第13話 本の海から呼べ (後編)


 《ケングン、引っ張られるがままに図書館へ》


「さぁ! ここが城内図書館ですよ!」


 レノアが! まるで自分の栄誉を誇るかのように『バッ!』 図書館の入口へと腕を向けた!

 堂々と胸をハりながら フフンと自慢気に鼻を鳴らし、ガイドという大役の務めを満足そうに味わっている!


『ぱちぱち!』


 ベルサイカ嬢はそれを拍手しながらおだて、小さく愛らしい者の仕草それぞれを、ほとんど美術品に近いような微笑で照らしていた。


「コひゅ~…はッはッは…」


 その一歩後ろでは! ケングンが青い顔をして、肺に空気を送り込んでいた!


「中にはタクサンの本があります。さ、師匠。行きますよ」

「待って君、ヒモはヤメテ…クエッ!」


 3人はそのまま、図書館へと入り込んでいった。


 ―― 図書館は見渡す限りに本棚が連なり、まるでジャングルの様相を呈している。


 一般的な図書館と言えば、読書スペースがあり、鉢植えの植物があり、受付にはクールな職員さんがいる。というのが定石だ。

 しかし城内図書館は、スペースの限りに本が積み立てられ、ちゃんと棚に入れられているものから 寝そべって乱雑に放置されているモノまであった。まして人の気配など無く、人類滅亡後に無用となった、本たちの最後の砦のようにも想える。


「うげ…いるだけで頭いたくなりそう」

「何でも数百年前の書物が ひょっこり発見されることもあるそうですよ」

「地層みたいですね」


 ケングンたちは暗い館内に目を凝らしながら、『受付→』 と書かれた看板に沿って歩いた。


「ん、なんじゃ…?」


 そのうち、薄暗い本の海に 一滴の光が輝いた! まるで海底に沈むチョウチンアンコウの、いわゆるチョウチン部分にも見える。


「アレが受付です。利用者は、あそこでマップを貰うんですよ」

「マップ?」

「館内マップです。ココは広いので、マップが無いと何がナニやら」

「迷宮かよ…師匠、ゼッタイ離れないでくださいね」

「ヘイ…」


 やがて、受付に着いた。


 受付は積み上がった本がデスク代わりの状態で、ランプが無ければ他のスペースと大差なかった。強いて挙げるとするならば、他の箇所よりも生活感があった。マグカップやら、万年筆やらが雑に転がっている。


 そこで、老人がポツンと 重たそうな本を読んでいた。


「おや、ベルサイカお嬢様。今日は何用で」


 小柄な片メガネの老士が、柔和な笑顔で本から顔を上げた!


「どうも、オジ様。今日はお料理の本を探しに来たんです」

「あぁ、そうですか。そうですか」


 老士は、多くの知識を貯め込んでいるに違いないシワをたゆませ『ガタッ』 ゆっくりと不安定に立ち上がった。

 その姿には、どこか浮世離れしたような 悟り人の雰囲気がある。


『さながら賢者ってカンジだ…!』


 老士は 後ろにあるボックスを開けると、中から3枚の紙を持ってきて「どうぞ」 ケングンたちに手渡した。


「どっち向きですか?」

「文字が書いてある方が上です」

「ありがとうございます」


 紙には『城内図書館』 とカスれきったハンコが押してあり、下には図書館の模式図が描かれていた。試しに現在地を確認してみると、受付は右端の真ん中くらいにある。


「え~っと、お料理の本は左上ですか」


 ケングンはよーくマップに顔を近づけて見た。

 「「目が悪いのか?」」 悪い!


「そうですね。ケングンさんは?」

「僕は魔法の本なんで、左下ですね」

「なるほど! じゃあ方向が真逆なので、ベルサイカとはここでお別れですね」

「待てい! いったん真左に行って、そこで上下に別れればよろしかろう!」

「チッ」


 レノアは不機嫌そうに舌打ちし、その辺の積本にドカッと腰を下ろした。


「では、最西端までご案内しましょう」

「いいんですか?」

「えぇ、暇ですから」


 老士は笑いながら『ゴソゴソ』 本の山を漁ると、中から年季の入ったランタンを収穫した。


「では、参りましょう」


 老士はランタンを開けると、中にあるロウソクに対して指を鳴らし『ボッ』 火を点けた!


『…ん?』


 ケングンは、滑らかにハッとした。


『もしかして、今のが魔法?』


 どう考えても、小粋なマジックを披露するタイミングじゃなかった。

 そりゃ老士の指が赤リンとヤスリで成っていたなら分かるが、むしろ燃えづらいほど脂肪の無い指をしている。


 つまり…今のがケングンにとって、初めての魔法観測! (ベルサイカ嬢の水晶は発動のタイミング見てなかったからナシっ!)


「どうしました? 師匠」

「あ…」


 思わずボサッと突っ立っていたケングンに、レノアが話しかけた! 意識を戻すと、既にみんな出発している。

 「ごめんごめん」 ケングンは急いで付いていき、レノアに詳しく聞いてみることにした。


「あの、ガイドさん。質問良いですか?」

「はい! なんでもどうぞ!」


 ようやくケングンに質問され、レノアは速攻で気を良くした!


「さっき、あの人がどうやってランタンに火を点けたか 分かります?」

「どうやってって。そりゃあ〈火の魔法〉ですよ!」


 レノアは気を良くしたまま、尋ねるまでも無く〈火の魔法〉について解説を始めた!


