第24話 警告
ヤンファンエイク、本社ビル。
社長の酒津公任しか入れない例の場所に、志度カケルと王馬ユリことユリウスは再びやって来た。
まだ早朝だというのに酒津は上等なスーツを着てバッチリ決めている。
その旺盛な活動っぷりに日本のメディアは酒津を「眠らない社長」と呼ぶほどだったが、あながち間違ってはいない。
元々が食器だったせいか、さほど睡眠を必要としていないらしい。
そんなことを打ち明けながら、酒津はカケルが差し出した資料を受け取った。
「桐生さんの件は私の方で処理しておきます。何ごともなかったようになっているはずです。五人についてもご心配なく。喧嘩両成敗という言葉がわたしは好きでしてね。実に公平な処置です。彼女がすべてを水に流すというのであれば、五人にも同じような処置をする。当然のことだ」
「それを聞いて安心した。よろしく頼むぞ」
ユリウスは満足げに頷くが、本題はこれからだった。
「さて聞くが、三姉妹とのくだらん喧嘩をおぬしはどうするつもりかの」
「ああ、それね」
酒津は肩をすくめた。
「あれは喧嘩ではありません。反逆です。すべての罪は彼女たちにある。わたしはラバーナの守護者として当然の責任を果たします。いつか必ず、彼女たちの息の根を止めるつもりです」
「それならそれで構わぬが警告はしておくぞ。桐生渚はカグラから視覚的な攻撃を受けて倒れた。奴らが桐生渚にしたことをシンラバにアクセスしている全てのプレイヤーにするとしたらどうじゃ。ことの重大さをおぬしはわかっておるか?」
耳がついていない人のようにだんまりを決め込む酒津にユリウスは厳しく指摘する。
「世界中の企業がラバーナで経済を回しておる。世界中の医者がラバーナで活動しておる。大金を動かしていたプレイヤーが途中で倒れたら、オンラインを使って手術の最中だった医師が途中で倒れたら」
ユリウスは止まらない。
ラバーナで起こりうる様々な「最悪」をすべて予測したのだろう。
本気で酒津に警告している。
「核ミサイルの発射スイッチを押せる地位にいる人間が、ラバーナの中で過ごしていたとして、そいつに三姉妹が催眠を仕掛けたとしたらどうなる? 昨夜の五人のように現実に不満を抱いている連中をそそのかし、そいつらがリアルの世界で銃をぶっ放すように操ったとしたら……。おぬしはどうするつもりじゃ?」
「絶対にさせません」
酒津は即答した。
「ラバーナはわたしが作った新しい世界です。外の世界で起きる悲劇を無くすための新しい避難所なんです。機械の成れの果てなんかに汚されるわけにはいかない」
「おぬしがそこまで言うなら安心じゃな」
ふっと微笑むユリウス。
「引き続き、好きにやらせてもらうとしよう」
「そうしていただけるとありがたい」
そして、ユリウスは絶妙のタイミングで別の資料を酒津に渡した。
ユリウスのユリウスによるユリウスのための専用スタジオを作るための見積書である。
都内一等地にあるタワマンの最上階にある部屋を全室購入するための費用、最新の設備を導入するための資金など、スタジオ作成にかかる費用のすべてをサカヅキ社長に支払わせるつもりらしい。
ヴァルキリー三姉妹についての説明をしなかったサカヅキ社長を「後でぶん殴る」と言っていたユリウスであるが、これがひとつのパンチであった。
ここまでの流れ上、断るわけにはいかなくなった酒津。
苦笑するしかない。
「すべてお任せください」
「ならば、これで失礼する」
去って行こうとするユリウス、そのあとを歩くカケル。
酒津は慌てたようにカケルに声をかけた。
「ああ、志度さん」
呼び止められて立ち止まるカケルに酒津は言った。
「三姉妹のうち、タオとは出来るだけ仲良くしておいた方がいい。そうアドバイスさせてください」
「なるほど」
「タオにおかしな事があるように感じたら、わたしに報告してください。つけいる隙があるとすればタオなので」
「……覚えておく」
この際だから、カケルは聞いてみた。
「タオがリュートに似ているのは偶然かい? それとも……」
「わかりません。初めて見たときは驚きました。言えるのはそれだけです」
「そうか」
「それともう一つ、いくら皆さんとはいえ、配信の時間制限については例外を認めることはできません。どんなに盛り上がろうと配信は三時間まで。これは遵守してください。いいですね?」
酒津の声は厳しい。
実はラバーナのライブ配信は他と違って時間制限がある。
きっちり三時間。
それ以上の延長は認めない。
時間を過ぎたら問答無用で配信をぶった切られる。
さらに一度の配信を終えたら、十二時間以上経過しないと次の配信を行えない。
ラバーナの住人たちを守るためという理由で酒津社長が独断で取り決めた厳しい規則である。
これは技術的問題というより、コンテンツが多すぎてみな寝不足になってリアルで問題が起きるとか、健康面での問題を指摘する意見が多いからだ。
アニメやゲームがいまだに毒物のような扱いを受けているように、まだまだメタバースに対する視線は厳しく、社会の害悪だと決めつけてかかる連中も多いのだ。
「わかってる。ちゃんとやるよ」
こうしてカケルとユリウスは本社ビルを後にした。
その道すがら、ユリウスはそっとカケルに囁いた。
「サカズキの奴、心労が絶えぬようじゃの」
その顔はやけに嬉しそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます