第4話 厄介ごと、襲来


 《ケングン、浜を後にする》


 ケングンはビッショビショの体を引きずって、浜から続く海道を歩いた。


 ―― 海道は舗装もされていない土の道で、足の心地は柔らかい。両脇には森が植わっており、葉っぱは太陽で照らされて 翡翠の色に反射していた。それが天を仰いで揺れているものだから、吹き抜ける風もいっそう爽やかに想える。


「異世界の木…持って帰ったら大金持ちになれるかな?」


 金策! どうやって持ち帰るってんだ!


「よしんば木じゃなかったとしても、異世界特有の何かならお金になるかも!」


 ケングンはトらぬ儲けを計算しようとした。しかし計算しようにも、寒くて集中できない。

 「へっくし!」 クシャミも出た!


『日差しもあるし、こりゃいったん服を乾かすべき』


 ケングンの言ったとおり 太陽はカンカン照りの一品限りで、風も自然由来のものが吹いていた。今やここは、天然のランドリーと言って差し支えなかろうぞ!


 ケングンは着ていた服をせっせと脱いで、脇の木に投げかけた! パンツは脱がなかった。念のためな。 

 それから木の根ッコに腰を下ろして「はぁ」 空を見ながら呆然とした。


「天気は良いが、先が暗い」


 涼しい風が服をこそいで、ほのかな潮の香りと混じって流れた。


『なんだか急に不安になってきた』


 かけていた服が遮蔽になって、ケングンに陰を作っている。簡易的なビーチパラソルにも思えるが、同時に不吉な未来のアンジにも思えた。


『〈世界転移の魔法〉か。その辺に落っこちてないかな』


 そんなんで見つけられちゃ世話ないぜ!


 ケングンはネガティブな気持ちを振り払うため、改めて異世界のものを持ち帰って大金持ちになる未来を想像しようとした。


 だが…その時!


「はっ、はっ、はぁっ」


 遠くの方から、何やら荒っぽい息ヅカいが聞こえてくる!


「何だ?」


 ケングンは首を長くして、そっちの方角を見据えた。それによると! 道の向こうから女性が『タッ、タッ、タッ』 長いスカートのスソを握って走ってくるではないか!


「キャーッ! ヤバイですわよ!」


 ケングンが言った! なんせ彼は今、パンツ一丁で木陰に座る 野晒しの変態ヤロウだからだ!


『捕まるっ!』


 ケングンは急いで服を収穫すると、裸体の上にカブせてやり過ごそうとした…しかし!


「助けて! 追われてるんです!」


 女性は明らかに、ケングンに向かって叫んだ!


「えっ、なんとかしなきゃ…」


 なかなか情に厚い。ケングンは被っていた服をポイッと女性に投げ


「それを使って、木に隠れて!」


 と叫び返した!


「きゃっ! どうして裸…」

「まま、ワケは後でね」


 後に回したところで、何と答えるつもりなのか。

 女性は『不思議な人に声を掛けてしまった』 とは思いつつも、服を受け取って木のカゲに隠れた。

 ケングンは何事もなかったかのように、再度 木の根に尻を収める。


 …やがて…今に女性が来た方角から、3人組の男が現れた!


 男たちの風体は、マッスル!

 ただし普通のマッスルじゃない。痛んだ果実のような、傷っぽいアンダーグラウンドのマッスルだ! 手には竹刀くらいのコン棒を持ち、その眼球は射貫くようにギロギロ稼働している。明らかにアウトローで、ロジウラーな雰囲気!


「(………)」


 (男たちはジリジリと、ケングンの休む木陰へ近づいてきた…)

 (ケングンは違和感なく顔を合わせないよう、男たちの首らへんを目で追った…蛇のタトゥーと目が合う…)


「オイ」

『うっ』


 ついに、男の一人がケングンへと話しかけた!


「女が、通らなかったか?」


 (一人が質問し、他の二人が見極めるようにケングンを睨む…ケングンはハヤる動悸を押さえながら)


「通りました」


 (と、返した…続けて)


「アッチに行きました」


 (そう言って、女性が隠れたのとは真反対の方を示す…)


「……」

「……」

「…行くぞ」

『ほっ』


 (ケングンは胸をなで下ろし、ハヤっていた動悸をヨシヨシしてあげた…)


 しかし!! その時!!


「何だアレはァ!?」


 3人組のうち一人が大声を上げ、森の方をぷるぷると指さした!

 「ん?」 ケングンは顔を向ける。


 そこにあったのは…『have a nice dream!』!? 『have a nice dream!』のパジャマだ!

 大きな紺色の星のワッペンを飾り付けて、ストライプ柄の受刑者のような服! さらに恥ずかしげもなく刻印された『have a nice dream!』の文字が、森の中でまがいなき違和感として成立している!


 そしてそれは、どうしようもなくケングンが着ていたパジャマだった!


