第32話 二見して落着?


 《トンカチ、ベルサイカ嬢と合流する》


 透明な風。味の一片も無い、ただ涼しいだけの風速が駆けた。

 旋風…葉が囁いで、彼らが言うには『一件落着の風』! が! ケングンとレノア。それからトンカチと、今後について説明するベルサイカ嬢の頬をくすぐった!


 ベルサイカ嬢はササラに揺れる毛先を遊ばしながら、決してウットウし気にすること無く


「とりあえず、私の屋敷に向かいましょう」


 と、3人の顔を見渡しながら言った。


「シエラにはバカンスさんと合流したら、屋敷に戻るよう伝えています」


 『バカンス』 と聞いて再び感極まったのか、トンカチは心電図の跳ねたように「ひくッ」 一度だけエズいた。


「そこで今後のことを…」


 『話し合いましょう』 そう言うつもりだったし、さっきもそう言った。だがベルサイカ嬢から見てトンカチは、とても話し合いに出れる状況じゃなかった。


『今は麻痺してるだけ。完全に受け止め切れてるワケじゃない』


 故郷が炎に包まれたという事実…飲み込むには時間がかかる。

 いや、飲み込めるんなら十分凄い。ましてトンカチの小さな喉では、張り裂けんばかりの怨嗟が その気道を無茶苦茶にするかもしれなかった。


「…と、さっきは言いましたが」


 ベルサイカ嬢は体をちょっと離し、トンカチの目と合わせた。

 まだ湿地帯のように水っぽく、泣きっツラで潰れた瞳はガラスのようだった。


「まずは、パーティーでもしましょう!」


 努めて、明るく言った!

 驚いたのか、トンカチの眼から涙が一糸こぼれた。


「パーティー?」

「みんなでお菓子を食べて、遊ぶんです。きっと楽しいですよ」

「!」


 トンカチは…たじろいだ。

 自分が遊んでていい状況に無いことは、子供ながらによく分かっていた。トンカチの賢い所は、さらに一歩。ベルサイカ嬢の気遣いを理解していることだった。


『…どうしよう』


 2つの間でトンカチが揺れていた…その時!


「おい、お菓子ってなんだ?」


 レノアが、首を傾げた!


「お菓子ってのは、ん~…甘い食べ物のことですよ」

「果物より?」

「モノにもよりますが、大抵は」

「マジかよ! やったぁ!」


 レノアはその顔に、パッと明るい笑顔を咲かせた! さらに飛び上がって、無邪気に跳ねまわる!


「…ふふ」


 そんなレノアを見て、トンカチは顔をほころばせた!


『あら…』


 だが、ベルサイカ嬢は気づいた。

 レノアを見るトンカチ横顔に、泣き腫らして塗れた赤色とは違う…乙女らしい紅潮があることに。


『暗いことばかりではありませんね』


 ベルサイカ嬢は抱きしめる腕をソッと緩めると、手のヒラに乗せた花びらを吹きかけて飛ばすように、トンカチを体から離してやった。


『…みんな、か』


 一応! この男にも触れておこうか!!


 ケングンは内心ハカりかねていた。何かというとベルサイカ嬢の言った『みんなでお菓子を…』 の『みんな』 に 自分が含まれていない可能性が…


「もちろん! ケングンさんも」


 ケングンはその顔に、パッと明るい笑顔を咲かせた!


・・・・・・その頃、ある女は


…『ボゴッ』


「あ~~~」


 女は…持っている大振りのマチェットナイフを『グルグル』 手遊びで回した。

 それから掘ってきた穴に『ペッ』 唾を吐きかけ、因縁の悪そうに足で、踏みつけながら埋めツけた。


「気分ワリぃ。久々に早起きしたせいだな」


 女は長い舌で、自分の刺々しい歯並びをナめた。考え事しているときの癖だった。


「アァ、そうだよ。私は夜型なんだ。夜…」


 女はナイフの刃先を、クロックリールの方に向けた。


「夜、殺す」


 そのまま、女は森の中へと消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る