第33話 門前の再開
《ケングン達はクロックリールへ向かって歩き出した》
「…」
ケングンは茫然と空を眺めながら、晴れ渡る青色と自分の世界の青色を比べていた。
『変わらない。ちっとも』
この時、この世界の暦でちょうど1000年だった。周年記念と言うこともあり、年始には大規模なお祭りも開催されたが、なんだかんだ半年も過ぎた今では、その熱もフゥフゥに冷めていた。
しかし、その残ったわずかな浮かれ気分でさえ、この後流れるフラワーポム襲撃のニュースにより 跡形も無く吹き消えてしまう。
「青いなぁ」
ケングンはトンカチが、まだそのフラワーポムのお姫様と言うことも知らないまま…1000年目の青空を眺め、歩いていた。
「…」
一方で! 下を向いて歩く童子もいた!
『ぐぐぐ…』
唸っている。心で。どうやら何かにムカっ腹が立って、今にも暴れ出しちゃいそうらしい。
その原因たるや、数分前にさかのぼる…
『レノア君』
ベルサイカ嬢が、レノアの肩を優しく叩いた!
「あん?」 レノアは反抗期かつ思春期のような、ドスの効き切ってない声で返事した。
「あのコト、気にしてます?」
「「あのコトとは?」」…「!」 レノアは肩を弾かれたように震わせて、ベルサイカ嬢をキッと睨んだ!
「テメェ…まさか師匠に言いつけるんじゃ」
「言いませんよ。もちろん誰にも」
ベルサイカ嬢は微笑むと、口元に人差し指を添えた。何だか懐かしい話だが、ケングンはこの仕草に一発でノックアウトされた。
「でも、その体…」
「言うなッ!」
「!」
レノアはより一層、ベルサイカ嬢のことを強く睨んだ。
「…言うんじゃねぇ」
「…分かりました。ごめんなさい、踏み込んでしまって」
「ちょっとチョット、一体どうしたの」
ケングンが2人の間に顔を覗かせて、キョロキョロと交互に見渡した。交互と言っても、ベルサイカ嬢の顔は恥ずかしくてあんまり見れなかった。
「君は喧嘩っ早いトコロがあるね」
「ボクじゃないですよ! コイツが…」
「コイツじゃありません」
ベルサイカ嬢が、レノアに顔をグイッと近づけた!
その時! 『あっ!』 レノアは図書館での出来事を思い出した! シエラ上に言い負かされて、手を組み伏せられた時のことだ。
『やっぱり姉妹だ…悪魔姉妹!』
レノアは屈辱のまま、
「ベルサイカ、さん。ですよ?」
という言葉を、外耳道に近距離で…ゆっくりと流し込まれていった。
『ベルサイカ、さん…さん…さん』
そうして今に至る。
鼓膜から侵入した声は、まるでドラを叩き鳴らされたように幾重にも反響し、レノアの心の内壁をポンポコポコポコ跳ねまわった。そして声が壁を打つたび、レノアの中には真っ赤な炎のような怒りが沸き上がった!
『言ってやるもんか、ゼッタイ言ってやるもんか』
レノアはプンスコ、道を歩き続けた。
ケングン達はそんなレノアの気も知れないまま、やがてクロックリールの門までたどり着いた。
「おや?」
「あら?」
すると、見覚えのある男が立っている!
「昨日ぶりじゃないか! その身なり、どうやらちゃんと服を買ったようだね」
その男、警備兵男性! …は、笑顔で手を振ると、ケングンの肩をバシバシと力強く叩いた!
「いやはや、ドウモです」
ケングンは叩かれるたびに、叩かれた方の肩をズンズンと下げた。
すると、その下がった肩越しに、警備兵男性がレノアとトンカチを見た。
「おや、今日は弟妹連れかい? 2人とも可愛いじゃないか」
レノアはムッとした!
「可愛くなんてない!」
と叫び、
「トンカチも、そうだろ?」
と箸を渡した。
「えっ…う…あ…」
トンカチはショックで立ち眩みした!
