第16話 嬢、そして孤独。


 《ケングンはファントムを撃破したのち、レノアに頼らず図書館を巡った》


「シショウ~、情けないですよそのカッコ~」


 レノアが、口を尖らせながら言った!

 その唇のトンガリに先には、まるで古代の三葉虫みたく 床を這いながら移動する奇妙な生き物がいた。触角代わりと思わしき前腕をワイパーのごとく動かし『ぺこんッ ぺこんッ』 のたうちまわるタコのように床を叩いている。そして、たまに床を蹴って移動した。


「感じろ…感じろ…」


 うわぁ、ケングンだった…何かを念じている。


「僕は床だ。床になり、道を知る。何せ道とは、床の一つに過ぎないのだから」


 どうやら図書館の道以前に、ヒトとして路頭に迷ってるらしかった。

 だが! 『仕方ないじゃない』 聞かれれば、ケングンはきっと叫ぶだろう! 『案内役が信用ならない!』


「師匠~、踏んじゃいますよ~?」


 レノアが…今や高い位置にある頭から『ペシッ!』 ムチを振るうように言った!


『本当に踏みつけてみようかな』


 ケングンには知る由も無いことだが、レノアはケングンの移動中に何度も、その平べったな体に向けて靴をスレスレでスイングしていた。

 『ふふふ』 スリル! レノアにとって、ケングンの一挙手一投足がおもしろい!


『とはいえ』


 流石に飽きてきた!

 ケングンの図書館踏破法は 言うなればキャタピラー作戦のようなもので、ゆっくり全てを塗りつぶすやり方だった。だからこそ『遅い!』 そりゃ本当に踏みつけてやりたくもなる…か?


『しょうがない…アレをやるか』


 レノアは小さく『ふぅ』 息をおろした。


「…うぅ、ぐすっ」


 …! 「「これは…?」」


「うぅぅ、えーん!」


 演技だ…! しかも、上手い!

 まるで雷雨前の曇天のような、これから来る大喚きを予感させるようなぐずり…声変わり前の喉をすすらせ、肩がヒックヒックと飛び跳ねる!


「ボクだって…本当は…」


 涙がかった声まで!

 学校に演技科目があれば、首席での卒業は間違いない。


「本当は、師匠のこと助けたかったんだ…でも、怖くって、足が動かなくって…」

「なに…そうだったのか」


 ケングンは首の動きだけで振り返った。


「そうそう。あぁ、弱くて悲しいボク」

「ワリにファントムを蹴トばす時、随分元気よかったじゃない」

「ムッ…ハハハ! 逆にですよ逆に」


 笑ってごまかした! メッキは立派なモンだが、どうにも剥がれやすいらしい。


 ともあれ、ケングン自身も雑巾の真似には飽き飽きしていた。床の拭き掃除を強要されたパーカーは、図書館の重厚なホコリのせいで黒から灰色になっている。汚れて色が明るくなることってあるんすね。


「仕方ない、起きてあげようじゃないの」


 ケングンは長らく畳んでいた腕をグイッと引き延ばすと、「ウォオオォーーーーーーー!!」 腕立て伏せするときの要領で『ドン!』 図書館の床に手をついた!


 その時…!


「!」


 本の海底のような暗闇の中に、またたく星のような光が見えた!


 「「まさか一周して受付に戻ってきた?」」 ちゃう…少し、ちゃう。受付の光は動いてなかったが、目の前の光は本棚を撫でるように動いている。


「に、ニンゲン?」

「そうみたいですね」


 2人はその光を眺めた。

 すると、どうやらアレはランタンの明かりらしい。


「他の利用者さんだ!」


 ケングンは立ち損ねたまま! 床を蹴って光に寄って行った! その姿はさながら、ピンチのアメンボだった。

 

 …近づくにつれて、光は大きくなっていった。

 ケングンはその光の主が 青白く発光するガイコツではないことを確認すると、ソロリそろそろ声を掛けた。


「あの、すいません」

「?」


 女性は声の方へと振り向く。しかし、姿が見えない。


「あ、下です」


 言われ、ランタンで床を照らした。


「わぁっ!!」


 女性は驚き! ランタンごと体を跳び上がらせた!


「何よアンタ!」

「師匠、今度こそホントに立ち上がった方がいいですよ」

「あっ、これは失礼…」


 ケングンは立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。しかし、それでも女性の冷ややかな視線は終わらなかった。


 立ち上がってみて分かったことがある。


 女性はケングンと同じくらいの身長で、年齢もそう遠くはないらしい。しかし凛々しいツリ目や切れ味スルドい唇のせいもあってか、どこか大人びた、辺りを跳ね除けるような空気を感じた。

 服装は、言い表すにはファッションに精通してないので詳細を省こう…ちょっとだけ言うなら、上にはシャンデリアそのものを纏ったような複雑豪華な服。下には装飾を施されたスカートを履いている。


『友達の元カノさんに似ているなぁ』


 ケングンは思った!

 だがそれ以上に、最近会った誰かに似ている気がする。


「あっ、アンタ! 確かアンドロベルサイカの妹!」


 意外にも、レノアが答えた!

 すると女性は その厳しいツリ目をいっそう彫刻刀のように鋭くさせ、レノアのことをズンと見下した!


「姉サマを呼び捨てにするなんて! 口の利き方がなってないわね」


 女性は腕を組むと、頬の片側だけを目の前のガキどものために曲げてやった!


