第34話 路地裏トランザクション!


 《ケングン、謎のメッセージと共に街へ》


 ケングンがアーティスト男性から告げられたメッセージ。そこには古典的な怪しさと、『そりぁアンタ騙される方が悪いよ』 でも言われかねないような悪戯のじみた内容が示されていた。


 『街に入って3番目の路地に、一人で来い』


 これをホイホイ鵜呑みにする奴など、本物の鵜ぐらいしかいないカモ。

 しかしメッセージ末端に添えられた『〈世界転移の魔法〉について教える』 の言葉に、ケングンをやむを得ず覚悟を決めた。


 それじゃあお先に、件の路地を案内しよう!


「うぎゃ!」


 路地は青果店と雑貨ストアに挟まれた、横幅1mほどの道だった。大通りから生えていることもあり、入り口こそ活気に面している。が、その様相は最初のコーナーを曲がれば一変! 一気に路地裏としての本領を発揮する!


「ぐげっ!」


 妙な熱気…この街は路地をチューブ代わりに排熱している。そう勘グってしまうような温かさだ。オマケに近くの料理店からは、食材のナマっぽい臭いが漂ってくる。ラーメン屋の裏手のような臭いだ。


「ゴッ!」


 『ニャア』 あ、猫だ! 見上げてみると、家の屋根に猫がいる!

 猫は退屈そうに縦長の瞳孔をジ――ッと伸ばすと、その眼先にある人間の土下座を眺めた。


「ちょッ! すまねぇ、カンベンしてくれぇ」


 チンピラっぽい男が! ダチっぽい男をかばいながら、地面に頭を擦りつけている!


「悪気はなかったんだ! 金が欲しくて」

「それを悪気と言うんだろウ。マヌケめ」


 男(チンピラ)のツムジ先に立つ女が、ゴミを見るような目ツキで男をなじった! 同時に「はぁ」 とため息まで…『カチンッ!』 信じられない軽蔑の2段構えに、チンピラのプライドが深く傷ついた! ダチをかばう腕に、自然と力が入る。


「(おい、ブラザー。聞こえるか?)」


 チンピラは女にバレないように、ノミに話しかけるような小声でダチに話しかけた。

 ダチは幸い気絶までイっておらず、かばう男の腕を握り返すことで『聞こえている』 と合図した。


「(こうなりゃプランBだ)」

『B?』


 と、言いたかったのかもしれない。とにかくダチは不安そうに『ギュッ』 再び腕を握った。


「(俺が隙を作って、お前がパンチ! 後は流れで)」

『待て、それが通用するタマか?』


 ダチの脳内に、さっきのワンサイドゲームが蘇った!

 あまりに衝撃的かつ信じられない内容だったので、後日ダチが皆に語ったハナシを聞いてみよう。(ちなみに彼の語り口は感覚的なモノが多く、アヤフヤな表現も多い不安定なものだった。しかし彼の相手に伝えたいという想いは本物で、その熱は聞き手を揺さぶるに十分すぎたため、ありのままの様子を以下に記す)

 

「ピピピピピって! 一瞬でブッ転がっちまってさ! どっちが地面か分からねぇでヤンノ! ッつぁ~!」


 やっぱり文字起こしはヤメて、要約したものを以下に記す。


 …チンピラとダチは今日も2人で、煮え切らない日常への渇きを、破滅的な生き方をマネることで潤していた。『潤すから水っ気が多くなって煮え切らないんだよ!』 そんなトンチじみた説教は、肩で風切る男たちには届かない!


「おい、あれ見ろ」


 隣を歩くチンピラが、指をピン! 突き立てた!


「女だ。しかも、あんな路地に何の用だ?」


 チンピラの言葉に、ダチも路地へと目をやる。すると確かにチンピラの言った通り、女が一人で路地に入って行くのが見えた。


「あの先、なんもネェだろ。もしかしてビギナーか?」

「ハッ!」


 男たちはクロックリールに来たばかりの人をビギナーと呼んでいた。他にもチョコ食ってるヤツをキッズと呼んでたし、日焼けしたヤツをフランベと呼んでいた。


 2人は顔を見合わせる。その面相には『クニャ』 中途半端な悪人ヅラが浮かんでいた。


「徴収、しなきゃなぁ!」


 こうして2人は意気揚々と路地に突っ込んでいき、その女にボコボコ…いや、『ピピピピピ!』 ってされ、ダチは地に伏した。


「どうしてこうなったんだぁ! あぁ!!」


 チンピラが大きくヒザを折り、泣き崩れた!

 さらに地面に突っ伏して『シクシク』 両手で顔を覆っている。


「今ごろ良いメシ食ってるハズだったのに」

「ハハハ、土が食えたんだから。腹は満たせただろウ?」

「あぁ、あぁ。満たせるもんか」


 その瞬間! チンピラが跳ねるように立ち上がった!


「アンタも食ってみれば分かるぜ!!」


 その言葉と同時に、チンピラの腕が大きく振るわれた! その手には突っ伏しているときに拾った、路地裏の土が握られている!


「くらえッ! 目くらまし!」


 女の眼球に向けて、容赦なく土をフンシャ!

 これにて女の視界は奪われ、隙に乗じて今までの屈辱を込めたパンチをお見舞いする…ハズだった。


「あれ?」


 なんと、土が出てない。


「なんで?」

「お前、手のひらを見てみロ」


 「手のひら…?」 チンピラは素直に、自分の手のひらを見た。


「あ」


 土が…涙で手に引っ付いている!

