第27話 魔王降臨
桐生渚が渾身の力で描き上げた「魔王ユリウス」は配信に集まったすべての視聴者の心臓を見事に貫いた。
銀の長髪、宝石のようなきらめきを放つ瞳。
白と黒が絶妙に絡みあうミニのワンピース。
そこから伸びる細く鍛えられた白い素足。
魔王と名乗るだけのごう慢さが全身からほとばしっているのに、育ちの良さも感じられる清々しさが、そのまっすぐな姿勢からひしひしと伝わる。
『おお~、いいね』
『かわいい』
『いいじゃん、めっちゃいいじゃん』
『可愛いし綺麗だし清楚なのに、ちゃんと魔王だ』
『桐生ちゃん、すげえのこしらえたな』
『あの子、これから忙しくなるぞ……』
絶賛の嵐。
日本語だけでなく様々な言語でユリウスの美しさを称えるコメントが飛び交う。
渚にとってこれ以上の喜びはないだろう。
さっきまで緊張でオドオドしていた渚の目がウルウルと赤くなっていく。
それを見ただけでカケルは今日という日に意味があったと思ったのだが、まだまだ宴は終わらない。
最初の試験は合格。
これから先はユリウスの中身が問題になる。
「皆のもの聞くがいい。わしは今日からラバーナに一つの国家を作る! 名付けて天空魔国じゃ! なんならメモれ!」
カケルは苦笑する。
前にいた世界で治めていた国の名をそのまんま流用したからだ。
一方、視聴者は若干のクエスチョン状態。
『国って、なに?』
『チャンネルのことだろ?』
その通り、天空魔国という名のチャンネルである。
「我が魔国の民となったものには、これ以上ないほどの喜びを与えるであろう!」
つまり、面白いチャンネルにするから登録してねということなので、視聴者が一斉に天空魔国を登録し始める。
凄い勢いだ。
「さらに上級の市民権を得た者にはカジノのライセンスチケットを無料で支給する! さあ我が国に集うがよいぞ!」
上級の市民権というのはいわゆるメンバーシップに登録するということで、月額で別料金を支払ってくれるあかつきには、カジノに入れるチケットをただで上げるから、メンバーシップにも登録してねという意味。
あらかじめサカズキ社長と交渉したうえで用意していた必殺の一撃である。
これはかなり効いた。
なかなか手に入らないライセンスカードなので、これを聞いた大人の視聴者たちは大喜びでメンバーシップに参加していく。
光の速さで人口を増やしていく天空魔国の勢いに視聴者も驚くばかりだ。
『この人たち、ヤンファンエイクとズブズブ過ぎない?』
そんな鋭い指摘も何のその、ユリウスは上機嫌。
「大勢が集っておるようで実に喜ばしい。ではここで我が魔国のルールを告げておこう。よいか皆の衆、スパチャは税である! 毎月収めろ!」
このお触れにコメント欄は一気に盛り上がる。
『すげえのぶっこんできたなw』
『いいのか、そんなこといってw』
『速効で消されない?』
『いくらなんでもそれはない』
戸惑いと笑いと失望が入り交じるカオスな雰囲気。
冗談半分と思われる少額のスパチャや、ちょっとドン引きするくらいの高額スパチャも飛んできて、渚は思わず、
「めちゃくちゃだ……」
と呟くが、魔王にとってはこれくらいの騒ぎ、どうってこと無い。
「しかし我が民、これだけは覚えておくがよい。スパチャは月に一度限り、一円から千円の範囲内とする。それ以上のスパチャを放り込んだものは余剰振り込み罪としてペナルティを加算し、二度三度繰り返せば、無期限の国外追放とする!」
その言葉にほんの一瞬だけ、コメントが止まった。
『なかなか消化に時間がかかるお触れが来たな』
『かえって、そっちの方が治安が良い、ってこと……?』
戸惑う視聴者を前にしてもユリウスは余裕の笑みを浮かべて立っている。
ユリウスはこの配信に際し、数多くの先輩配信者の動画を見まくっていたのだが、時にあり得ない額のスパチャが放り込まれる状況をあまり良いと思っていなかった。
投げ銭というのは配信者にとって大事な運営費であるものの、時に高額すぎるスパチャが様々なトラブルや拒否反応を巻き起こすのもまた事実。
賛否両論ある行為である。
カケルは「いくら払おうとその人の勝手」だと言ったが、かつて大国を支配していたユリウスにとっては、放置しておくとあとでこじれそうな問題だという認識があり、結果、上のような荒々しいお触れになった。
金額と回数に制限をかければ集まる運営費は少額になるけれども、一人に数十万払わせるより、二百万人に十円払ってもらったほうがいいであろう。というのが魔王の考えだった。
つまり、それくらい大勢の登録者を集められるという自負があったわけだが。
そんな魔王の物言いに視聴者は驚いたり、苦笑したり。
『投げ銭を出し過ぎの罪ってどういうことだよw』
『まあ、処理に困るくらい高額のスパチャ喰らうのも嫌だろうし、ここではっきり決めごと作っちゃうのもアリなんじゃないの?』
『なんか魔王なのに優しいな』
