第6話 がらんどうの勝利
スキンヘッドが『後ろ回し蹴り』を繰り出した直後、ケングンは最初にこの世界に来た時のことを思い出していた。
『あの時も、こんな風に海面を見上げていたな』
彼は同じように空の在る方を見ていた。しかし、来た時と違うのは、空との間にあるのが海面ではなく、スキンヘッドの踵だということだ。
ケングンは、上体を後ろにグンと反らすことで、後ろ回し蹴りを躱した! そして、呆気にとられるスキンヘッドに目掛けて、その仰け反りから…
「えいっ!」
頭部をカタパルトのように発射! これが見事、スキンヘッドの顎に当たった。しかし威力足りずして、「うッ…」 せいぜい立ち眩みを誘うくらいの効果。
さらに言えばどれだけ隙を作ったところで、彼の備え付け筋肉ジャンパーが、ケングンの攻撃など丁寧に応対してしまうだろう。
『軽ィ!』 実際スキンヘッドもそう考えた。そして脳では既に、今の頭突きに対する慎ましい実刑判決も出ていた。ケングンは……死刑!
「しゃいッッ!」
雄叫び! 処刑人としての復活の狼煙が、高らかに『殺すぜボケガキがぁ!』宣言される。そのハズだった。
スキンヘッドの声が、迅風の吹き抜けたように途切れた。
「がッ!」
「うわっ!」
イキり立っていた喉ぼとけを、ケングンの親指が押し込めていた。今しがた声の通っていた首は、ものの見事に音さえ出せず、ざく切りにされたような咳だけを嘔吐する。『ッ…!』 呼吸器を突かれ、刹那のパニック。突然途絶えた酸素の供給に、肺は体の強張りで応えた。
さらに、まだ続く。
ケングンはあろうことか、スキンヘッドの目を突いた。「あっ!」 眼球を濡らす汁が、彼の指紋の溝をナメクジっぽく湿らせた。
「ギャッ!」 スキンヘッドは目を大事そうに瞑る。と、潰れた視界の中からやぶれかぶれに拳を振るった。しかし、今更こんな駄拳に当たるケングンでは無かった。当然ひらりと躱す。
精細を欠いた攻撃。一方ケングンは、『喉ぼとけ』『眼球』、分かりやすい人体の急所。どれだけ鍛えようが、どうしようもない体の弱みを、的確に射抜いていた。
『何で…?』
ケングンにも、どうしてそんな芸当が出来るのか分からない。分かるのは、相手のドコをどうすればいいかだけだった。しかも、そこまでの体の動きも、まるで手取り足取りと、毎日続けた型稽古のようにしっくりきて動いた。
「だァッッッ!」
スキンヘッドが、大振りの突きを放った。
『あ…』
この攻撃に対しても、ドコをどうすればいいか、思いついてしまった。大振りの突きは結果的に、スキンヘッドの前足を大きく踏み出させていた。つまり、股が開いている。
「…ゴメンナサイっ!」
ケングンはスキンヘッドの股グラの、ぶら下がっているであろうアレを、足の甲で思いっきり蹴り上げた。
「~~~ッッッ!!」
スキンヘッドの体が…地面に沈んだ。
「……何てこったい」
これは勝利なのか?
確かに目の前では、さっきまでケングンと対峙し、骨を折ろうとまでしてきた男が、頭を垂れて地面にうずくまっている。しかし、本来勝利にあるはずの、『やり遂げた感』『報われた感』『ヤッター感』、そのどれもが鎮座すべき場所には、ただ空っぽの風が吹いているだけだった。
「とにかく、さっきの人を追いかけよう」
ケングンは悶えているスキンヘッドに「シツレイシマス」一礼すると、女性に貸していたパジャマを拾ってから、真っ直ぐに道を駆け出した。
………そして、彼が去った後。木陰から、一人の生物が顔を出した。
生物は、2人の闘争を初めから見ていた。いや、始めは邪な気分で、明らかに弱っぽちなケングンがボコされるのを見ているつもりだった。しかし…理外のケングン勝利。
「ヤッべぇ…」
生物は興奮も冷めやらぬまま、ケングンの後を追いかけた。
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