第25話 開戦前夜のこの感じ
現在、ラバーナの中でシドは特異な存在になっていた。
テンちゃんのエアーズハンターデビュー配信に割り込んで大いに反感を買ったのに、無敵と思われた高レベルのモンスターを倒したことでイメージを覆したシド。
その配信以降、エアーズでは、シドの真似をして大量の経験値とレア素材を集めようと大勢のプレイヤーが「サイクロプス狩り」に挑んでいるが、なかなかうまく行かない。
何度やってもサイクロプスと相打ちになってしまい、プレイヤーたちはやがて気づくようになる。
針の穴に糸を通すような高度な操作をシドは何食わぬ顔でやっていたのだと。
いったい奴は何者なんだと世界中が関心を抱く中、他ならぬシドの本物と名乗る男が、突如SNSで告知するわけである。
『我が主がラバーナに降り立つ。
心して待て。
革命まであと五日』
このメッセージに湧き立つ世界。
いったい何が起こると誰もがその日を待っていたわけだが。
『我が主は気まぐれなので、革命まであと十日になりました。
急な変更、ごめんなさい。
とにかく心して待て』
いきなりの日程変更、割と丁寧な謝罪。
振り回しやがってと若干のイライラが募る中、さらにおかしな事態が起こる。
エアーズとは別のコンテンツ「ジョイフル」の世界で突如起きた銃乱射事件。
当日発生した停電を利用してカジノで不正な利益を得ようとした複数のプレイヤーがいて、そいつらを一人の男が銃で制圧した。(という形に収まったらしい)
その正義の味方もまたシド。
キャラクターIDからして、あのシドと同一人物であることは明白。
そもそもジョイフルとは世界中のプレイヤーとミニゲームで遊ぶコンテンツであって、カジノであろうとなんだろうと銃を持ち出してぶっ放せるはずがない。
しかしシドはやった。
理由は不明。運営からの説明もない。
ラバーナのルールからも逸脱し、やりたい放題するシドを皆がこう言い始める。
無敵の男。
そんな男が主とあがめる存在がいて、もう少しで配信デビューするという。
いったいこの仕掛けは何なのか。
どこまで計算されているのか。
とまあ、こんな感じでいろんなことが意図せずうまいこと噛みあった結果、ラバーナの全プレイヤーがユリウスの降臨を今か今かと待つ状態になっていた。
――――――――――――――――――――
「革命」まで、あと三日。
ユリウスの専用スタジオが完成した。
ありえないくらいに高性能なダイブチェア。
ありえないくらいに高性能なセンサー設備。
ありえないくらいに高額な音響機器。
スタジオにやってきた桐生渚はそのまばゆさに気を失いそうになる。
「こんなすごい設備を、よりによってこんな場所で……」
港区の一等地にあるタワマンの最上階。
そこにある部屋を全部買い占め、スタジオに改装するなんて。
シドさんからして得体が知れないのに、その彼を下僕だと口にする王馬ユリ社長とは何者なのよ。
中東かロシアで油田でも掘り当てた大富豪なのかしら。
見るものすべてが信じられないといった桐生渚を見て、カケルは笑う。
「信じられないだろうけど、全部、人に買ってもらったんだよ」
「ええ?! これ全部?!」
「寝泊まりできる場所ができて良かった。今まで野宿が続いていたから」
「の、のじゅく?」
いったいどういうこと?
