第15話 謎を抱えし師弟共々


 《ケングン、初めての魔物を前に異世界を実感》


「師匠! また来ますよ!」


 レノアが叫んだ! その言葉通りッ!


「アアアアアアア!!!」


 ファントムを纏う麻布が『グワッ!』 大翼のごとく宙を覆った! 不気味にハタめくその様は、まるでミートチョッパーの幻影と重なる!

 が、その体には肉片の一切も無く、ただ剥き出しののカルシウムだけをパンプアップ! ケングンをクズ肉に変えるべく、わずか上空から鷹のように! ケングンを睨んだ!


『マズい!』


 ケングンはとにかく、ファントムの視界から逃れようとした!


 しかし…


「いてっ」


 床の本に躓いた!

 そう! ここは暗中。どこをドウ見ても死者のホームグラウンドで、ケングンなど羽をもがれたチキンに過ぎない…!


「アアアアアアアアアアア!」


 見計らった!

 ファントムは その尖った指をツっ立てると『キッッ!』 いよいよ鷹のように、ケングンに向かって飛翔した!


『どうする…どうしよ』


 ケングンは咄嗟に! 転げた体をさらに転がして、服従ポーズを取った犬みたく仰向けの体勢になった!

 「「諦めたのか?」」 いや…! 3つ…策がある。


 一つ

 『その辺に転がっている本を投げつける』

 二つ

 『突撃に蹴りのカウンターを合わせる』


 最後の三つ目は…


『これしかない』


 考えてる間にも「アアア!」 ファントムは剛速球で突撃!

 さながら理科室が爆発して、人体標本だけが窓からハジき出されたようだ!!


『3…2…』


 ケングンはククり終わった腹の時計で、ただ愚直にその刹那を待った。


「アアアアアアアアアアア!!」

「…今ッ!」


 ケングンは! ギリギリにまでファントムを引き寄せると…「!?」

 その尖った指末端骨の間に、自らの指を挟み込んだ!


「ア!?」


 これは…手四つだ!

 恋人つなぎのフォルムで手を握り、押し相撲のように対面しあう! 純粋なパワー比べだけをムネとした体勢!


『多分、力なら勝てる』


 ファントムのスケルトンボディから、そう判断した。後は無理やり組み倒し、マウントポジションの一つや二つ…


『かタッ』

「?」

『かタッかタかタかタかタっっ!!』

「わっ!」


 まるで…寒海にブチ落とされた、カスタネットのようなサウンド!

 ファントムの顎関節が! いけしゃあしゃあと開閉を始めていた!!


『うっ…ヤバイかも』


 せっかくの手四つも、噛みつかれては面目ない。どころか互角だったパワーでさえ、顎の音頭で自分を鼓舞したファントムが『グググ…』 段々と攻勢を強めている!


『このカルシウムボディーの、ドコにこんな力が…』

『カチッ! カチッ!』


 処刑用前歯が迫る!

 唇が無いので、拭き晒しでよく見えるなぁ。


 …ところで、この場にはもう一人いるハズだが…?


『…ふふ』


 レノアは! ワクワクしながら師匠のピンチを眺めていた!

 まるでカートゥーンアニメでも視聴しているかのような…態度! だが、これにはちゃーんとワケがある。


『ファントムにやられた後で、ボクが持って帰ってペットにしよう』


 あろうことか! レノアは最初の『座学を吐き出させたりトレーニングボットにする案』 を捨てていなかった!


 「「でもケングンがやられたところで、レノアにファントムが倒せるの?」」

 ご安心なされ。実はファントムってのは光に弱く、〈火の魔法〉さえ使えれば楽勝で追い払える。〈火の魔法〉はメチャ簡単なので、当然この悪戯っぽい童子にも使えるって寸法さ。


『死ぬギリギリまで待っちゃおう』


 ケングンは落ちてきた天井を支える人みたく、必死でファントムを凌いでいた! 一方、ファントムはコレを好機と全霊をかけ、ひたすらにプレス! プレス!

 まるで強引にキスを迫っているようにも見える。が、口などツけては顔半分ほど持っていかれよう。


「師匠! 師匠! がんばって!」


 この口は…!

 だが! 童子の嬉々とした予測に反して、ケングンは既に道を見開いていた!


『倫理的にイヤだけど…仕方ない!』


 ケングンは…手四つで暇になっている下半身から、腰を少し浮かした! そして…


「えいっ!」


 ファントムのアバラ下から『ガッ!』 その内側に足をツっ込んだ! さらに…!


