第31話 一見して落着
《名も無き男、散る!》
「はぁ、はぁ…」
レノアは走った! 小さな体は俊敏に、日の届かない森の影を渡る。
そのワケは、人形にあった。 今ケングンといるトンカチが本物だとしたら、先刻のトンカチ…つまり、今ベルサイカ嬢といる方のトンカチは…偽!
『トンカチだらけ!』
だらけって程でもない! が、そう叫んでしまいたいほどに、衝撃的だったのは事実だ。
こうやって相手の動揺を誘うことこそ、名も無き男の魔法…〈操る魔法〉 の真髄なり! 偽物のトンカチ人形なんて用意していた辺り、初めから錯乱させることを想定していたのか。用意周到…今頃は悠長にサンドイッチでも食っていよう。
「ベルサイカ!」
レノア到着! すると、いの一番に名前を叫んだ!
「おい! いたら返事しやがれ!」
体をスピーカーの代わりにして「おーーーい!」 声変わり前のよく通る音で呼びかける。
しかし…
…………
「まさか…」
「はい、レノア君」
後ろから、ベルサイカ嬢の声がした!
「ベルサイカ!」 レノアは当然、バッと振り向く。
そこには!
「ばぁ!」
「わぁ!」
目の前にあったのは…木の顔面!
レノアは驚いて『ゴロン!』 ついシリモチをついてしまった。
「な、な、な。やっぱり人形!」
「ふふふ、ちゃんと人間ですよ」
人形の顔が『カタカタカタ…』 首の座ってない赤ん坊のように揺れた!
よく見ると…木の顔の後ろには、また別の顔がある。
「あ! テメェ…」
「テメェではありません。ベルサイカです。と言っても、ちゃんと『さん』 付けじゃなきゃダメですよ」
ベルサイカ嬢の悪戯! プラス説教!
だが、しっかり本物らしい。表情もちゃんと動いているし、レノアに対する注意も、ベルサイカ嬢の教育方針を感じる。
「はい、呼んでみて」
「さんベルサイカ」
ちなむと、ベルサイカ嬢がこんな子供じみた悪戯をするのは珍しい。普段は一人前のレディとして、風にささやく木の葉のような態度をしており、礼節のある淑やかな印象を崩さない。
だが、レノアとの接し方を見るに、本当は子供っぽい人なのかもしれない。
「ふふふ」
この齟齬から生まれた悪癖があるのだが、それは後日。
ともかく「チッ!」 レノアは顔を真っ赤にして立ち上がった!
「こっちは心配してやってんのにさぁ!」
「あら、ありがとうございます」
ベルサイカ嬢は礼を言うと、持っていた木の人形をレノアに見せた。
「コレのことですね。私も驚きました」
その人形…さっき本物のトンカチを見たレノアからして、身長に肌の白さ。ほとんど完璧にトンカチだった。タネが明かされた今でさえ、木造りの顔を考慮しなければ、脱力したトンカチが抱えられているように見える。
「倒したのか?」
「それが…」
ベルサイカ嬢曰く、突然! それこそ糸の切れた人形みたく、プツリと地面に倒れ込んだらしい。
「それで駆け寄ってみたところ、顔が木で作られていて。困惑していたところに レノア君が」
「ふーん。ヘンだな」
ケングンの話を聞くに、人形はガッツリ動いてターゲットに襲い掛かるハズ。それが襲い掛かる前に電池切れとは、一体なんの為の人形作戦か。
「…ま、考えても仕方ないか」
レノアはとりあえずベルサイカ嬢が無事だったことに安心し、肩をストンと落とした。
「「意外にベルサイカ嬢のこと嫌ってないんじゃなーい?」」 わざわざ言葉にせずとも、ベルサイカ嬢の安否を想って 森を駆けた時点で、レノアなりに気持ちを置いているのかもしれない。(聞いても『なワケねぇだろ!』 とか言いそうだけど)
『ガサガサッ』
すると、森の方から茂みをかき分ける音が聞こえてきた!
「あ、師匠!」
「ふぃ~、どうもどうも」
ケングンが、走るカメのような速度で来た!
急いで行こうという気持ちと、背中のトンカチを気遣ってゆっくり行こうという気持ちが、混ざり合った結果のスピードだ!
「はい、到着ですわよ」
ケングンは着くと「よいせっ」 トンカチを丁寧に降ろした。彼女の体温が無くなって 背中には妙な寂しさが吹き抜けたが、絶対口に出すんじゃねぇぞ。
「ベルサイカ! …さん。コイツが本物のトンカチだ!」
「えぇ、こんにちは」
「……こんにちわ」
ベルサイカ嬢はトンカチに寄って行くと、目線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
だが「……」 トンカチは目を合わせずに唇をマゴマゴさせる。
「長旅、ご苦労様でした。今後のことは屋敷でゆっくり話し合いましょう」
「あ、あの…」
トンカチが、帽子のヒサシをいじくりながら言った。
「ひ、一人で来たワケじゃないんです…バカンスっていう…」
「あ! そうだ、オッサン!」
レノアが、思い出したように跳ねた!
「ワケ分かんねぇ女に襲われてさ! オッサン一人で戦ってんだよ!」
レノアに合わせて、トンカチも頷いた。控えめな彼女にしては珍しい、前にノメるような頷きだった。
「ふふ、大丈夫ですよ」
ベルサイカ嬢は2人の子供に目を配り、微笑を浮かべながら『キュッ』 トンカチの小さな手を握った。
「バカンスさんの方には、シエラが行っているハズですから」
「じゃ、じゃあ」
「はい。安心してください」
その言葉を聞き、トンカチは緊張の糸がほぐれたのか「よかった…」 と呟いて足から崩れ落ちた。だが、地面にヒザを付くことはない。ベルサイカ嬢が体を支えて、「頑張りましたね」 と背中をさすった。
トンカチは、えんえんと泣き出した。
「…」
さて、ケングン!
「とりあえず、一件落着っぽい」
ちょっとばかし、声をヒソめて言った! しかし心の内では、『良かった良かった!』 大手を振るって喜んでいる! 他人事でも、我が物のように喜べる男だった。
しかし…100%、この喜びに従えるか…と問われれば、ハッキリ言って歯切れ悪くならざるをえない。いかんせん、大きな気がかりがあった。
『あの夢、結局何だったんだろう』
夢とは! あの赤い夢!
目の前の全てが片付いた光景を見ながら、ケングンの心はあの赤い世界を見ていた。
『夢だし…で片付けられるほど、夢らしくは無かったんだよなぁ』
夢ともあれば、非常識がノーマルの顔して跋扈する、ツジツマの欠片もない世界だ! 朝起きて思い返して、『なんで夢だって気づかなかったんだろう』 と夢中の自分を不思議に思ったりもする。
だが、あの夢は違う。特に、どこからともなく聞こえてきた、あの天災のような声。
『夢っぽくない』
言葉で表すのは難しい。しかし夢と言うには、どうしても強い出来事だった。
『う~ん』
ケングン、考える。
その腰を『つんつん』 誰かがツツいた。
「ねぇ、師匠~」
「ん、なんだい君」
ケングンは、ツツかれた方に顔をやった。
「ばぁ!」
「あぱぁ!」
目の前にあったのは…木の顔面!
「あはは! あぱぁって言った!」
「あらっ、まんまと引っ掛かった」
「考え事してるからですよ? なに考えてたんです?」
「…」
「あれ? なんだっけ」
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