 レノアの語り口は、幼児ながらに相手に分かりやすく伝えようとする、全身のジェスチャーをふんだんに使った愛らしいものだった。

 しかし、あまりに多い『この、その、あの、どの』 が、レノアの放つ文脈にアミダクジめいた線を乱反射して 非常に難解だったため、要約したものを以下に記す。


  …この世界には、様々な種類の魔法が存在する!

 その数たるや至って膨大であり! ジャンル分けしようにもデキないほどである…が、一応ムリヤリくくったヤツはあるらしい。


 すなわち!


 《自然摂理の魔法》

 《身体操作の魔法》

 《幻想使役の魔法》

 《その他の魔法》


 の、4つだ!


「《その他の魔法》なんてある時点で、分類分けには失敗してますがね」


 老士が聞き耳を立てていたのか、冗談っぽく笑った。


「〈火の魔法〉は《自然摂理の魔法》の一つで、練習すれば誰だって使えるんですよ!」

「僕でも?」

「師匠でも!!」


 ケングンはウキウキして、暗闇の中でコッソリ指を弾いた!

 しかし、元より指パッチンができないので、ぺちぺちと肉を叩く音だけがした。


『今、試しましたね』


 ベルサイカ嬢は心に秘めた。


「だけど師匠。こんな基礎も知らないのに、どうして魔法の本なんて?」

「実はね。〈世界転移の魔法〉ってのを探してるんだ」

「〈世界転移の魔法〉…」

「知ってるんですか?」


 老士は茂った口ヒゲをわさわさと触り、少しばかり天井を眺めて考え始めた。

 しかし…


「申し訳ない。聞いたことさえありませんな」


 と首を振った。続けて


「〈転送の魔法〉や〈転売の魔法〉ならありますが、あるいは同系列の魔法かもしれません」


 と付け加えた。〈転売の魔法〉の正体も気になるトコロだ。


「さっきの分類で言うと、《その他の魔法》でしょうか」


 ベルサイカ嬢が、伺うように言った。

 この口ぶりからして、ベルサイカ嬢も〈世界転移の魔法〉については知らないらしい。


 老士は少し考えた後「おそらく」 と難しそうな顔をして頷いた。


「いかんせん聞いたことも無いので…詳しくは何とも」

「いえいえ、貴重な情報です。ありがとうございます」

「…しかし」


 老士はマブタの重たい目を上げて、ランタンに照らされる限りの本たちを見た。


「この図書館で特定の、それも使用度の低い魔法を探し出せるか…」

「あ、すごい嫌な予感がするワ」


 ケングンの両隣では既に! 大仏様の頭より高く積まれた本たちが『…』 沈黙しながら彼らのことを見下ろしていた!


『かなりキビしい戦いになるぞ…』


 貰ったマップを見る限り、確かに魔法のコーナーは、左下の部分に設置されている。しかし館内の荒れ果てた現状を見るに、本の分類なんてトッ散らかってバラバラになっていても おかしくない!


『昔…本を探すうちに自分も本になって、図書館に収納されるっていう都市伝説があったような』


 こんなの総当たりしていたら、本にされる。


 やがて震えているうちに、ケングンたちは図書館の最西端まで辿り着いた!


「ケングンさん」


 ベルサイカ嬢が、名前を呼んだ。

 細かに言うまでもないことだが、呼ばれるたびにケングンは ポーッ! っと胸が熱を食ったようになる。


「改めまして、今日はありがとうございました」


 ベルサイカ嬢は、淑やかに頭を下げた。

 その下がる頭を見届けないうちに、ケングンも急いで頭を下げた。


「こちらこそ、案内ありがとうございました」

「ちょっと! 案内したのはボクですよ!」


 横でレノアが跳ねた!

 「ははは!」 その様子を見て、老士が楽しそうに笑った。


「実に仲がよろしい…そうだ、ケングンさん」


 思いついたように、老士のランタンがケングンを照らした。


「もし どうしても本が見つからなかったら、役所にいる『パパラッチ』 という男を訪ねてみてください」

「あぁ! 確かに、パパラッチさんなら」


 ベルサイカ嬢も知った人のようで、納得したように頷く。


「彼は探し物のプロフェッショナルですからね」

「そうなんですか?」

「えぇ。〈探し物の魔法〉という、便利な魔法が使えるのです」

「ははぁ! 分かりました」


 ケングンの頭から、自分で探すという選択肢が消えかかった!


「私はお嬢様を送って行きます。それでは」


 老士はランタンを掲げて、ベルサイカ嬢より少し先を歩き始めた。

 ケングンが「ありがとうございました」 と後ろから声を掛けると、老士は少しばかり振り向き、背中を丸めて会釈をした。


「それでは、ケングンさん。またどこかで」

「えぇ、またどこかで!」


 ベルサイカ嬢は再び、今度は気を使わなくていい範囲の角度で礼をする。と、そのまま老士の光に導かれて段々遠のいていった。


『綺麗だ…』


 ランタンの、圧し包まれた炎の優雅さに付き添われ、ベルサイカ嬢の背中が小さくなっていく。灯篭流しや送り火を想起させるような、洗練された儀式的な美しさだった。


 やがて見とれきった後、ケングンは「はぁ」 と息をついた。

 すると『つんつん』 レノアがケングンの腰をつつく。


「師匠、ボクらの明かりは?」


 こうして、ケングンたちは本の海で遭難した。

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