第14話 生者を妬むのは死者の嗜み


 《ケングンたちは、暗い本の海で遭難した》


「師匠、ボクらの明かりは?」

「…無い。です、ね」


 ケングンは辺りを見渡した。見渡したと言っても、ほとんど見渡す限りの闇だった。

 壁には一応、申しワケ程度に薄明を灯すランプが、通路の奥に向けてポツポツと並んでいる。しかし乱立する積本のビル群が、その微かな光さえも見事にディフェンスし、もはやランプは小粋なインテリア以外の何モノでもなかった。

 「「映画館みたいな?」」 そう! あの階段にだけ明かりが灯ってる感じのね! 客席誘導灯っていうんですよ。アレ。


「本を探すどころか、図書館から出れるかさえ怪しい」

「師匠、大丈夫ですよ!」


 レノアが『グッ』 ケングンの袖をつかんだ!

 ケングンは驚いて「ヒャッ!」 トび上がったが、急いで平静を装った。


「んんッ、大丈夫とはこれいかに」

「ビビり」

「…」

「ま、ボクに任せてくださいよ!」


 レノアはそう言って胸を張った!

 まぁ胸を張ったというのは推定で、暗くて見えたもんじゃなかった。


『ランタンの代わりでもあるのかな?』


 ケングンは思った。が、なんと!


「さ、行きましょう」


 レノアはそのまま、暗闇に向けてズンズン足を踏み出していった!!


「わぁぁ~」


 ケングンはおおよそ年上とは思えない情けない声を鳴らし、レノアに引っ張られながら影の航路を進んだ。


 結構、進んだ。


 ケングンは闇に侵された道を、おっかなびっくりソロソロ歩いていた。歩幅は小さく『スッ スッ』 地面を撫でるようなスリ足。奥ゆかしい座敷使いさんのようだ。

 しかし! あろうことか袖先の童子は『てくてく』 普段通りに歩いているらしかった! 仮にケングンとレノアが同じ歩幅だったなら、今頃ケングンは引きずられていたに違いない。


『ロデオのような恐怖心…』


 ケングンの足先は、常にビクついていた。


 (ところで…自分より小さな年齢の子に こうもグイグイ引っ張られるなど、まるで親戚の子を夏祭りに連れて行った時のような、あの風を思い出させる。屋台から屋台に飛ぶ鳥を見ているようで、夏の風物詩に足る…心臓と喉が、ギュッとなる…)


「凄い、全部見えてるみたいだ」


 ケングンが言った。

 確かに引っ張られてはいるものの、レノアのナビゲートは完璧らしく、一度も躓いたりなどが無かった。


「目が良いんですよ」


 レノアは答えた。

 だが、その返答は どこか冷めていた。『凄い』 だなんて言われれば、レノアのことだ。『ふふん、目が良いんですよ!』 とか、もっと自慢気に返しそうではある。


「暗視ゴーグルでも着けてるみたい」


 ケングンはその冷めに少し驚き、この少年らしくも無く 言葉を追い足した。


 が…暗視ゴーグル?


「アンシゴーグルって、何ですか?」

『…あ。あちゃ! やっちゃった』


 油断したわね! 暗視ゴーグルなんて高等な物、この世界に無いわ!


『どうしよう…』


 闇の色がドコも変わらないもんだから、ケングンは思わず元の世界を想起してしまい、口を滑らせたらしかった。


「ねぇ、アンシゴーグルって何ですか?」

「えっ、言ったカナぁ☆ そんなコト」


 無理がある。図書館は暗いだけでなく、まるでこの世の底かのように静かだった。言った言わなかったは言うまでもない。あと、演技が下手っぴ!


『待って、別に言ってもいいんじゃないか』


 とも考えた。つまり『僕はね。違う世界から来たんだよ』 とレノアに…


『…信じてくれないか』


 ケングンは悩んだ末に、無理やり話を変えることにした。


「そういえば、君はどうして強くなりたいのかしら?」


 レノアはムッとした!


『子供だからって、はぐらかし方が雑!』


 しかし、『どうして強くなりたいのか?』 なんてのは、師弟の間では定番の問答! レノアの中でケングンを師と仰ぎたい以上、このトピックには触れざるを得なかった! (もちろんケングンにそんな深い考えはなく、偶然の極み)


「どうしても、勝ちたいヤツがいるんです」


 レノアは、目的を献上した!


