第4話 厄介ごと、襲来


 ケングン、浜を後にする。


 タオルで拭いて尚ビショビショの体を引きずって、彼は救助してくれた人たちが通った道をなぞった。水滴の滴り落ちる彼は、ほとんど雨天決行散歩した犬だった。


「寒い! 一旦服を乾かそうか」


 幸い、太陽は出ていた。


 ケングンは着ていた服を脱ぎ、その辺の木の枝にポイッと投げ掛けた。パンツは脱がなかった。念のためな。そして木の根に腰を下ろすと、口を開いて空を眺めた。


「あぁ、天気は良いが、先が暗い」


 差し込む日光に対して掛けた服が影になり、ケングンに涼しく堕ちていた。染みて運ばれた海の匂いがする。簡易的なビーチパラソルを得て快適なものの、影だけが唯一、彼にとってイヤ~な予感のメタファーに思えた。


『これじゃ〈世界転移の魔法〉を見つける前に何かしらの…不運なことが起こりそう』


 〈世界転移の魔法〉 あの世でジェントルマンが言っていた魔法だ。他にも色々言っていたし、ケングンはこの際だからジェントルマンが言っていたことを反芻して整理することにした。

 いや、待て。その『言っていたこと』の前に、『やってもらったこと』の方が気になる。


「あの錠剤、何だったんだろ?」


 その時だった。ケングンの歩いていた方向から、駆ける足音が聞こえた。


「はっ、はっ、はぁっ」


 足音に挟まって、荒い息も聞こえる。女性だ。道の向こうから、長いスカートに足を取られないよう、裾を握って必死に走って来ている。


「きゃっ! ヤバいですわよ」


 ケングンが言った。何せ彼は今、パンツ一丁で木陰に座る野晒しの変態だったからだ。急いで枝から服を取ったものの、着る時間が無かったため、身体の上に服を乗せて肌を隠した。そして、そのままやり過ごすつもりだったのだが


「助けて!」


 女性は明らかに、ケングンに向けて叫んだ。


「追われてるんです! お願い」

「ん、僕に何が出来ると」

「何とかして!」


 随分と無茶なお願い。しかしケングン、人を見捨てれるほど優しさを捨てていない。女性に向かって被っていた服を投げた。


「ソレを使って、木に隠れるんです」

「きゃっ! 何で裸…」

「まま、ワケは後でね」


 女性は『変な人に声かけちゃった…』とは思いつつも、ケングンから受け取った服を被り、出来るだけ暗い木の影に隠れた。


 すると、女性の来た方角から何やら傷っぽい、痛んだ果実のようなマッスルの男が3名、手に竹刀ほどの棍棒を持って歩いてきた。浜でケングンを助けてくれた人たちとは違い、明らかにアウトローでロジウラな雰囲気だ。


「…」


 男たちはやがて、ケングンの前を通りかかろうとした。ケングンは違和感なく顔を合わせないよう、アウトローたちの首辺りを眺めながら目で追った。男の首に入った蛇のタトゥーが彼を見る。


「おい」


 しかし、男の一人がケングンに声を掛ける。他の二人も足を止めて、見下ろすようにしてケングンを囲った。


「女が、通らなかったか」

「通りましたよ。えらく急いでいた」

「アッチか?」「アッチです」

「そうか。ところで、どうして服を着てない?」

「脱いで乾かしてたら、風で飛ばされて」

「おい、アレじゃないか?」


 男の一人が指をさした。その先には確かに自然の色とは異なる、人工的なパジャマ星が置いてあった。女性は咄嗟に渡された服を、体操座りで丸めた体の上に掛けてカモフラージュしていたのだ。結果、違和感。


「取って来てやるよ」

「わっ、やーやー、いいんですイインデス」


 ケングンは立ち上がると、凹凸などヘソの窪みくらいしかないような平坦な腹を張ってディフェンスした。


「イイってお前…ん、今あの服動かなかったか」


 男が目を細めた。動かれてしまっては流石に不信であるか。男たちは顔を見合わせると、後の2人がこれ見よがしに棍棒を肩に担いだ。目の前の男は、今度はケングンを脅すような思い口ぶりで


「取って来てやるよ」


 と言った。


「……バレたぞ!逃げろ逃げろ」


 ケングン叫ぶ! 瞬間、被さっていたパジャマを落として、中から女性が一気に駆け出した。


「テメェ! コノヤロウ!!」


 目の前の男が女性を追いかけようとした。しかし、その一歩目の足に自分の足をクロスさせ、ケングンは男を転ばせた。体格のいい筋肉が、土埃を巻き上げて地を舐める。当然、残りの奴らが激怒した。


「ガキが…ナメ過ぎだ、オレたちの事」

「や~、怖い」


 実際震える。これからボコボコにされるという確固たる未来。注射の前に近しい、強張る肌。相手がケングンと同じようなモヤシっこなら、まだデタラメに暴れることで何とかなったかもしれないが、その抵抗の余地さえ見せない程、男たちは派手にマッスルだった。


「今後お前のようなガキが現れないためにも、俺達はお前の骨を折らないといけない」


 転げていた男がゆっくり立ち上がり、首の骨を鳴らす。展開するようにして、後ろに居た2人はそれぞれ後退しながら横に広がった。


「お前ら、女を追え。俺はコイツとタイマン張ったらァ」


 男はそう言った。矜持か、哀れみか、お遊びか。下がった2人は、代表者となった男に「悪ぃヤツだぜ」「ほどほどにな。殺すなよ?」と声を掛け、それぞれケングンの右左を走り抜けて行った。


「あちゃっ、さっきの人、謝らないと」

「他人の心配してる場合か? お前、今から痛い目見んのにさ」


 男…目の前のスキンヘッドの男が、棍棒を投げ捨てて拳を固める。顔では頬を歪めていた。ファイティングポーズさえとらず、まるでパンチングマシーンにでも打ち込むようにリラックスして、肩が下がっている。ケングンは、虎を前にしたシマウマに感情移入していた。


「行くぜッ!」


 スキンヘッドは声とともに大きく踏み出し、軽く素早くケングンに打ち込んだ。行先は顔。鼻頭にぶち当てて、ひるんだところを連打。その過程で腕なり足なり、好きな部位の骨を折ってやればいい。やぁ今から命乞いが、楽しみでならん。

 そんなことを、思ったり思って無かったりした。


 だが、ケングンは拳をかわした。


「!?」


 スキンヘッドは驚きはしたものの、すぐに平静を保った。


 拳はケングンの耳ギリギリをかすめ、そのまま後方に行った。『偶然か?』 スキンヘッドは急ぎ引き戻した拳を、今度はフック気味に打った。行先は頬。ほっぺにぶち当てて、ひるんだところを連打。その過程で腕なり足なり…


 ケングンは、再び拳をかわした。


「!?」


 スキンヘッドは再び驚き、目を開く。


 身長的に打ち下ろされた拳は彼の鼻先をかすめることもなく、そのまま隕石のように落ちた。

 だが、今度はタダで外したわけじゃない。打ち外したフックの威力を溜め、下半身のバネに集約。その勢いを暴発したように解き放ち、振るった拳の甲を、ケングンの顎目掛けて宇宙シャトルのように打ち上げた。


 ケングンは…その手の甲を、自らの手で『パシッ!』受け止めた。


「!?」


 ケングンは驚き、目を丸くした!

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