混乱する渚であるが、カケルは例によって説明しない。
「社長室に案内するよ」
ラバーナのスタジオが近未来感バリバリなら、社長室は昭和感全開だった。
敷きつめられた畳。座布団。コタツ。
古いテレビ。
割と影響を受けやすいユリウスが地球の建築についてある程度学んだ結果、レトロにこだわるようになってしまった。
「待っておったぞ」
ユリウスはこたつに入ってみかんを食べていた。
「仕上がったのじゃな?」
「あ、はいっ! これどうぞ!」
威勢良く差し出した資料に、ユリウスが待ち望んでいたものがある。
ラバーナにおけるユリウスの分身。
その見た目と設定すべてを桐生渚に依頼した。
そして桐生渚が突き出した答え。
魔王。
地球とは別の世界で覇業をなしたが、飽きたので地球にやって来た。地球における配信活動も暇つぶしである。
魔王にとって地球は取るに足らない星なので征服などは考えてはいないが、弱い民を守るために時々、力を使うこともある。
ただどうしても力が強すぎるので、望んでもいないのにドンドン有名になっていくのが少し面倒だ……。
と、設定はこんな感じ。
冒頭部分を読んだだけでニコニコが止まらないユリウス。
思った通り、いや、思った以上の仕事を成し遂げてくれた。
ドンピシャである。
しかもキャラデザがいい。
可愛い、美人、そして魔王という称号に相応しい気高さ。すべてが同居している。
ユリウスという得体の知れない女のすべてを、きちんと絵に収めていた。
この絵はバズる。
カケルもユリウスも確信した。
「ど、どうですか……?」
不安そうな渚に魔王は満足げに言った。
「早速、壁を越えおったな」
その言葉にぱっと笑顔を咲かせる渚であったが、
「でもこれを3Dにするにはあまりにも時間が足りないんじゃ……」
たしかに今の段階ではまっ平らな絵に過ぎず、それを立体化して、王馬ユリの分身とするにはやるべき処理が山ほどある。
「案ずるでない。サカズキ社長に話はつけてある。奴がきっちり仕事をこなすであろう。配信日にはおぬしの思い描くとおりの魔王が出来上がっておるぞよ」
「え、サカヅキ社長って、ヤンファンエイクの酒津さんのことですか……?」
「そうじゃが」
「す、すごいっ!」
渚にとって酒津公任といえば数々のヒット作を産み出したクリエイターの中のクリエイター、いわば天上人のような存在である。
そんな男と繋がりがあるなんて、ホントにこの人は何者なのだろう。
興奮で眼をキラキラさせる渚のリアクションが栄養になるのか、ユリウスも調子に乗ってきた。
「それだけではない。サカヅキには配信日にVTR出演させるつもりじゃ」
「そ、それはすごい……」
「だがそれだけではない。他に何をさせるかわかるか?」
「い、いえ」
いったい何をするつもりなんだと息を呑む渚に、王馬ユリはこれ以上ないくらいのドヤ顔で言ってのけた。
「良い話をさせるつもりじゃ」
「す、凄い。凄すぎます!」
尊敬へと変わっていく渚の眼差しを浴びて、ユリウスはますます増長していく。
「まだあるぞ。ゲスト出演させるのはサカヅキだけではない。大リーガーの小谷翔平にも話を持ちかけておる」
「えええ?! あの三年連続十冠王の小谷選手に?!」
「無論じゃ。なにせ、わしが育てたからな」
もちろん嘘であるが、ユリウスにはこういう虚言癖がある。
その悪癖をよく知るカケルは溜息をつきながら両目を閉じ、これから何が起きても俺は関わらないぞとばかりにだんまりを決め込む。
「もちろん小谷にも良い話をさせるつもりじゃから楽しみにせい」
「す、凄すぎます! 歴史に残りますよ、今度の配信!」
「ほっほっほ!」
嬉しくてしょうがない魔王。
「それにのう。これはまだ極秘の極秘なのだが、ローマ法王にも話を持ちかけておる。何をさせるかわかるか? 良い話をさせるのじゃ」
「え?」
急にテンションが下がる渚。
「なにゆえ」
「日本人にはピンと来ぬじゃろうが、海外勢には大きなアピールになる。ローマ法王というたら世界のスターじゃからな。ちなみに奴もわしが育てた」
法王の方がお前よりはるかに年上だろうというツッコミをカケルは必死で飲み込んだ。
「さあ、そういうわけでカケルよ。SNSを更新するのじゃ!」
「はいはい」
というわけで。
『魔王降臨まであと少し。
その時を待て!』
渚の描いたキャラのシルエットが追加されたことで期待値がさらに爆上げされるが、わずかな不安も巻き起こす。
魔王と名乗って活動する配信者が多すぎるのである。
ごう慢で偉そうなキャラなんだけど実は礼儀正しいとか、いわゆるギャップ萌えを狙うのに「魔王」ほど便利な設定はない。
なんだよ、また魔王かよ。
ありきたりすぎだろ。
そんな呟きもチラホラ見えるようになる中、思いもよらない「援護射撃」がユリウスとシドを助けることになる。
テンちゃんこと天堂マコトが所属するアイドルグループのメンバー全員がシドの予告メッセージに「いいね」を押したのである。
このグループがメンバー以外のSNSに反応したことは今まで無かったから、この「いいね」は事件に等しい衝撃を世界に与えた。
とんでもないことが起こるかもしれない。
だれもが魔王の配信を待っている。そんな状況になっていた。
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