第26話 爆誕手前

 ユリウスの記念すべきラバーナデビュー配信当日。


 その日がくるのを真剣に待っていた人たち。

 そういや今日だったか、暇つぶしに見てみっかという人たち。

 なんだかよくわからないけど、誰かの配信にとんでもない人数が集まっていると気づいて、ふらっと見に来た人たち。


 そんなこんなで、どこの事務所にも属していない個人配信者のライブにいきなり三十万を越える視聴者が集まってしまう。

 これはもちろん日本の視聴者だけではない。

 世界中から大勢のプレイヤーが集まっている。夜更かししている人もいるだろう。


 いま、この配信こそがラバーナの中心だった。

 

 この日のためにユリウスは「すべて良し」と自賛するほどの準備を整えていた。


 優れたアニメーターに依頼して作った待機映像のクオリティの高さで「こいつは並の配信者ではない」と知らしめることにまず成功する。


 そして最初に登場したのはユリウスではなく、シド。

 ここ数週間、ラバーナを引っかき回していたあのシドである。 


 緊張で足の震えが止まらない。

 彼は今、十万を超える観客に囲まれていた。

 

 もちろん実際にスタジアムを借りてリアルに人を招いたわけではない。

 大急ぎでこしらえたあのスタジオにいるだけだ。 


 激しいアクションや細やかな操作が求められるエアーズやジョイフルと違い、今回はただの配信なので、ダイブチェアに座らず、テレビ収録のように沢山のカメラとセンサーに囲まれながら立っているだけ。

 彼を囲む客もそれぞれ違う場所にいる。


 しかしここはラバーナ。巨大なメタバースである。


 ラバーナで配信を行う際、配信者は様々な環境を設定することができる。


 あくまで自宅の一室を使ったテイでこじんまりした配信をすることもできるが、なにせメタバースなので、ライブ会場や巨大な劇場を作りだし、ステージの上から客の視線を浴び続けるという、臨場感溢れる環境を作り出すことも可能だ。


 ユリウスの場合、後者を選択した。

 さらに視聴者の数に応じて環境がリアルタイムで変わっていくというユニークな機能も追加したため、ユリウスの初回配信はまるで海外の大型フェスを思わせるほどの観客に囲まれる中で始まった。


 なので今現在、シドの前には十万を越える観客がいて、どこを見回しても人ばかりという状況になっている。


 臨場感がありすぎて緊張する。

 喉が硬くなって声が出てきそうな感じがしない。


 なんとか声を外に出そうと無理に力を込めたら、デスメタルバンドのボーカルがするような、低くて野太い声になり、結果的に魔王の部下っぽくなった。


 とはいえ、話す内容はちゃんとした挨拶なのだが。


「こんにちは。我が主の記念すべき最初の配信にようこそ。皆さんを歓迎します。わたしは主に仕える執事のシド。既にご存じの方もいらっしゃると思いますが……」


 ただカンペを読んでいるだけなのに、視聴者は大盛り上がりだ。


『でた!』

『やっぱり来たか、シド!』

『サイクロプスキラー!』

『危ない銃乱射男!』


 異常な速さで流れていくコメント。ぐわあああっと地鳴りのような客の歓声。

 

 頭がクラクラしてきた。

 コメントを読んで的確な返答をする能力がないので、もう見ないことにする。


「これから皆さんに我が主を紹介しますが、その前に、我が主がこの世に生きていくための仮の姿を作ってくれた、地球における母をお呼びします」


『まさかの絵師の登場』

『焦らすなあ』

『ここまで金かけてるなら、絵師も凄いの雇ったんだろうな……』


 もちろん現れたのは桐生渚であるが、その姿はラバーナで活動していたときの分身ルブランではなく、新たなアバターを作っていた。


「こ、こ、こんにちは。桐生渚です。ラバーナではナギサとして活動していくつもりです。これからよろしくお願いします。あと、今日、ここに呼んでくださったこと、偉大な魔王さまと関わりになれたこと、すごく嬉しく思います……」


 渚もまた人の数に圧され、カンペを棒読みするだけの人形状態。

 キャラデザの依頼は喜んでこなしたが、どういうわけか配信に参加するハメになったことには大いに戸惑っていた。


 それでも思わぬ人物に視聴者は盛り上がる。


『まさかのナギちゃん、きたああああ!』

『あの綺麗な絵描きの子か!』

『本人も可愛いけど、分身も可愛い』


 視聴者が言うように、桐生渚の分身「ナギサ」は実に愛らしい見た目をしていた。


 ユリウスに突然の参加を命じられ、大急ぎで作ったキャラなのだが、火だるまになって書ききったことが思わぬ会心作を産んだようで、渚は自分の分身の出来に大いに満足していた。

 だからといってなぜこの場にいて、おかしな台詞を言わされているのか。

 

