第11話 後編 心眼

 実を言うと、カケルの作戦は、別段珍しいものではなかった。


 エアーズハンターにアクセスしているプレイヤーは非常に多いから、その内の何百を越える凄腕戦士たちが、サイクロプスに同じことをしていた。

 

 巨人の目を攻撃してマヒさせて、その間に海に落とす。

 考えてみれば、誰もが思いつきそうなことである。


 だけど、みんな失敗した。

 ゆえに一つの結論が出ていたのだ。


「サイクロプスを海に落とすのは不可能。なぜならそういうふうにできてないから」


 あのテンちゃんが巨人を倒すと言うのだから、まさか今まで無いやり方を繰り出すのかと期待したプレイヤーもいたが、結局、先人の真似をしただけで結果も同じ。


『俺もやってみたけどダメだったなあ』

『やっぱ無理だよ』


 そう指摘するコメントもわずかながらあった。


 しかし、カケルの作戦はこれからだった。


 心眼スキルを持つカケルだから仕掛けられること。


 このエアーズには存在するオブジェクトすべてに能力値が設定されていることをカケルは既に確認している。

 木々や岩のひとつひとつに体力や防御力、攻撃力があるということだ。


 つまり体力がゼロになれば木は折れるし、岩に体をぶつければその岩に設定されていた攻撃力の範囲でダメージを喰らう。


 空を浮く島々にもそれは当てはまる。

 尋常じゃないほどの体力と防御力が設定されているが、体力がゼロになるということは島が崩壊することになるはずだとシドは考えた。


 サイクロプスがいるチュートリアルマップはエアーズのプレイヤーすべてが利用する場所だから、いつだって人が集まるし、人が集まれば集まるほど、今のように巨人は暴れまわってくれる。

 そんなことが毎日のように行われているので、少しずつ浮遊島は消耗していって、なかにはあと少しでぶっ壊れるくらいに体力がない島もあった。


 カケルの狙いは、そんな瀕死の島にトドメを刺すことだった。

 

 途方もない防御力の浮遊島にダメージを与えられるのはサイクロプスしかいない。

 だから暴れて欲しい。

 その引き金になるプレイヤーが必要で、しかもサイクロプスの攻撃を避け続けることができる凄腕でなくてはならない。


 そこで選ばれたのがテンちゃんだった。

 

「ひゃぁぁぁぁっ! うひょおおおっ! どひぇあっ!」


 叫びながらもなんだかんだ逃げ続けているテンちゃんはやっぱり凄かった。

 心眼スキルは、レベルやステータスに左右されないテンちゃん自身の動体視力や運動能力まで見抜いていたのである。


 だったら全部をテンちゃんに説明しなきゃあかんだろというツッコミもあるが、長々話す時間が無かったし、テンちゃんがギリギリでいつも生きていたいタイプと感じたからとか、理由はいろいろある。


 どちらにしろ、巨人が怒り狂う間、テンちゃんが悲鳴を上げている間、テンちゃんが避けてくれるおかげで巨人の攻撃が全部浮遊島の大地に当たってしまって、その生命力を少しずつ減らしている間、カケルはじっくりと自分の弓に火薬を仕込むことができた。この火薬はエアーズを始めたプレイヤーが最初に持っている、目くらまし用のものである。

 

「こんなもんでいいか」


 クラフトを終えるとシドはのんびりと立ち上がり、すぐに弓を射った。

 まるで部屋に転がる紙くずを、離れた場所にあるゴミ箱目がけて軽く投げるような、適当な動きだった。


 放たれた矢はサイクロプスの真ん前の地面にプスリと刺さった。


 自然と足を止める巨人。


 なんじゃ? どこから射ちおった、どこにおるん?


 暴れるのを止めて、きょろきょろと頭を動かすサイクロプス。


「た、たすかった~」

 

 激しく息を切らすテンちゃんに遠くからシドの叫びが刺さった。

 

「地面を打って!」


「……!」


 その言葉ですべてを察したテンちゃんは、先ほどのノックバック技を今度は地面に叩きつけた。

 と同時に、地面に刺さっていた矢が爆発する。


 巨人の足下の地面に大きな亀裂が次々と走り、床が抜けるように崩壊が始まった。


 叫びながら海へ落ちていくサイクロプス。

 巨体が見る見るうちに小さくなり、やがて見えなくなる。


 ザバンッと海に落ちると、その衝撃で大きな波が起こった。


『え』

『まじか』

『倒した……、ってこと?』


 呆気にとられる視聴者だが、


『テンちゃんも落ち取る……』


 島全体が崩れているから無理もない。

 

