第28話 寄らば大樹の人形


 ケングン、勝利。


『ここっ…!』


 ケングンが!突進してきた仮面の男の腕を掴んだ! さらには自らの体を闘牛士のようにして、男の横へと滑らせる!

 突進してきた男は反応できず、そのまま真っすぐに突進しようとする。が、腕はケングンに捕まれているので、その体はリードにつながれた犬みたく止まった。


 「うッ…!」 男の肩が外れそうになる。その隙に! ケングンは腰を捻りに捻った。そうして捻ることで、ハンマー投げの選手みたく、男を投げ飛ばそうとしたのだ!


 『よし…!』 グルグルグル! 男は遠心力に晒される。だが、「?」 違和感だ。違和感がある。しかしそれを解決するよりにも先に、ケングンはMAXになった遠心力を解き放ち、男を思いッきり投げ飛ばした!


『バンッッ!!』


 仮面の男は木にぶつかると、そのまま木肌をイスの背もたれみたくして『ズルズル...』 地面に腰を落としていった。


「はぁ、はぁ~」


 ケングンは、まだ警戒を解かない。ただし呼吸は整え、肺や腹筋の熱を排していった。それでも緊張しているのか、口を開けようとしても歯が自然に食いしばってしまう。


「…………」


 やがて、ケングンは拳を下した。


「キッツい目覚めだったなぁ」


 何回かブン殴ったせいで、拳の皮が真っ赤にめくれている。だが! 驚くべきことに、相手から受けた傷はほとんどなかった。全部躱したというのか? そう、躱したのだ。よほどの動体視力と運動神経、その他もろもろが無いと不可能な事象。しかし今回限り、他にも要因があった。


『タックルに蹴りにパンチ。なんと言うか…リモコン操作でもされてるみたいだった』


 つまり単調だったってこと!


 不思議に思っていると、木の陰からトンカチが出てきた。


「あ、あの」


 口元に言葉が滞っているらしく、何度も唇を舌でナめている。おそらく、滑りを良くしたいんだろう。「あ、あ あ あ」その甲斐もあってか、そのうち小声で


「ありがとう…ございます」


 と言った。声量のほとんどを胸に抱えているハットに出したので、結構くぐもって聞こえる。だが、お礼の意思が読み取れる以上、ケングンからすれば嬉しいことじゃないか。やわらに頬がゆるむ。


「問題なし! ところでこうゆう不審者って、どこに通報すればいいんだろう」


 昨日の警備兵男性だろうか。だとしたら不安だ。

 「と、とりあえず、縛って…後で、バカンスに…」 「名案! それでいこう」 2人は縛るにうってつけのツタが無いか、辺りを探した。ところが、そんな風にしていると、森の奥からざわざわ 音が近づいてくる。敵か? いや、アレは…


「師匠!」


 レノアだ! ピョンピョン跳ねながら近づいてくる!


「わっ、久しぶりでもないけど。久しぶり」

「もーう! もちろん心配なんてしてませんけど、あー良かった」


 レノアは到着すると、ケングンの腕にしがみついた。「うッ!」 ケングンの関節が悲鳴を上げる。


「もし万が一があったらボク…」

「待って、状況がまだ掴めないんだ」

「詳しいことは後で話します。とにかく今は! 考えて行動しないと!!」

「あの…れ、レノア君」


 トンカチが、レノアの肩を弱くツツいた。


「ご、ごめんなさい。でも…ありがとう。守ってくれて」


 トンカチは再び、抱えている帽子の中に言った。目線は外れていてどこを見ているか分からないが、その気持ちはしっかりレノアの方に向いていた。赤らんでいる頬が何よりの証拠だろう!

