第5話 戦闘! スキンヘッド


 ケングン、男の裏拳を手で止める。


「馬鹿な…」

「うっそだぁ…」


 スキンヘッドの男とケングンが、顔を見合わせた。「チッ!」 男は舌を打ち、ケングンの止められた手の甲を振り払うと、一歩二歩と距離を取った。


『とんだ誤算だぜ…』


 スキンヘッドは刈りつくした頭皮の中で考えた。


『あの腹見るに、てんで喧嘩にゃ縁遠い奴かと思ったら…猫ッ被りヤロウが』


 『喧嘩にゃ』だの『猫ッ被り』だの、彼は猫に執心なのか。しかし、スキンヘッドの言ったその猫ッ被りヤロウの腹は、確かに喧嘩どころか運動に疎く、まるで板に張り付いた皮だった。しかし触ればぷにぷに。その通り、筋肉は無い。


 となれば何故に、ケングンは彼の裏拳を止められたのか。傷一つ無い体から喧嘩慣れは無い。だが経験無くして2度の攻撃をかわし、その後の跳ねるような手の甲を、受け止めることが出来ようか?


 一体何故……ケングン!


『んーーー?』


 少年は、ワケが分からず混乱していた。


『何てこったい。体が勝手に動きおったわ』


 彼は裏拳を止めた衝撃で、ジンジンする手のひらを見た。それは赤らんではいるものの確かに自分の手で、うっすい生命線もそのままだった。あの世で人体改造された説は消えたか。


『分からん…天賦の才か』


 自分で思うあたり、そうではない。確かにズバ抜けて運動神経が悪かったわけでもなく、体育測定でもほとんど平均だった。しかし元居た世界で格闘家ではなく、一介の学生として暮らしたあたり、『才』と言われると、無いと断じていい。


『となれば…』

「おい、ガキ」


 両者共にケングンの実力を疑う中、スキンヘッドが口を開いた。


「悪かったよ。強かったんだな」

「…ふっ、分かってくれたならいいんですよ」


 ケングンは内心で『いぇす!』とした。男のセリフ的にも、喧嘩はここでお開き。彼の縮みあがった肝を称えつつ、自分の縮みあがった肝を押し込めることで、紳士的なビューティーを飾って解散。再戦の申し込みは事務所を通してネ。 ~Fin~


 完璧だ。早速ケングンは健闘を称えるべく彼に…


「ここからは、マジだぜ」


 スキンヘッドは改めてケングンを見据えた。そして、構えを取る。広背筋の盛り上がったせいで閉まり切らないまでも、肘同士の幅を狭くさせ、集団で整列しながらジョギングするときみたく、その肘を直角90度に曲げた。その曲げた腕を…今度は上げて、前腕部分を胸骨の前で軽くクロス。


 クロスさせた腕を、一気に八開きに放ち、彼は叫んだ。


「押忍ッッッ!!」

「げぇっっっ!!」


 アドレナリンは出ている。スキンヘッドはケングンの『げぇっっっ!!』を他流派の挨拶だと勘違いして、そのまま勝手に試合を始めた。となれば逆に、アドレナリンのへったくれもない、試合を終えたつもりでいたこのキッズはどうなるや。


『押忍って言った! いま押忍って言った!』


 ケングンはかつて居た世界を感じさせ、尚且つテキメンに試合開始を表すそのワードに恐怖した。挙句、そのワードの発信源は、意味を持たない己が為だけの咆哮を上げて、ケングンに距離を詰めていた。図体が迫る。


「ダァァあッッ!」

「わっ!」


 さっきまでの手なりの拳とは違う。ハイウェイを鉄球が転がるようなパンチ。いや、突きと言ったほうが良いか。ケングンの耳に、風の穿たれた音がした。『ボッ!』 馬鹿な、大気に穴でも開いたというのか。


 しかし、その音が耳に聞こえたということは。ケングンが突きを避けた。その証拠でもある。


「わっ、わっ、わぁっ!」


 二発目、三発目、そして最後、下半身を狙ってきたローキックさえ最小限の跳びで躱す! その度におぞましい、骨折の幻影を見せるに十分な音が聞こえ、ケングンは『また拳を受け止めよう』などという案を丸めて捨てた。


 だが、ケングンがその草案をクシャクシャ丸めていた時、彼は最後のローキックを避けたがために、宙に跳んで浮いていた。これにて地面頼りの安定性は欠かれ、スキンヘッドにチャンスが訪れる。


『ここだッ!』


 彼は上半身を素早く転回し、『後ろ回し蹴り』を使った。グリス塗ったような滑らかな回転と、踵から入る直撃死の航路。行先は当然、着地して間もないケングンの頭!


「死ャぁ!!」


 ピンポイント! その足の軌跡が、迷いなくケングンの顔に向かった。当たれば破砕。少なくとも当たった側の耳は、当分使えやしない。

 「!」 ケングンがその踵を視認した時には既にもう、踵は特急快速ですぐそこにあった。


『勝った!』


 今に! 踵には勝利を知らせる粉骨砕々の感触がこれでもかと伝わり、スキンヘッドの歪なフェチズムを万雷の骨折音でもって満たすのだろう。ケングンは潰れた顔で涙を流し、同じく垂れる血と混ぜて地面を濡らすのだ。そして這いつくばせて、その濡れた地面を舌で拭かせてやろう。頭はもちろん、俺が靴底で押さえる。

 そんなことを、思ったり思って無かったりした。


 ところがいつまで経っても、スキンヘッドにその至福の時間はやってこなかった。ザマァみさらせだが、理由くらいは知っておきたい。


「!?」


 ケングンは、最初にこの世界に来た時のことを思い出していた。

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