 渚を強引に出演させた理由をユリウスは的確に説明した。


「声も見た目も醜いおっさんが一人で映っているより、可愛いオナゴがおった方が大勢のヤカラを吸い寄せるであろう!」


 これがユリウスの戦略。


 自分が作った作品ではなく、自分自身を売り物にするのが嫌で苦しんでいた子を立ち直らせた本人が言うことであろうか。


 とはいえ、ナギサの美しさを見て視聴者はさらに興奮する。


『意外な人選だけど、ナギサちゃんのキャラ、めちゃかわいくないか』

『こうなると魔王も期待できる』

『この子、カワイイ系の絵もかけるんだな』

『今描いている奴よりこっちの路線で行ったほうがいいんじゃないの?』

『ってか、本チャンはいつ出るわけ?』


 皆がワクワクと固唾を呑んで魔王を待つが、まだまだ焦らす。

 シドとナギサはまるで司会者のように場を回し始めるのだ。


「今日の記念すべき日に多くの方々から祝いのメッセージを頂いております」

「それでは最初のコメントをどうぞ。VTR、回転」


 そして流れ出した映像にまた度肝を抜かれる視聴者たち。


『こんにちは、ヤンファンエイク社長、酒津公任です』


 笑うだけでバラの花が咲きそうな美しい顔を画面いっぱいに撒き散らすサカズキ社長。

 大量のコメントが流れていく。


『社長!』

『どんな繋がりで!』

『とんでもねえの来た!』

『社長、結婚してくれ!』

『社長、養子にしてくれ!』


 日頃、ラバーナの住人に酒津がどう扱われているかなんとなくわかる反応の中、社長は笑顔で語り出す。


『魔王閣下、記念すべき配信デビューおめでとうございます。今日、ここに至るまで、閣下の歩みが順風満帆でなかったこと、私はよく知っています。しかし、そんなときに閣下を支えてくれたのは、閣下の親父でもなく、そしておふくろでもなく……』


 予想通り長すぎるサカズキのスピーチの中、画面の端で棒立ちする渚とカケル。

 何十万、いや、何百万もの視線に晒されていると思うと足が震える渚が、カケルに囁いた。


「ずっといなきゃいけないんですか? もう耐えられないんですけど……」

「大丈夫だよ。どうなったって一時間後には終わってるから」


 どうなったって。

 その言葉が恐ろしい。

 

 渚は今日のタイムテーブルを既に知っている。だからこそ不安でしょうがない。


「ほんとにほんとなんですよね?」

「なにが?」

「今日のゲストです。酒津さんは本当にメッセージをくれたけど、他の二人が大リーガーの小谷選手に、次がローマ法王って。最初に聞いたときは凄いって感動したけど、よくよく考えたらこの配信に必要かなって……」


「確かに水と油な感じはするけど。何ごともつかみが肝心って言うだろ?」


「そうですけど、本当にコメントくれたんですか? 小谷選手って野球以外のことには一切関わろうとしないじゃないですか」


「確かに小谷選手はいくら金を積んでも引き受けてくれなかったけど、世界中の人たちを笑顔にする配信にしたいって言ったら快くビデオメッセージをくれたよ」


「さすが完璧アスリート……」


「まあ、甘い言葉に引っかかりやすいんだな」


「も、もうその話はいいです。ローマ法王はどうなんですか?」


「ローマ法王は大金寄付するって言ったら呼んでもないのに来てくれるって話になって、今、地下駐車場にいる」


 本当かよとのけぞる渚。


「だけどよりにもよって魔王が法王を呼ぶって変じゃないですか?」


「確かにそぐわないけど、マリリンマンソン呼ぶわけにもいかないだろ?」


「じゃあせめてKISSにすれば良かったんじゃ……」


「あれを呼ぶと全部あいつらに持ってかれるからダメだって」


「候補にはあがってたんだ……」

 

 そんなやり取りを続けている間も、サカズキ社長は喋り続けている。

 最初は偉大なる魔王を必要以上に持ち上げていたが、最終的にはラバーナを作った俺ってすごいよね的な自慢話になったところで、ようやく終わった。


『校長先生より長い話だった……』

『おまけに中身がなかった……』

『オレスゲーだけであそこまで長く話せるのはもう才能』

『あの人はいつもそうだから』


 視聴者がしらけ気味になる中、カケルは淡々と進行する。


「長らくお待たせしました。これから我が主のご挨拶があります。一同起立」


『立つのかよ』

『立つんかい』

『せっかくだから俺は立つ』


 そしてどこからともなく奇妙で懐かさを感じるメロディが流れ出す。

 ふおーん、とか、ぷぃいいんとか、そんな音。


 雅楽と言われる日本で一番古い音楽だ。


 いったいこれはなにと首を傾げる視聴者に渚が説明する。


「今日のために来てくださった宮内庁楽部によるおごそかな演奏の中、魔王が皆様の前に登場いたします。盛大な拍手でお出迎えください」


 皇室のガチの行事で雅楽を演奏する宮内庁式部職楽部の皆さまが、どういうわけだかスタジオにやってきて、見事な演奏をしておられる。


『宮内庁って』

『なにゆえ』

『皇室の行事に演奏する人たちだぞ』

『ガチの中のガチの人たち呼んじゃったよ』

『宮内庁が魔王のために演奏しちゃいかんだろ』


 まともなツッコミが乱れ飛ぶ中、とうとう姿を見せる……!


「皆のもの! 待たせたのう、わしが魔王、ユリウス・フォン・ローゼンハイムじゃ!」


 満面の笑顔で、ついに魔王が降臨した。

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