第29話 嬢、来たる。
レノア、トンカチが偽物だったことに気づく。
「おーいおい! どうしたってんでい!」
いきなり走り出したレノアの背中に、ケングンは大声で呼びかけた! するとレノアは パッ! っと振り返り
「ベルサイカ嬢がヤバイ!」
とだけ言って「だっしゅ!」 また走り出してしまった。
「ベルサイカ嬢が? 一体何が起こってるんだ」
「あ、あの…ベルサイカ嬢って。アンドロベルサイカさんのことですか?」
トンカチがケングンの服の裾を引っ張った。『くいっ』 ケングンは「そうそう」 と頷き、口をヘの字に曲げる。
「もしかして、知り合い?」
「はい…ベルサイカさんに用があって、クロックリールに来たんです」
「なんてこったい、世界は狭いや」
世界と言っても異世界だが、奇縁には違いない。
ケングンはレノアの後を追おうと、一歩目を踏み出した。しかし! 再びトンカチが服の裾を引っ張った! 『くいッ!』
「あの…」
「はい」
「その…えっと」
「?」
「足が…」
「あぁ! う~ん」
どうやら足が棒らしい。そうでなくとも、トンカチがケングンに付いていけるとは思えないな。
ケングンはトンカチをおんぶすると、急いでレノアの後を追いかけた!
・・・・・・・・・一方、バカンス!
「やるじゃないの オッサン」
「あぁ、アンタもな」
2人の間に言葉が飛び交う。が、その顔には油断の片鱗も無い。たった一回のマバタキさえ躊躇してしまうほどに、お互いの緊張は最潮に達していた。
『…ケッ』 スラッシャーは鋭い目を一層鋭く細め、切りかかるスキを見極めようとする。
「あんな平和ボケした国に、これほどの奴がいるとはなァ」
「はっはっ、ずいぶん買ってくれるな。思わずスキップしちまいそうだ」
「してみろよ。あの世まで切り飛ばしてやる」
バカンスは笑った。だが裏腹に『...』 焦っている。
『マズイな、埒が明かない』 スラッシャーの言葉から、敵がチームなことは間違いない。トンカチが捕まるのは 時間の問題だった。さらに…
『あの少年たちも、危険に晒されてしまう』
ケングンとレノア。2人を巻き込んだという自負が、バカンスの余裕を奪っていった。場況だけでは互角だが、気力では、明らかにバカンスが圧されている。
『何か、きっかけが欲しい』
心が冷や汗をかき始めた。その時だ!
「!」
スラッシャーの頭上から、巨大な氷の塊が飛来した!
「アァ??」
氷塊は! 水たまりのような黒い影をスラッシャーに堕とす! すると予告通りに、その影めがけて氷塊が衝突! 周囲にグラ…っと微振動が起きるほどの強大なインパクトを引き起こし、同時にド派手な砂ボコリをこれでもかと巻き上げた!
氷塊は砂ボコリの中にあって、きな粉ブッかけた水餅みたく屹立! そして、バカンスは気づいた。
『氷塊じゃない。水晶だ!』
バカンスは急ぎ、周囲の状況を確認した! すると、今に飛来した水晶の上に、高飛車そうな女性が立っているではないか!
「オストルグ・J・ラフォンシエラ! 見参!」
女性は杖を構え、仁王立ちで水晶の上に構えている! 「見参!!」 言ってみたかったワードなのか、反復して叫ぶっ!
「ラフォンシエラ様!」
バカンスは手を振り、シエラ嬢に合図を送った。シエラ嬢は気づき、手を振り返した。
「ご機嫌麗しゅう。ガジョウ団長」
それから「高いトコロからシツレイします」 と言って、丁寧に頭を下げた。
「心配で、お迎えに上がりましたわ」
「かたじけない。ヘンな奴に絡まれましてな」
「あら、それってワタクシの足元にいるヒトのことかしら。それなら今頃ひらべったくなってますわよ。ふふふ」
『…いや』
バカンスは剣を握り続けた。『簡単すぎる…』 と思っている。命のやり取りなのだから、当然あっけない終わりも存在しよう。しかし、それを考慮しても、バカンスはスラッシャーがこの程度で死ぬとは思えなかった。突き詰めて言えば、敵としてのスラッシャーを信頼していた。
「よッ…っと。ごめんあそばし」
シエラ嬢は、持っていた杖を振るった。
杖は1mほどの真っ黒なもので、先端にはキラキラした水晶が埋め込まれている。この水晶が、振るわれた瞬間に 中からハル巻きの皮を透かしたような光を放った!
「『水晶階段』!」
号令! と共に、彼女の足元に階段ができた。
シエラ嬢は階段をツマ先で『ちょんちょん』 確認すると、おっかなびっくり下へと降りていった。やがて「よいしょ」 地面に到達。
「お疲れ様です。ウィンリピディア様はどちらに?」
「それが、はぐれてしまって。早く追いかけないと」
「まぁ! それは大変」
シエラ嬢は杖を腰に差し込むと、「急ぎましょう!」 と言って、バカンスに頷きかけた。バカンスも応答し、頷き返す。が、しかし…バカンスは、視界のスミで水晶を見ていた。
水晶が曇っていてよく見えないが、攻撃が成功していたら 今頃はぺしゃんこのスラッシャーが眠っているハズだ。
『この程度なのか?』
やはり、どうしても気になった。
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