ここから、ユリウスを挑発するかのように高額のスパチャが連続して投げつけられたが、ここで魔王はそのポテンシャルを一気に見せつけていく。
「ふふん。リンスプラウトよ。おぬし、すでに三度ルールを犯しておるな。まあ、からかい半分であるから今回の配信では見逃してやるが、次の配信で同じ事をするようであれば覚悟せいよ。あと、シーパスタよ。良い心がけじゃ。おぬしはわしの真意を既に汲み取っておるようじゃの。おぬしのような民がいてわしは誇らしいぞえ」
みな気づき出す。
この魔王、ナイアガラの滝のごとき勢いで流れていくコメントをひとつひとつ、きっちり読んでいる。
コメントに返事をするときは必ずそのプレイヤーの名前を呼ぶし、誰が何回コメントしたかもきっちり記憶している。
プレイヤーがとても喜ぶ「認知」を初回配信からきっちりやってくれているのだ。
『コメント読みが早すぎる……』
『生きるスパコンじゃねえか』
『聖徳太子を越える女だ』
「ほうほう、アンドリューにV008にコールドロックとやら、元をたどれば同一人物のくせに捨て垢作って腐ったコメントを連発しておるのう。あまり意味がないから止めておけ。この配信は酒津も見ておるのだからな。個人情報さらされたくなかったら、もう口を閉じておいたほうが良いぞ」
沸いてくるアンチも直接的な手段で叩き潰していく魔王。
コメント欄が段々と綺麗になっていく。
『この人、凄えぞ』
『魔王だ』
『魔王がラバーナに降り立ったんだ』
初回配信でここまできっちりこなす配信者はなかなかいないだろう。
緊張もしていなければ、変な雰囲気になって空気がぴりつくこともない。
ユリウスはこの場を完全に支配していた。
「さて、我が民よ。ここで宣言しておく。どうやら配信者というものは自らが歌って踊ったりするようじゃが、わしはそんなことせぬぞ。なんで魔王が民のために歌ったり踊ったりするのじゃ、逆じゃろ。お前たちがわしのために歌って踊れ。わしのチャンネルに応募フォームを作っておくから、そこに動画なり音声データなり送るがいい。出来が良いものにはわしが褒めてやる。これ以上の名誉はなかろう」
『そう言われると、その通りな気がする』
『そうだそうだ』
『ユリウスさまが正しいぞ』
『褒めるだけ? それだけ?』
『おい、陛下に失礼なこと言うな』
『そうだ、追放しろ』
だんだん視聴者の様子もおかしくなる中、魔王の初回配信は佳境を迎えていく。
「それではシド、進行せい」
エマニエル夫人が座るような椅子に腰掛けてふんぞり返る魔王。
「あ、はい。それでは記念すべき天空魔国の建国を祝って、宮内庁式部職楽部の皆様によるオリジナル曲、ああ栄光の天空魔国を披露いたします。作曲は生成AIに作らせたジョン・レノンのクローンプログラムです」
『いや、ダメだろその人選』
『倫理観!』
『限りなく黒に近いグレーな作曲者』
『魔王に逆らう奴は出て行け!』
『さすが魔王だ。人選に無駄がない』
というわけで、美しい装束を着た楽部の皆様による、厳かな演奏が始まった。
スタジオの真ん中には舞を踊る人が四人も出てきて、あでやかなに踊りだす。
ユリウスは椅子に腰掛けたままそれを満足げに眺め、指で小さくリズムを刻む。
そして画面の端にはシドとナギサが捨てられた犬のような目をして立っている。
ただそれだけの空間がしばし放送された。
『これはなんだ』
『俺は何を見せられているんだ』
『こんな配信、見た事ねえ』
混乱のコメントもあれば、もう何が起きても魔王を褒めるだけになったコメントもあるし、外国の方にすれば日本独特の文化が見れて、わりと喜んでいる人も多かったりした。
どちらにしろ、一時間で終わる予定が九十分経ってもまた終わらず、同接者数は減るどころか増え続けている。
なんだかすごくシュールな事件が起きているという噂を聞きつけたラバーナの住人が、風雅な演奏に惹きつけられるかのように世界中から集まりだしていた。
そして今回のメインイベントのひとつがついに始まろうとしている。
この配信のために雇っていたスタッフの一人にカケルは指示を出した。
「そろそろだから、法王を連れてきて」
はいよっ、と、走って行く若いスタッフ。
多額の寄付をしたユリウスに法王が直に感謝し、良いことを言ったあと、チャンネル登録よろしくねと言って貰う。
けれど、なにゆえ法王なのかユリウスの基準が不明だが、なんにせよ世界的な有名人がここで生出演したら、バズりを通り越して事件になる。
しかし、ここでアクシデントが起こる。
「まったまったまったぁああ!」
威勢の良いかけ声と共に、思いもよらぬ乱入者が現れた。
「魔王ユリウス! わたしと勝負するのだあああ!」
絶大な人気を誇るアイドル。「日本のヒロイン」とまで呼ばれる有名人、天堂マコトが乱入してきた。
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