異世界(帰りため)

ポロポロ五月雨

第1話 プロローグ


 悲喜コモゴモ! ありまして、異世界にブッ飛ばされた男がいる。名前を『尾祖オソケングン』。以下にしてケングンと呼ぼう。


 ある晩のこと。ケングンは学校の疲れを吹き飛ばすために 薄手の毛布をおっ被って眠った。夏も全盛の暗い夜だった。


 しかし! 晩飯が辛口のカレーだったからか、はたまた暑い昼の空気が残留していたからか、なかなか寝付けない。なかなか寝付けない! ケングンは…


『あつい…』


 涼しさを求めた。納涼だ。そうして思い出したのが、カタコンベのことだった。


 『カタコンベ』 それすなわち、地下にある集団墓地。海外にあるので 詳しいことは知らんとす。「「実際涼しいのか?」」 「「なぜ涼しそうという感想を持ったのか?」」 再三申し上げて、知らない。知ってどうするつもりだ!


『カタコンベ…どこだ』


 彼は毛布をポイっとどかして、上半身をゆらゆら起こした。そして灯台のように部屋を見渡す。

 PS4の繋がったテレビ。整頓されてホコリ被った学習机。逆に整頓はされてないが、ホコリの一つもないパーソナルコンピューター。


 そして…カタコンベ!


「あー」


 それこそは、部屋の壁に凹んだ『収納スペース』!

 本来なら服を掛ける場所だが、ケングンはいわゆるファッションに縁遠いので 今や思い出の品々が福袋のように詰め込まれている。

 古い記憶では秘密基地としても活躍し、ケングンの幼少期にささやかな冒険を生み出した。


 ケングンは体を完全に起こすと、今度はふらふらと収納に引き寄せられた。寝付けなかったワリに、その足取りはさながら夢遊病の類だ。


 やがて辿り着き『グッ』 収納の戸に手をかける。


 そして…開けッ広げた!


「おー」


 部屋の電気は消えていた。寝るつもりだったからさ。だが中にあった思い出たちは、その暗い部屋でも眩しく輝いて見えた。星のようで、今や手に届かない若かりし日々…

 と、言ってはみたものの、ケングンはまだ高校生だ。確かに『ジ~ン!』 くらいの感情はあったが、それも鼻の奥が痛む程度で終わった。


『こりゃ明日にでも整理しなきゃなぁ』


 思い出には、そこで改めて浸ればいい。今のケングンは忙しいんだ。寝なければ。最優先として 寝なければ。さらにその場所は、カタコンベでなければ!


 彼は中の思い出を一つずつ丁寧に取っていき、床にコトコト置いていった。そうやって目の前に、一人分の睡眠スペースを用意した!


『よし…』


 ケングンは収納に体を押し込んで、そのスペースで横になってみた。足を曲げればギリギリ寝られる。おそらく俯瞰で見れば、胎児のような姿勢になっていよう。


 ケングンはとりあえず安心し、眠ろうと決意した。


 完全な暗闇を作るため、収納スペースの戸を閉じるため、手を…伸ばす。収納スペースの戸を内側から閉めるのは、滅多にやることじゃない。が、ケングンはかつて、この秘密基地のリーダーだった男だ。故に、慣れっこ。


「おやすみ」


 ケングンは外にのかした思い出たちに挨拶した。返事はない。思い出は過去だから、現在の彼には言葉が届かなかったのかもしれない。


「ふふっ…」


 ケングンは『おやすみ』 を言った自分の感傷を笑いながら、返ってこない挨拶にちょっぴり寂しくなった。


 やがて、戸は閉まった。

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