「勝ちたいヤツ…ライバルみたいな?」

「いえ、敵です」

『敵か…』


 その言葉には、子供らしくない威圧があった。つまりちょっと気に食わないくらいの『敵』ではなく、人生で確実に越えなきゃいけない、巨岩に対する『敵』 だった。


『この子は、賢い』


 レノアと関わる中で、ケングンはひしひしと感じていた。

 思うに、その巨岩がレノアの心に入ることで、強制的に水位を上げているのではないか。


『だけど…』


 それは、ともすれば心ごとレノアを破壊しかねない。歪な成長法だとも思える。


「あんまり、無理しちゃダメだよ」


 ケングンからして、かけられる言葉は それくらいしかなかった。その上で


「でも、凄いなぁ。僕が君くらいの時なんて、葉っぱを絵具で塗りまわっていたのに」


 とも言った。


「師匠にも そんな時期があったんですね」

「そうさ。だから ほどよく努力しなきゃね」

「はい。その努力の一環として、師匠の手ほどきを受けたいんです」

「しまった。ココに帰結するのか」


 墓穴を掘ったな、ケングン!


「あ、そうだ」


 突如! レノアが何かを思いついたように、立ち止まった!

 ケングンは思わず、レノアとぶつかりそうになる。が、それよりも先に、レノアはケングンから手を離して、ひとりで一歩二歩と前に進んだ。


「師匠。師匠になってくれないんなら、このまま置いていきますよ」

「わっ、そうきたか」

「どうします? いま! 決めてください」

「う~~~ん」


 師匠もなにも、ケングンからレノアに教えられることなど ビタの一欠片だって無かった。だって体が勝手に動くんだもん。口じゃ説明デキっこないさ。


『だけど断ったら…』


 ケングンは…苦汁を湯煎して飲みやすくし、ついに決断しようと口をつけた!


 が…その時!


『ゴトンッ』


 暗闇の中から、本が床に落ちる音がした!


「!」

「あら、他の利用者さん?」

「いえ…違います」


『ゴトンッ』『ゴトッ』『ゴトッゴトッ』


「…」


 本が、不規則なリズムで床を叩く。

 楽器のような明快さはなく、陰鬱な音が響いた。


「ファントム…」


 レノアが呟いた。


「ファントム?」

「闇に住む魔物です。森の奥とか、洞窟に住んでいます」

「なるほど…ココも暗いからなぁ」

「いえ、ファントムは自然的な場所を好みます。少なくとも、こんな街のド真ん中には…」


『ゴトンッッ!!』


 遥かに重たい音が! ケングンたちのすぐ近くで聞こえた!


 ケングンは急ぎ『バッ!』 その音の方を向く! と、そこには…!


「やっぱり! ファントムだ!」


 驚け! そこに浮遊していたのは、ブルーホワイトに発光する人間の骨だ!


 人骨は、推定180cm程の男性骨格! 眼窟や口腔にはONになってない液晶パネルじみた暗闇を嵌め、何もないアバラの隙間からは向こうの風景が見える!

 そして人間だった頃の名残かも知らないが、惜しむようにダークブラウンの布を、付け合わせ程度に羽織っている。


「わ…お。ホントにオバケ」

 

 ファントム…それは、形骸化した魂。

 肉を求めて人を襲う、安寧無縁のゴースト…本能的に人を食らい、人に戻ろうとする。死して生存欲求に取りつかれた魔物だ。が、ファントムが人に戻った例など、未だかつて存在しない。


「…」

「…ハロー、ハロー、応答せよファントム」


 ケングンはひっそり声を掛けた。すると


「ア」

「あ?」


 うなだれていたファントムが、前を向いた!


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

「師匠! 来ますよ」


 ファントムが! 体全体をラグビータックルかのように 前傾姿勢で極め『ダッッ!』 その軽量化された体でケングンに突進した! 言うなれば全身全霊の、粉骨砕身のタックルだ!


『怖いっ!』

「こっちです!」


 レノアは急いで! ケングンをタックルの軌道上から引っ張り出した!

 『ビュッ!』 その…かつていたケングンの位置を、狂気で尖った指末端骨が通り過ぎていく!


「大丈夫ですか?」

「ごめん…ありがとう」


 ファントムは通り抜けると、そのまま振り子ギロチンのように上へと戻って行った。


「ああいった類の生き物は…初めて見たよ」


 魔物…初めての生物種を前に、ケングンは小さくないショックを受けていた。

 それは、あのファントムが本気で自分たちを殺しに来ているから…と、それからもう一つ。


『ここって、違う世界なんだ…』


 ケングンは、改めて愕然とする思いで 目の前のファントムを見た!

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