 しかしテンちゃんは喜んでいる。


「やった! 見たぁ?! 倒したよっ!!」


『でも落ち取る!』

『死んだら意味ない!』

『どっかにつかまれ!』


 でもやっぱり落ちていくテンちゃん。


 馴染みの練習マップが跡形もなく崩壊し、サイクロプスは海のもくずになり、足場を失ったテンちゃんもまた落ちている。


 ただそれを見るしかない視聴者。


 普通のチュートリアルのはずだった。


 優等生なテンちゃんのプレイを見て「さすがだね」と喜び、それでもサイクロプスにぺしゃんこになるはずだったテンちゃんを楽しみにしていただけだったのに。


 一人の視聴者が皆の気持ちを代弁した。


『なんじゃ、この配信』


 そして一本の矢が弧を描く姿を視聴者は見る。


 太いロープに繋がれた矢がまるで意思を持つかのような動きで、落ちていくテンちゃんの体に巻き付き、テンちゃんを引き上げていく。


『助かった!』

『巨人を倒したんだよな……?』

『倒したんだよ、レベル見てみろ』


 シドとテンちゃんはレベル1でありながら、レベル70のユニークモンスターを撃破した。

 大量の経験値を手にしたテンちゃんは、エアーズをプレイした初日で一気にレベルを30まで上げた。無論、シドも同じだ。


 ゆえに誰かがまた言った。


『だからなんなのよ、この配信』


 呆気にとられている視聴者に気づいたテンちゃんは、釣り上げられた状態でカメラを自分に向け、笑顔で言った。


「というわけで、倒せましたー!」


 はしゃぐテンちゃん。

 凄すぎてどん引くファンの方々。


『わ、わあー(拍手のアイコン)』

『おめでと~、でいいのか?』

『まさか初日で先を越されるとはw』

『半年かけてレベル30にした俺の時間って何?』

『こんなやり方あったのか……』

『ってか、不具合だろw』

『調整不足って言った方が良い』

『とにかく、おめでと~』


「みんなありがとね! 今こんな状態だから、動けるようになるまで待ってて!」


 音声をミュートにしたあと、いったん配信を切り、発売したばかりのニューシングルのPVに切り替える。


 弓矢のクレーンでつり上げられた先にシドがいた。

 崩壊に巻き込まれず空に浮いたままの足場からテンちゃんを助けたのである。


「本当にやっちゃいましたね! さいっこうに面白かったー!」


 ピョンピョンはしゃぐテンちゃんを見てシドは頷く。

 3Dじゃないので笑顔にはならないが、声は喜んでいる。


「本当に助かりました」


 お辞儀をした後、あれを見てと指を差す。


 サイクロプスが持っていた棍棒が地面に寝ている。

 ひとつあるだけでも価値のある「黒樹の欠片」が取り放題だ。


「山分けしましょう。しばらくはこれで生活できます」


 シドが口にした「生活」とは、文字通りの意味だ。

 かつてユリウスが口にしたように、ラバーナで使用されている仮想通貨「ベル」は現実の通貨に換金可能。

 これほどのレア素材があれば、カケルが言うとおり、一般のサラリーマン家庭が三ヶ月飲み食いに困らないくらいのお金は手に入れることができる。


「すごいな。ほんとにラバーナの中で生きていけるんですね」


 圧倒されつつ、きっちり報酬は手に入れるテンちゃん。


「これがラバーナなんだ……」


 そう。これこそが酒津公任が作った、メタバース、ラバーナなのである。


 しかし志度カケルからすれば、大した話ではない。


「これくらいならまだいいですよ。前のラバーナはこんな簡単じゃなかった。一週間真っ暗なダンジョンの中で、ずっと飲まず食わずだったこともあるし……」


「え、前の……?」


「ああ、いや、 こっちの話」


 異世界のラバーナと今がごっちゃになったらしい。

 不思議な態度に戸惑うテンちゃんであるが、大勢の視聴者を待たせている身である。


「じゃあ、配信に戻ります」


 深くお辞儀をした後、テンちゃんは言った。


「めっちゃ面白かったです! ありがとうございました!」


「こちらこそ、迷惑かけました」


 シドはようやく相手の格の大きさに気づいた。


「凄い視聴者数ですね。それなのに邪魔して申し訳なかった。プロの方だと思ったんだけど、想像以上に巧くて驚きました」


「あ、いえ……」


 わたしのこと、知らないんだ……。

 結構売れっ子アイドルなんだけど、知らないんだ……。

 なんかちょっとガッカリしてしまうが、ここは天性のアイドル。

 笑顔はしっかりキープする。

  

「じゃあ、失礼します」


「少しは休んでくださいね。ゴールが見えてない感じがしたから」


「え?」


 ゴールという言葉にテンちゃんはきょどった。

 なんでここまで動揺するのか、自分で自分に驚くが、カケルはさっさと話を進めてしまう。


「こっちの話です。では」


 ログアウトしてしまう。

 その姿はもうどこにもいない。


「行っちゃった……」


 オンラインゲームは一期一会である。

 そしてアイドル家業というのもまた、一期一会だ。


「不思議な人だったなあ……」


 この広大な仮想世界で、もう一度シドに会えるとは考えられない。

 

 しかし天堂マコトには間違いなくシドの姿が刻み込まれたはずだ。

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