第27話 仮面の人
レノア、ケングンの元へ走る!
さて、少しばかり時を戻そう。それはトンカチがケングンをずるずる引きずっていた時のことだった。このままじゃケングンが大根おろしみたく擦りオロされてサンマに横付けされるのではないか。その心配が念となって届いたのか、トンカチがヘトヘトと地面に座り込んだ。
「も、もうダメ」
泣き言を言う。が、結構がんばった方だと思う。レノアと別れてからは、既に15分経過していた。木の根っこに座って、体操座り。小さなヒザがこつんと合わさって、そこにおでこを乗せた。
「…うぅ」
モッドパンチの発言は真意である。彼女はフラワーポムのお姫様として、護衛に囲まれて生活してきた。だが今となっては、護衛と呼べるのはこの気絶した男子高校生だけ。そりゃ「うぅ」 の言葉くらい許してほしい。しかし、ただ心細いワケではない。
『お父様、バカンス、レノア君…』
身を挺して自分を守ってくれた人たちの顔が、次々と浮かぶのだ。辛いのは、浮かんだ人たちが生きているのか死んでいるのか、分からないことだった。
『みんな、いない。いなくなっちゃった』
トンカチはギュッと、体操座りを強くしめた。
ところで、横で眠る少年について。
彼はトンカチがお姫様であることさえ知らず、今の状況について一切知識がない。ましてフラワーポムなんて街を知りもしないから、ケングンはこの事件に何ら関係のない一般人だ。
『...』
そんな人間をこれ以上つれ歩くのか? また身代わりの消耗品として使うのか?
『…置いていこう。もう、迷惑かけられない』
トンカチは意を決して立ち上がった。姫としての証や護衛、国。全てを失った今だからできる、極めて人間的な選択だ。しかし…それは姫としてのトンカチを守ろうとした、王様やバカンスへの裏切り行為ではないのか。
裏切りの代償は、思ったよりも早くトンカチに到達した。
「そう、そうやって逃げるのか」
「!」
トンカチは体を揺らし、急いで辺りを見渡した。すると…「ひっ…!」 木と木の間に、顔が浮かんでいる。『顔』と表現したのは、それが3つの点だけで構成された、最低限 顔っぽい仮面を被っていたからだ。体つきからして男には違いないが、声はエコーのように響きがかって、どちらとも聞き取れない気味の悪い音だった。
「姫としての矜持を投げ捨て、楽なもんだろう」
仮面が微動だにせず言った。
「我々は姫としてのお前を必要としない。今こそこちらに来てみてはどうかね」
「…うぅ」
長く、不気味な細腕がトンカチへと伸びる。
「さぁ」
「…い、いや」
「驚いた。やっぱり姫でいたいのか。所詮は王族の子供だな」
鼻で笑った。そのくせ微動だにしない。
「その王族にしか扱えない、フラワーポムに伝わる魔法。最後の王族として、今こそ勤めを果たしてもらおうか」
「さ…さいご?」
「お前の両親は死んだよ。おめでとう」
その言葉が出るより先か! 仮面の男が一気に距離を詰めた! その動きは、かつて図書館で出会ったファントムを彷彿とさせる、気味の悪い低空のタックルだ! レディにする所業じゃない。唯一違うのは、腕。両腕はクワガタムシのように広がり、まるでクジラが海水を丸のみするみたく、豪快にトンカチを抱きしめようとしている! キモイ!
『誰か…』
トンカチは目を瞑った。だが、同時にどこか安心していた。『これで終わる』 と。負の連鎖は断ち切られ、これ以上犠牲者は出ないのだと。だからこそ走って逃げなかったし、大声で叫びもしなかった。
だけど、ホントは叫びたい。助けてって、叫びたい。
安心なされ。その願いを一身に受けて、ある男が目覚めている。
「誰だ!?」
「ダレだ!!」
ケングンは迫ってきたその仮面に向かって、合わせるようにヒジを振り下ろした!
『バキッ!』
仮面にヒビ! 続けて! ケングンはタックルで前傾姿勢だった男のみぞおちを、今度はヒザで蹴り上げてやった! 自分の固い部分で相手の柔らかい部分を打つ、絵にかいたような理想の攻撃…だが
『感触がおかしい!』
「ふふ、ハハハ!」
仮面の男が笑う。前述したとおりエコーがかって気味悪く、古いスピーカーがぐずっているような不快な声だった。
男は一歩二歩と距離を取り、ケングンを指さした。
「改めて、誰だ!」
「貴方みたいな不審者には名乗りません」
「そうか。懸命だな」
「ケングンです」
「?」
寝ぼけてるんだ。きっとそうだ。
後ろのトンカチはハッとした気持ちで、ケングンの背中を見ていた。
『レノア君の師匠…ホントに強かったんだ』
被っていた帽子を脱ぎ、胸の部分に抱きかかえる。と、今度は心の底から
『勝って…お願い…』
と祈った。その祈りが届いたのか、ケングンはこの勝負に勝った。
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