異世界(帰りため)

ポロポロ五月雨

第1話 プロローグ


 悲喜コモゴモありまして、回り回っては異世界に飛ばされた男。名前を 『尾祖おそケングン』。以下ケングンと呼ぶ。


 ケングンはある晩、学校の疲れを吹き飛ばすため、薄手の毛布をおっ被って眠った。夏場であった。

 しかし、晩飯が辛口のカレーだったからか、それとも暑い昼間の空気がまだ部屋を漂っていたからか、ケングンは中々寝付けなかった。


『あつい…』


 ケングンは涼しさを求めた。そして思い出した。それはカタコンベのことである。


 カタコンベとは、いわゆる地下にある集団墓地の事だ。海外にある。詳しい事は知らない。

 しかしこの時、なぜケングンがカタコンベに対して『涼しい』という感想を持ったのか。そして実際にカタコンベが涼しいのか。再三申し上げて詳しい事は知らない。知ってどうなるや。


『カタコンベ…どこだ』


 ケングンはブランケットをどかして、起こした上体から部屋を見渡した。PS4の繋がったテレビ、整頓されてホコリの被った学習机、逆に整頓はされてないがホコリの一つもないパソコン。そして…カタコンベ。


「あー…」


 収納スペースだ。本来なら服を掛ける場所だが、ファッションとは縁遠いケングンにとって、そこは古い記憶での秘密基地だった。今ではその記憶の埋め立て地になっている。


 ケングンはベットから体を起こすと、ふらふらとその収納に引き寄せられた。寝付けなかったにも関わらず、その足取りは夢遊病者のようである。


 そして、彼は収納スペースの戸に手を掛けた。


「おー」


 寝るつもりだったので部屋の電気は消えている。しかし中にあった懐かしい品々は、見にくともケングンの記憶を揺さぶった。彼は高校生だが、それでも小学校の低学年は8年前。涙腺が緩むまでは行かずとも、若干の『ジ~ン』はある。気のせいか鼻の奥に匂いも帰る。


 ケングンは明日にでも収納スペースをまさぐり、改めて思い出に浸ろうと決めた。しかし、今は最優先として寝なければならない。そして彼の場合、寝る場所はカタコンベでなければならない。


 彼は中にあった思い出を丁寧に取っていき、一つずつを床に置いた。そして、足を曲げれば人間一人が寝られるくらいの場所を作った。


『よし…』


 ケングンは中に入り、横になった。予想通り、足を曲げれば寝られる。ちょうど胎児のような姿勢で、ケングンは眠ろうと決意した。

 収納スペースの戸を閉じるため、手を伸ばす。戸を内側から閉めるというのは中々慣れないことだが、過去にこの秘密基地のリーダーだったケングンにとって、それは外と自分とを分ける、大切な儀式だった。故に、慣れっこ。


「おやすみ」


 戸の閉まる直前、ケングンは外にのかした思い出たちに挨拶をした。返事は無い。思い出は過去だから、今のケングンには言葉が届かなかったのかもしれない。


 ケングンは『おやすみ』を言った自分の感傷を笑いながら、返ってこない言葉に寂しさを抱いた。


 やがて、戸は閉まった。

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