『くっ、あの服でカモフラージュは無理があったか』


 どっちかには気付いてほしかった。女性はタイソウ座りで体を縮めたあと、その体にソッとパジャマを被っていた。結果、違和感。


「馬鹿にしやがってェ…」


 男はコン棒を肩に担ぐと、その巨躯を動かして森に入ろうとした。


「わぁ!待って待って」


 ケングンは急いで立ちはだかった! 凹凸などヘソの窪みくらいしかないような腹を張り、『ブンブン!』 大手を振るってディフェンス!


「アレはこの辺に群生する珍しいキノコでして、食ってもあんまし美味くないですよ!」

「紺色のキノコなんかあるワケねぇだろ!」

「…バレたぞ! 逃げろ逃げろ!」


 ケングン叫ぶ! 同時に『ダッ!』 パジャマの中から女性が駆け出した! (ちなみに紺色のキノコは実在する…)


「テメェ! コノヤロウ!!」


 男の一人が女性を追いかけようと、発達したダイコンのような足を踏み出した!

 その足を、狙って!


「えいっ!」


 ケングンが自分の足を引っかけた!

 男は「うおッ!?」 っと驚愕の声を上げ、哀れ無残にスッ転がった。そのサマはまるで、砂漠にクジラが座礁するようだ!


「テメェ…」

「やーん、怖い」


 2人がケングンを睨んだ! それはもうアオ筋が顔に浮かび、太い腕がプルプル怒りで震えている。一方、ケングンもプルプル震えている。恐怖で。


「何のつもりだ? あ゛?」

「偶然でっせ…グーゼン」

「あぁ、よほどシメられてぇみてぇだな」


 2人は閉じゆく外開きの門のように、左右からケングンに迫った。

 その時…


「待て…お前らは女を追え」


 倒れていた男が、ゆらゆらと悪鬼のごとく立ち上がった!


「コイツの始末は、俺がつける」


 男がそう言うと、2人は顔を見合わせた。そして「殺すんじゃネェぞ?」「ま、ほどほどにな」 と言って、その悪辣なツラをへらへらと歪めた。

 さらに立ち去り際、同情と嘲笑が混じったようなイチベツを、ケングンにくれてやるのも忘れない。


 場にはケングンと…スキンヘッドの男だけが残された。


「さぁ、ボウズ。俺だけ武器ってのもヒキョウだからよ。ほら、タイマンだ」


 スキンヘッドが! 持っていたコン棒を地面に投げ捨てた!

「「意外に優しいのか?」」 ちゃう! そんなことツユほども思っちゃいけない!

 スキンヘッドの顔は立ち去って行った2人のような非道のツラを浮かべ、サディスティックな性格を表情筋すべてで表していた! ただのお遊びなのだ! 証拠に、男はファイティングポーズさえ取らない。


「どうした ボウズ。ワンチャンあるかもしんねぇぞ?」

『うん! 甘んじて殴られよう』


 もしスキンヘッドがケングンくらい貧弱なら、デタラメに暴れて何とかなったかもしれない。しかし抵抗の案を掃いて捨てるほど、男は派手にマッスルだった。

 ケングンはまさに、ヘビに睨まれたカエル…ちゃん!


「さぁて、行くぜッ!」


 ヘビが動いた!

 チカラ強く地面を踏みつけ、パンチングマシーンにでも打ち込むようなフルスイングの打撃! まさに重機関車のような、当たれば骨折は避けられない暴虐の拳!


『まずは顔。鼻ッ柱にブチ当てて、ひるんだところを連打。その過程で腕や足、アバラなんかを折る。クク、よりどりみどりだな。いやぁ命乞いが楽しみでならん』


 そんなことを、思ったり思ってなかったりした。

 しかし…


 ケングンは、拳を躱した。


「!?」


 スキンヘッドは驚いたものの、すぐサマ平静を保った。


『マグレだ』


 拳を引き戻し、次のパンチを装填! 今度はケングンの横から フック気味に拳を放った!


『まずは顔。鼻ッ柱にブチ当てて、ひるんだところを連打。その過程で腕や足、アバラなんかを...』


 だが…


 ケングンは、再び拳を躱した。


「!?」


 スキンヘッドは驚き! 目を丸くした!

 しかし…!


『反撃がこねぇ! んなら好き放題やるぜ』


 躱された拳。を! あえて引き戻さずにそのまま振り抜く!

 そして拳の推進力を使って、腰をググ…と捻り、捻り、捻る!


『死ねッ!』


 スキンヘッドが! 捻った腰を巻き戻した! 裏拳だ。下半身のネジリを利用した 裏拳を放つ!

 裏拳はまるで宇宙シャトルのように、高速でケングンの顎に昇った! 当たれば気絶どころか、下アゴだけダルマ落としみたくハジき飛ばされよう!


『ますは顔…』


 だが…


 ケングンは、その裏拳を手で受け止めた!


「!?」


 ケングンは驚き、目を丸くした!!

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