第17話 幕間の宿探し


 ケングン、宿ナシ。


 ケングンは這いつくばって通った道を、今度はまるっきり逆走することで図書館から脱出した。


「昼であれ! 昼であれ!」


 休日二度寝した後でカーテンを開けるとき、こうやってお願いするかもしれない。

 彼は城内をも走り抜け、とうとう門から外へと『パッ!』飛び出した。


「ほわぁ! こりゃアカンわ」


 外では既に、夜が昼を地平線に追いやっていた。抵抗の跡か、地平線は戦火のように燃えている。しかしそれも虚しく、夜はまさに己の覇権を極めようと 占領旗のような月を徐々に高く掲げていた。空の半分は空のくせに海溝じみた色をして、今しがた吹いた風は海流のように冷たい。


「役所は明日ですね」


 レノアは空を見上げた。


「問題は宿でしょう。アテはあるんですか?」

「ある。留置場」

「アテとは言わんでしょう。それは」

「確かに…やっぱり野宿かしら」


 街には高い建物が城くらいしかないので、その城を背後に構えれば 何の遮蔽もなく空を眺めることができた。この空を天井とするなら、野宿といえど室内と言えなくない。言えなくない。言えない。


『お腹もすいた。初めての野宿で食事まで用意できるのか?』


 彼の凹凸なき腹は、今では凹側に寄っていた。


「どうしよう」

「師匠。よければウチに来ますか?」

「えっ」


 僥倖。それもレノア側から言ってくれたのがありがたい。しかし、ケングンは咄嗟に首を振った。


「悪いよ。親御さんにもメイワク掛けちゃう」

「ボク一人暮らしなんで、へっちゃらです」

「なーーー…るほど。そうかい」


 詮索は出来なかった。そんな事情を開示してくれたのに断るのも悪い気がしたので、ケングンは「よし!」と頭を下げた。


「ならば、お願いします」

「ふふふ 良いでしょう。しかし…」


 レノアはフードを少し外し、そのいよいよブラッドムーンめいた瞳でケングンをニンマリと見た。


「この御恩。お忘れなきよう」


 ケングンは高すぎる宿泊費に戦慄した。




・・・・・・・・・・・・




 上記の珍道中だけでは、幕間とはいえ味気ない気もする。なのでここからは、ケングンが元の世界に帰りたい理由。また、その気持ちの厚みを感じやすくするため、彼の元居た世界での人間関係について隙を見て書く。物語の本筋とは関係ないので、読み飛ばしも視野に入れよう!


 以前、ケングンの成績低迷を棚に上げて、カスのアクロバット飛行と揶揄したことがあった。そのアクロバット飛行は、ケングンの他に3人を要した飛行だった


 『服部ハットリ』『夏日ナツビ』 そして『大戸谷オオトヤ』。この大戸谷段二ダンジについて、ケングンには思い出深い出来事がある。


 大戸谷段二はある日、その身長185cmの巨体でグンと腕を組み ケングンと服部に対して仁王立ちで


「俺ぁ、『アメニモマケズ』になるぜ」 と宣言した。


 ケングンはてっきり大戸谷が宮沢賢治先生に憧れ、作家でも志したのかと考えた。隣の服部もそう思ったようで


「大戸谷よ。お前の国語の成績では厳しいかもしれないが、天才とは初めから天才なワケじゃないから気を落とすな」


 と言った。何故か既に気を落としたことになっているのは、服部の早とちり症のためだ。


「段二、前々からyouには才能があると思っていた」


 ケングンが言った。根拠はない。根も葉もない曖昧なことを言うのは、ケングンのお株だった。だが大戸谷は「待て待てお前ら」と困惑気味に返した。


「なーに言ってやがる。天才だの才能だの、つぁーらんこと言いやがって」


 『つぁーらん』とは、『つまらん』のことだ。

 大戸谷の続けざまの話を聞くに、どうやら彼は本当の意味でアメニモマケズの『サウイフモノニ ワタシハナリタイ』の『サウイフモノ』を目指すらしい。頭には既になった後の自分がいるようで、大戸谷は眼を若かりしヒーローのようにキラめかせた。


「あれを読んだときぁシビれたね。これだ! と思った」

「しかし目指すと言っても、以前の武田信玄になる話はどこへ行った?」

「それがよ。『五輪書』読んでたら寝落ちしちまって、んで無理だってなったんだが、そん時にアメニモマケズに出会ったんだ。あれは寝落ちせず読めたぜ」

「短いっスもんね。けど、どっちにしたって厳しい道かも」


 ケングンと服部は取り合えずその心意気に感動し、彼の活動を応援しようと決めた。そしてその日の給食。大戸谷少年はたまたま出ていた味噌汁を飲み干すと、米や牛乳を 玄米四合ト少シノ野菜に変更するよう先生に要求して 生徒指導室に連行された。


「誰かになろうなんて、アイツには無理だ。塗り替えるには自我が濃すぎる」


 呆れながら味噌汁をすする服部の横で、ケングンは少なくとも行動に移した大戸谷への賞賛を念じた。

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