている。さながら持ち手のいない放水ホースのような風体で、地面を暴れ狂った!
さらに、レノアも!
「…ん、あれ」
思いの他、地面が柔らかい。当然である。地面じゃないのだから。
「昨日ぶりですね、レノア君。貴方の心、しかと聞かせて頂きました」
アンドロベルサイカ嬢…以下、ベルサイカ嬢が! レノアの体をゆりかごのように抱きしめたいた!!
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