 しかし、レノアは例えば『どういたしまして』 だとか『いいんだよ』 とかの(まぁこの童子が素直にそんなこと言うとは思えないが)返答とは違い、どうにも不思議なことを言った。


「え、トンカチ? 何でここにいるんだよ」


 レノアは丸い目をさらに丸めて、確認するような面持ちでトンカチを見た。


「な、何で…?」

「ついさっきボクと会っただろ。なんかヘンな人がドウノコウノって」

「え、え、えっ!」


 トンカチは困惑した。レノアと会ったのはモッドパンチと接敵した時が最後で、『なんかヘンな人が~』 なんてクダリは一時も無かったからだ。それ以降もずっと木に隠れていて、レノアとは会ってない。


 不安に首をかしげるトンカチをシリ目に「おっ」 レノアは木にうなだれる仮面の男を見つけた。


「あれが言ってたヘンな人か。確かに、ヘンとしか言いようがないな」


 興味津々に近づいていく。「気を付けて、演技かも」「だーいじょうぶですって!」 レノアはじろじろと男の様子を検分し、つんつんと指で突いたりもした。

 だが、仮面の男は微動だにせず、気絶しているのだろうか? 指先まで力なく地面に沿わせていた。その通り、『気絶してるな』。レノアは油断しきり、被っている仮面をぺしぺし叩いてやった。「あ、危ないよ…」


「さぁて、師匠に逆らった大馬鹿ヤロウのツラ。晒してもらおうか!」


 レノアは仮面に指を掛けると、そのまま力任せに引きちぎってしまった!


「?…わっ! 何これ!?」


 驚愕! という言葉がふさわしい。レノアは気味悪く一歩下がり、受け取ったサプライズを眉をひそめて確認した。ケングンも気になって、あらわになった仮面の素顔を覗いた。


「わっ! こーれが違和感の正体か」


 その素顔…顔のパーツが無い。のっぺらぼうか? いや、あるにはあった。木目という目がな。

 後から覗き込んだトンカチが「ヒッ…」 っと小さく悲鳴を上げた。


「人形…木でできた…」

「これも魔物ってヤツかい?」

「いや…これは」


 レノアは人形の手をとった。

 肌色をしていて、血管に毛穴。古傷までもが刻まれており、一見して普通の人肌に見える。


「トンカチ、いいカンジの石ない?」

「いし…あ、あるよ」


 トンカチは足元の石を拾うと、レノアに届けた。「よし」 レノアはそれを使って、ごりごりと、まるでスクラッチでも削るように肌に擦り当てていく。

 「!」 すると、肌はみるみるうちに、木材としての本性を現していった。


「ただの人形ですよ。〈隠す魔法〉で誤魔化してますけど。でも確かに、こうやって見えてる部分だけでも人間なら、相手は人間だって思っちゃうかも」

「まんまと騙されちゃった。トンデモナイ魔法だぁ」

「〈隠す魔法〉…こまかな表情の、変化までは再現できないから、仮面を被せてたのかも」


 レノアは驚いたように肩をすくめた。


「やけに鋭いな。けっこう魔法とか詳しい?」

「いちおう…勉強してきたから」

「ふーん。さすがはお姫様」


 今、『お姫様』と言った。ケングンは思った。『女の子にいきなりお姫様だなんて、なかなか情熱的だなぁ』 ケングンは、何も知らない。


「ま、なんであれ師匠がやっつけたんだし、今はいっか」

「で、でも…これが人形なら、操ってた人がいるハズ…その人を見つけなきゃ、また来ちゃうよ」

「ええっ、また来るのかい?」

「余力がある限り…いつ、何体来るかも、どんなのが来るかも、分からない…」

「どんなのが来るかも…?」


 その時、レノアの頭にさっきの光景がフラッシュバックした。ベルサイカ嬢と共に、トンカチと会ったときのことだ。『ん~…?』 なぜ浮かんだのか最初は分からなかったが、思えばトンカチ…デカい帽子を被っていて顔まで良く見えなかったが、あれは…


「…あっ、ヤバイ!」


 気づいた瞬間! レノアは大急ぎでアンドロベルサイカ嬢の所まで走り出した!

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