「はは、そういう所が可愛いのさ。とは言っても、こちらのお嬢さんほどじゃ…アンドロベルサイカ嬢!?」
警備兵は驚きのあまり、数センチメートル飛び跳ねた! が、流石は大人。即座に意識を取り戻し、『バッ!』 機敏に! 『ピン!』 と背筋を伸ばした! さらに、持っていた槍はシャンと起立させる!
「ややややぁ~、本じちゅはお日柄も良く」
「あまり堅いのは止してください」
ベルサイカ嬢は首を振って、むしろ警備兵の方に頭を下げた。
「昨日はご迷惑をおかけしました。大人しく貴方たちに頼れば良かったものを、つい公務中の身を邪魔するワケにはいかないと思い…」
「いやぁ! ゼンゼンですよゼンゼン! 迷惑なんてそんなぁ」
「急にかしこまりやがって」
「そりゃあねぇ君。アンドロベルサイカ嬢だよ? この国有数の貴族にして勇者様の末裔…」
警備兵はそのまま、昨日も聞いたような口上でレノアにベルサイカ嬢の凄さを説き始めた。ベルサイカ嬢は隣で困った顔をして聞いており、その服の裾を、未だショックから立ち直れていないトンカチが握っていた。
『とんとん』
その隙をみてか、ケングンの肩を誰かが優しく叩いた。
「やぁ、久しぶり」
「あっ…どうもデス」
そこには、昨日のアーティスト男性がいた! どうやら今日も警備兵男性とペアで警備をしているらしい。
だが、ケングンは警備兵男性の方とは違い、アーティスト男性について若干の恐れを抱いていた。
その機微を察したのか、アーティスト男性は肩をすくめた。
「もしかして、結構嫌われてる?」
「嫌っては無いですけど…個性的な人だなとは思ってます」
「いやね、そりゃ悪かったよ。昨日の芸術論はシロウトさんにはキツすぎた」
アーティスト男性は槍でコンコンと地面を叩くと、「もう落書きはしないよ」と言って、横目でその辺に生えている木を見た。
「直接コスりつけに行った方が早い」
「え」
「ジョークだよ。ところで」
アーティスト男性は一歩、ケングンに近寄った。
「君に伝言だ」
「伝言…?」
ケングンは一歩下がった。が、わずらわしいやり取りは無しにしたいのか、アーティスト男性は槍の尖ってない方の先で ケングンのつま先を押さえ、
「街に入って、3つ目の角を左に曲がれ」
小声でそう呟いた。
「3つ目の角?」
「細い路地だ。入り口に、木箱が積んである」
「それ…誰からの」
「知らない。だが向こうは一人で来て欲しいと言っていた」
「一人で…?」
『怪しい』 直感的に思った。メッセンジャーの信頼の無さもそうだが、『一人で細い路地に来い』 というメッセージ自体アヤしい。
しかし、アーティスト男性は続けザマにこう言った。
「〈世界転移の魔法〉について、知りたいんだろ?」
「!」
ケングンの反応を見て、アーティスト男性は満足したようにニタリと笑った。
「ビンゴか。君が提案に渋ってるようなら、こう揺さぶってみろって教わったんだ」
「じゃあ貴方自身は〈世界転移の魔法〉を」
「知らない。言われて初めて聞いた」
「師匠、なーに喋ってるんです?」
ケングンはドキリとして、バッと背後を振り返った!
すると、授業から逃げ出してきたレノアがケングンを見上げている。
「あぁいやぁ、ナンデモないない」
「ウソだ。ウソついてる時の反応だ」
「はっはっ、鋭いね君は…実はね、このお兄さんに相談していたんだよ」
「相談?」
アーティスト男性は屈み、レノアの目線に合わせた。
「君は傷の美しさを知っているかい? 人間の肌というのはまるでシルクのように完成されたものが多いが、それだとつまらないよね。僕は常々、人間の美しさと言うのはダメージにあると考えているんだよ。精神に傷を持つ人の方が、人間らしい。それと同じで、体に傷を持つ人間の方が、人間としてより、人間の方角に居ると思うんだ。その点で言えば、血の赤なんてのはおあつらえ向きの美しさだ。まるであらかじめ外面に出てくることが想定されているかのように…」
「………」
「君、逃げよう。この人の個性は周りを圧倒する」
ケングンはレノアの背中を押すと、急いでその場から立ち去った。
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