「その通り。私の名はオストルグ・J・ラフォンシエラ…アンドロベルサイカ姉サマの妹にして、かの勇者様の末裔にして、一級のプロ魔法使いにして…とにかく色々よ!」


 名乗り! さらに見下ろす!

 ランタンの光がラフォンシエラ…(以下にしてシエラ嬢と呼ぼう) の顎下をよーく照らした!


「不審者どもが、私に何か用かしら」


 ケングンはムッとした!


「不審者とは失礼な。一般的な図書館利用客ですぞ!」

「さっきまで雑巾のマネしてたクセに、よく言うわ。そっちのガキは溜まった洗濯物みたいだし、2人そろってズボラな部屋のペットかしら?」

「へぇ、良い例えだね。自分の部屋から連想した?」


 「ぐっ…」 シエラ嬢が一歩下がった! どうやら本当にズボラな部屋在住らしい。

 レノアはケングンの前に進み出ると、シエラ嬢の眼下から昇雷のような視線を飛ばした!


「言っとくけど、師匠はお前なんかより数百倍 強いんだからな」

「へぇ、コイツが?」


 シエラ嬢はケングンを見やると、品定めするように全身に目を向けたのち…「ふッ!」 ハジけるように鼻で笑った!


「ありえないわ。数千倍ありえない」

「数億倍 強い!」

「数兆倍ありえない」

「億…兆…ええと」

「あら、私の勝ちかしら?」


 シエラ嬢は「一、十、百、千…」 と数えだしたレノアの指を 自分の指で組み押さえ『グググ…』 満面の嘲笑でレノアに迫った!


「ア ン タ の 負 け ~ !!」

「ボケ…ババァが」

「すいません、よろしいでしょうか」


 ケングンがサッパリ割って入った。


「魔法の本を探してるんですけど、場所が分からなくて」

「あら、まさか散々煽っといて、この私に案内しろって言うの?」

「はい」

「そう…ケド無理ね。だってココがそうだもの」


 「え?」 ケングンの驚きをさて置き、ベルサイカ嬢は本棚からテキトーに本を取ると『ポイッ!』 ケングンに投げ渡した!


「…『ズブ素人でも分かる。いともたやすい魔法概論』 ?」

「これも、これも!」


 ケングンの腕に次々と! 『スカイディナビアの土着魔法』 『いかにして私はプロ魔法使いになったのか』 『公式MAGIC問題集 1200』 などの、魔法について書かれた本が飛び込んできた! そのたびに、ケングンの腰がぐんぐん下がっていく。


「ご覧の通り、ココが魔法本のコーナーよ!」


 シエラ嬢は夜空の星を説明するように、棚いっぱいの本たちに腕を向けた!


「何てこったい、着いてたのか」

「で、どうするの?」

「どうするの?」

「ランタン無しで、どうやって本を探すの?」


 ケングンとレノアは、顔を見合わせた。


「確かに…着けばどうにかなると思ってた」

「ボクもです。師匠」

「はははっ! バカね!」


 シエラ嬢はニンマリと口角を上げて、見せびらかすようにランタンを掲げた!


「これは私のよ! あーげない」

「なんてヒトだ…お姉さんとは正反対だぞ」

「あら、お姉サマをご存じなの?」

「そりゃ、さっきまで一緒だったからな」


 その時! 勝ち誇っていたシエラ嬢の顔が、みるみるウチに青くなっていった!


「お姉サマが、この図書館にいるの?」

「いるよ」

「まさか料理本を探しに来たんじゃ…」

「ご明察。その様子でしたな」


 シエラ嬢はいよいよ! 顔を真っ青にした!


「止めねば!」


 その言葉が出るが早いか、シエラ嬢は木の葉風のようにビュオッ!っと走り去っていった!


「どうしたんだろう」

「さぁ、何にせよザマァないや」


 レノアは「ヒッヒッヒ」 と愉快な魔女みたく笑った。

 ケングンは渡された本を試しに『ペラペラ』 めくってみたが、とっつきやすさのカケラもない難攻不落の城だったので、ソッと棚にリリースした。どうやらズブ素人以下だったらしい。


「仕方ない。役所に行こう」


 ケングンは肩を落とした。一体なんのための床ワイパーだったのか。

 しかし、レノアが首を振る。


「役所ってメッチャ閉まるの早いんで、多分もう閉まってますよ」

「げ、マジかい」


 ケングンは、さらに外れそうなほど肩を落とした!

 変な移動法を確立したせいで、図書館に入ってからはかなりの時間が経っていた。銭湯を出たのが1時くらいだとすれば、色々コミコミで外は5時くらいになってそう。


『どこの世界も、役所は早いんだなぁ』


 ケングンは故郷との類似点に、胸をキュンキュンさせた。いや、させてる場合じゃない。


『できれば今日中に帰りたかった』


 時間の流れが同じだとするなら、こっちの一日は向こうの一日だ。一日いないともなれば、行方不明として警察に相談がいくかもしれない。メンドウごとを回避するなら、即日の帰宅が望ましかった。


「ま、明日行ってみようか」


 ケングンは切り替え、背筋を伸ばした!


「そうですね! じゃあ今日のトコロは師匠の家に行きましょう!」

「…家?」

「え、師匠。この街に住んでるんじゃ?」

「…あ」


 ケングンは今日だけで、色んな人にあった。

 レノア、ベルサイカ嬢、シエラ嬢。暴漢3人衆に警備兵。それから老士…しかし、忘れるなかれ。ケングンはこの世界で今日生まれ、何もかもと無縁の一般人だ。


「家…ネっす」


 ケングンは改めて、この世界における孤独を理解した!

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