『ガンッッ!!』


 ツっ込んだ方の足で! 内側から脊髄を押す! 押しながら…もう片方の足で、外側から胸骨を蹴る! 蹴る!


「アッ! アッ!」


 骨伝導! ファントムの全身に響きがかって、その体はドンドンと、金槌に叩かれて沈むクギのように ケングンから遠ざかっていく。

 しかし! 完全に離れることを、繋いだ手と手が許さない!


「割、れ、ろ、~」

「ア、ア、ア」


 何度も! 蹴る! しかし…


 ここから10分経った。


「割、れ、ろ、~」

「ア、ア、ア」


 ケングンは、未だに蹴り続けていた。

 骨って硬い。その上ケングンも非力だ。手四つどころか、いつの間にやら千日手。これ以上の進歩は無さそうじゃ。


「ふぁ~」


 レノアはついに飽き飽きし、耐えかねてアクビをした。


『そろそろいいかな』


 レノアは勝負のつかないことを察し、今は恩を売るためにケングンへと近づいた。


 だが…


「!?」


 その…近づく足の一歩目で、誰かがレノアの首に手を回した! 

 さらに、口に手を当てて、完全にレノアの声を塞ぐ!


「割、れ…はぁ~」

「ア、ア、ア」


 行動そのものにサイレンサーが付いているかのような、静寂で迷いのないアクション…ケングンは おそらく、気付いてすらいない。


『コイツは…』


 やがて、レノアの耳元で 女の声が囁いた。


「林檎は、見つかったカ」


 レノアは、腕の中で首を振った。

 すると、女はその腕を『ギュゥゥ』 緩やかに締めていった。


「お前に、遊んでいるヒマなどなイ。ハーピィ風情が」

「…」

「君、いるかしら…」


 ふと、ケングンが呼んだ!


「ちょっと…これ…はぁ、どうにか…」


 ずいぶん息を切らしていた!

 当然か、もう十数分間はひたすらに、モモ上げストレッチをしている。


「行ケ。次はファントムじゃ済まなイ」


 女は呟くと、突き飛ばすようにレノアを押し出した!

 そしてレノアが振り返ったときにはもう、既にその姿を消していた。


「…師匠! 大丈夫ですか?」


 レノアは走ると、そのままの勢いでファントムを蹴っ飛ばした! 色々と拭い去りたかったに違いない。

 ファントムは蹴り飛ばされたままに、床をゴロゴロと転がった。


「ありがとう!」


 ケングンはお礼を言いながら跳ね起きると! そのままファントムに馬乗りになった!

 それから固めた拳を振るい、ファントムの顔面…特に人中あたりに、ひたすら拳を振り下ろす! 何度も!


「ア…」


 もちろん、ファントムも抵抗する。

 が、そのたびにケングンは『ゴッッ!』 肘での強烈な一撃を放ち、ファントムから反感の気を奪った。


 やがて…地面との挟むこむような殴打に耐えかねて、ファントムの香炉灰色の面は崩れた。


「まだまだ!」


 ケングンはさらに、その崩れた面から指を入れ、完膚なきまでに頭蓋を割ろうとした。


 が、その時。レノアが口を開いた。


「師匠って…意外に凶暴だったんですね」

「…え」


 彼は、手を止めた。

 下ではファントムが動きを止めて、崩れた骨格標本のように絶えている。


「あれ…僕が、した?」


 ふと、拳が痛んだ。見てみると、皮が剥けていた。鉄板に押し付けたように熱く、摩耗してスリ切れている。それがケングンを、夢から覚めたような感覚にした。


「大丈夫ですか?」


 レノアが聞いた。


「しっかりしてください。ムチャするからですよ」

「あ、あぁー。ごめんごめん」


 ケングンは自らの頬を叩き、今度こそしっかりと目を覚ました!


「魔物って、強いんだね。たまんないわ」

「いやいや師匠。普通ファントムってのは〈火の魔法〉で倒すんですよ。師匠みたいなやり方してたら、命がいくつあっても足りませんから!」

「…君は、火の魔法を使える?」

「もちろん!」


 レノアは胸を張った!

 ファントムの残光で、少しだけ姿が見える。


「ラクショーですよ! あんな魔法!」

「へぇ…じゃあどうして助けてくれなかったのかな?」

「しまった。ココに帰結するのか」


 ケングンは床に這いつくばると、


「弟子にはしません」


 と言って、そのままホフク前進で図書館を這い進んだ。

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