 チンピラは そーっと後ろを向いた。すると、タイミング悪く『今だ!』 と思ったダチが立っている。


「プランBってのは?」

「…万策尽きたの、Bだ」

「バカのBだロ」


 こうして、2人はクロックリールの路地に沈んだ。


 その数分後にケングンが来た。


「うわぁ! 死体!」

「ほっとケ」


 女は木箱に腰を下ろして、ケングンを待ち構えていた。

 路地の奥は、少しひらけた空き地になっている。四方を壁に囲まれて、その閉塞感は井戸の中に勝るとも劣らない。実際、雲が井戸を覗き込むように、ケングンたちの上空を悠然と流れていた。


「貴方だったんですね」


 ケングンは、女に見覚えがあった。というか昨晩会った。

 女はじろじろとケングンを見分した後、「あぁ、意外に早く会えたナ」 とだけ言い捨て、足を組んだ。


「よろしく…クロと呼んでくれ」

「よろしくお願いします。尾祖ケングンです」


 その女…昨晩ケングンを逆サマで放置した、ドスっぽい声の女!


『クロ…』


 ケングンはその名前と、彼女の容姿を照らし合わせた。

 と言うのも、クロの容姿は 名の通り黒かった。服は真っ黒のジャージもどきで、髪も黒。この日陰の支配する場において、当てはまったパズルピースのように馴染んでいる。そうゆうワケで、色調だけならケングンとほぼ変わらない。


 他に特筆すべきことと言えば…

 

「早速だが、取り引きをしよウ」


 クロは腕も使わずに、足の筋肉だけで立ち上がった。


『! …デカい』


 昨晩は逆サマのまま会ったせいで気づかなかったが…ビックリするぐらいの高身長! おそらく、190cm以上はある。

 『ほぇ~』 ケングンは呆然と、タワーでも眺めるようにクロを見上げた。その視線に気づいたのか、クロは少し不機嫌そうに、


「好きでこうなったんじゃなイ」


 と吐き捨てた。

 ケングンはハッと気づいて、急いで目を手で隠した。身長をコンプレックスにしている人は多いが、高けりゃいいってモンじゃないことを、ケングンは知っていた。


「失礼しました」

「いい、早速だが本題に入ル」


 クロは機械のように冷たく言うと、再び木箱に座った。ケングンは立ったままなので、構図として職員室で説教食らってる時を思い出していただければ幸い。


「本題?」

「〈世界転移の魔法〉だろうガ。お前、何しに来た」

「あぁ、そうだった」


 ケングンが指の隙間からクロを見ると、クロは腕を組んでタメ息をついていた。


「その前に、こちらの条件もノんで貰う」

「あ、世にいう交換条件だ」

「当たり前ダ。じゃなきゃワザワザ呼んだりしなイ」

「そりゃもち…でも、条件って?」

「コレを着けて、ホールストリームという街に行け」


 クロはそう言うと、ポケットからペンダントを取り出した。


『わぁ、綺麗…』


 別に大きなジュエリーがついてるワケでもない、控えめなペンダントだった。紐の部分は銀色のチェーンで造られ、その真ん中に雪結晶のオブジェクトが下がっている。冬を使って錬成されたような冷たさで、それこそ六角形の真ん中には、氷を圧縮したような宝石が埋め込まれていた。


「きっと似合いますよ」

「お・ま・え・が着けるんダ。バカ」

「ヒドイ!」


 ケングンはペンダントを受け取ると、首の後ろで結ん…ムス…「不器用」「すいません…」 結んでもらった。


「ペンダントなんて初めて着けました。ありがとうございます」

「あぁ、大切にするんだゾ」


 クロは笑った。もちろん不敵に。


「じゃあ、お前の番。〈世界転移の魔法〉について」


 ケングンはペンダントをいじっていた手を止め、機敏に耳を立てた。クロはその様子を見届けると、ケングンの前に3本の指を示す。


「〈世界転移の魔法〉はナ。3つの鍵を得ることでようやく発動する、世界に設けられたカラクリのようなものダ」


 そう言うと、クロは一本だけ指を下げた。


「『永夜の明星』 …鍵の1つはそこにあル」

「他の2つは?」

「知らン、が。お前は知る方法を知っているハズだ」


 『???』 回文のような言い回しに混乱したものの、ケングンはすぐに気づいた。


「役場!」

「そうだ。終わり」


 名解答! ってカンジで言ったのに、ワリと低温でスルーされてショゲる。


「あの…質問いいですか?」

「ダメだ」


 取りつく島もない! ケングンは さらにショゲざるを得なかった。


「ちょっとくらい…」

「ダメだ。お前自身で進ミ、見つけてみロ」


 クロは立ち上がり、ケングンの肩にポンと手を置くと、「じゃ、せいぜい上手くやるんだナ」 と言って立ち去ろうとした…が、最後に、ケングンの方を振り返った。後ろの青空が逆光になり、表情まではよく見えない。


「そうだ。質問の代わりにアドバイスをくれてやル」


 「ウ…」 倒れていた男が呻いた。


「昨晩も言ったが、あのガキとは離れた方がイイ…アイツは疫病神だ」


 ケングンは、返事をしなかった。その姿を見てクロは「フッ」 っと鼻で笑い、路地のコーナーを曲がっていった。


「あ、お前!」

「!?」


 路地の入口に! その『ガキ』 ことレノアがいた!


「お前か! 師匠を呼びつけたヤツは!」

「な、貴様…」

「あぁ、待っててもらったんです」


 ケングンがひょっこりと、角から顔を出した。


「『路地に一人で来い』 だったんで…入り口で待ってもらう分にはイイかなって」

「…」

「おい! な~に話してやがった!」

『不安ダ。色々と不安になってきタ』


 クロは頭を抱えると、身体を軽々と動かし、逃げるように街中を走り去っていった。

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異世界(帰りため) ポロポロ五月雨 @PURUPURUCHAGAMA

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