第5話 戦闘! スキンヘッド


 《ケングン、男の裏拳を手で止める》


「バカな…」

「うっそだぁ…」


 スキンヘッドとケングンは『ハッ!』 お互いに顔を見合わせた!


「チッ!」


 スキンヘッドが舌をウち、止められたその手を振り払う! と、そのまま一歩二歩、ケングンから距離を取った。


『チクショウ! 誤算ってヤツか』


 スキンヘッドは、刈りつくした頭皮の中で考えた。


『あの腹見るに てんでケンカにゃ縁遠いかと思ったら…猫ッ被りヤロウが』


 『ケンカにゃ』 だの『猫ッ被りヤロウ』 だの、どうやら猫がお好きらしい。

 しかしスキンヘッドの言うその『猫ッ被りヤロウ』 の腹は、確かに彼の感想どおり、ケンカどころか運動に疎そうな平面のボディー…まるで板に張り付いた皮だった。その通り、触ればぷにぷに。筋肉はない。


『…』


 となるとナゼに! ケングンは彼の裏拳を止めることができたのか。

 「「実は勝負ナれしているとか?」」 いや、その平面のボディには古傷さえなく、勝負ナれってことはないだろう。

 しかし経験が無いなら無いで、2度の攻撃を躱した上にあの跳ねるような裏拳を止められるのか?


 一体ナゼ…ケングン!


『んーーー?』


 ケングン自身、分かってなかった!


『何てこったい。体が勝手に動きおったわ』


 ケングンは 裏拳を止めた自分の手を見つめた。止めた衝撃でジンジンして、すっかり赤くなっている。

 だが! それは確かに自分の手のヒラで、うっすい生命線もそのままだった!


『まさか天賦の才がここにきて?』


 自分でそう思うなら、そうじゃない。

 確かにズバ抜けて運動神経が悪かったワケでもない。が、元いた世界で一介の学生に甘んじていたあたり、才能と言えば無いと断じてよろしい。


『となると…』

「おい、ボウズ」


 両者ともにケングンの実力を疑う中、スキンヘッドが口を開いた。


「悪かったよ。強かったんだな」

「…ふっ、分かってくれたならいいんですよ」


 ケングンは内心『いぇす!』 ガッツポーズした。すかさず『Foo!』。

 スキンヘッドのセリフ的にも、ケンカはココでお開き。お互いの縮み上がった肝をたたえつつ、スポーツマンらしい紳士的なビューティーを飾って解散! 再戦の申し込みは事務所を通してネ。 ~Fin~


『完璧だ!』


 ケングンはさっそく健闘をたたえようと彼に…


「ここからは、ホンキだ」


 スキンヘッドは改めて、ケングンをシン…と見据えた。その視線はまるで、草陰から獲物を狙うトラのようだ。目の前の相手だけを想っている。


「ハァ~~」


 さらに、構えを取る。

 自らの広背筋を圧しめるように『ギュゥぅ…』 脇を閉じた。そこから集団でジョギングするときみたく、肘を90度に曲げる。「スゥ~」 その曲げた腕を上げて、前腕部分を胸骨の前でクロス。


 クロスさせた腕を一気に解き放ち、スキンヘッドは叫んだ!


「押忍ッッッツ!!」

「げぇっっっつ!!」


 スキンヘッドの頭は、既にアドレナリンで支配されている!

 彼はケングンの『げぇっっっ!!』 を他流派のアイサツだと勘違いして、そのまま勝手に試合を始めた! となるとアドレナリンのへったくれもない、このキッズはどうなるや。


『押忍って言った! いま押忍って言った!』


 ケングンはテキメンに試合開始を表す、その漢字二文字に震えあがった。

 挙句の果てワードの発信源は、己が為だけのワケ分からない咆哮をアげて ケングンに図体を迫らしている!


「ダァァあッッ!」

「わっ!」


 拳が! 襲い狂った!

 さっきまでの手なりの拳とは違う。城門を閉じたあとカンヌキで固めるように、握りこんだ四指を親指でムスび固めた重厚な拳!

 それがケングンを破壊しようと、ただ真っすぐに突き進む!


『ボッ!』


 ケングンの耳に! 風の穿たれた音がした! 馬鹿な、大気に穴でも、開いたというのか。


 しかし音が聞こえたということは、ケングンが拳を避けたことの何よりの証拠でもある。


「わっ、わっ、わぁっ!」


 二発目!

 三発目!

 最後にローキック!


 そのローキックでさえ、最小限のジャンプで躱した!


 しかし、そのたびにおぞましい…骨折の幻影を見せるに十分な音が聞こえ、ケングンは『また拳を受け止める案』 を丸めて捨てた。


 だが! ケングンがその草案をクシャクシャ丸めていた頃、彼はローキックを避けたがために 跳んで宙へと浮いていた。


『チャンス!』


 スキンヘッドは上半身を素早く転回!

 そして…!


『ここだッ!』


 後ろ回し蹴り! グリスを塗ったような滑らかな回転と、カカトから入る直撃死の航路!

 行き先は当然、まだ着地して間もないケングンの頭蓋骨!


「死ャぁァァ!!!!」


 足の軌跡は、迷いなくケングンに向かった!

 当たれば…破砕。少なくとも、耳はずいぶん使えない。特急快速のカカトが! もうすぐそこまで来ている!


『勝ったァ!』


 あぁ今に! カカトには粉骨砕々の感触がこれでもかと伝わり、スキンヘッドの歪なフェチズムを、万雷の骨折音でもって満たすだろう。ケングンはつぶれた顔面で涙を流し、流れる血と混ぜて地面を濡らすんだ。その濡れた地面を、舌で拭かせてやろう。

 『頭はもちろん、俺が靴底でおさえる』


 そんなことを、思ったり思ってなかったりした。


『…?』


 ところが…いつまで経ってもスキンヘッドに、至福の時間はやって来なかった。ザマァみさらせだが、理由くらいは知っておきたい。


「!?」


 ケングンは、この世界に来た時のことを思い出していた。

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