第28話 ハプニングの嵐

 乱入してきた天堂マコトを見て、ユリウスはきょとんとした。

 シドもきょとんとした。

 ナギサもきょとんとした。

 彼らがこんなだから、この配信のために雇われた裏方一同もきょとんとした。


 そして天堂マコトまでもが、彼らの反応を見てきょとんとなった。

 

 唯一、宮内庁の皆さんだけが構わず演奏と舞を続けることで、ショー・マスト・ゴー・オン魂を貫いている。


 この真空状態の中、カケルは気づいた。

 三姉妹の誰かにイタズラされたのだ。


 おそらくシドかナギサを装ってテンちゃんに偽のメッセージを送り、場を盛り上げたいから配信に乱入する感じで、途中参加して欲しいと伝えたに違いない。


 面白ければなんだってする生粋のエンターテイナー、天堂マコトであるから、この偽メールにもろ引っ掛かり、本当にやって来てしまったのだろう。


 なんでいんの? と戸惑うユリウス一同。

 そっちが呼んだんじゃないの? と戸惑うテンちゃん。


 誰も何もしない、放送事故寸前の静寂が続くが、事情を何も知らない視聴者は実のところ歓喜していた。


『うおおお、テンちゃん来たああ!』

『やっぱり来たかあああ!』

『かわいああああ!』


 発狂したかと思うほど喜ぶ視聴者もいれば、


『やっぱり天堂と繋がりがあったか』

『サイクロプスのときからコラボしてたわけだ』

『うまくやったなあ』


 などと冷静に分析するコメントもあったが、その数は少数。

 ユリウスとテンちゃんが向かい合う姿を見るだけで狂喜乱舞する視聴者がほとんどだった。

 まさか、この先どうするか誰も考えてないとは思ってもいない。


 それでも真っ先に動いたのはカケルだった。


「ららら乱入者です! 退治しましょう!」


 後先考えないやけっぱちの進行だったが、その無茶ぶりにテンちゃんはすぐ応じた。


「やれるもんならやってみろお! ラバーナのイチバンはこの私なんだ!」


 このいかにもプロレス的な挑発を真に受けたバカ、いや、魔王がいた。


「抜かしおったな小娘が!」


 そもそも理由は不明だが最初からテンちゃんに敵意を燃やしていたりするから、ガチで怒ってしまう。


「わしには見えておる。ずっと前から見えておったぞ! その邪悪な欲深さを!」


 視聴者がおおっと驚くほどの迫真の演技。


「欲しいものは何でも手に入れる。そのためには手段を選ばぬ女。たとえそれが他人の持ち物だったとしても、ためらわず奪う魔性の女! それがお前の正体じゃ! 宝石欲しさに皇帝をたぶらかし世界を火で燃やした王妃タルコーネを凌駕する醜さよ!」


 カケルにしかわからない例えを使うほど取り乱している魔王。


『タルコーネって誰よ』

『設定が凝ってるな』

『オラつき具合もうまい』


 割と好印象。

 今度はテンちゃんのターン。


「だったら勝負しましょう!」


 なにが「だったら」なのかは不明だが、相手がパニック状態にあるのを見て、このままだと変な空気になると察したテンちゃんは巧みに軌道修正してくれる。


「わたしが勝ったら、もう一度シドさんと遊べる! わたしが負けたら、あなたの言うことを何でも聞く……。これでどうよっ!」


「な、なにぃ?!」


 ひっくり返りそうなくらいに驚くユリウス。


 あの女、わしが一番大事にしている男を本当に奪いに来やがった。

 そんな感じの衝撃と怒りでわなわな震えだすユリウス。

 そんなのダメじゃっ、と本音を言いたいところだったが、それだと弱気な魔王だと思われたてしまい、それも嫌なので、


「よかろうっ! 受けて立ってやる!」


 絶対したくない戦いに自ら首を突っ込んでしまう。


「勝負なんかしなくても、一緒に配信するくらいなら別にいいけど?」


 空気の読めないシドをユリウスとテンちゃんは同時に突き飛ばし画面外に追いやった。


 勝負の報酬があまりに貧弱なので盛り上がりに欠けるかと思いきや、言い争いが起こればそれで良かったらしく、


『いきなりの三角関係かよw』

『それにしちゃ、男に魅力がなさ過ぎだ』

『テンちゃんはシドとまたエアーズやりたいって言ってたもんな』

『魔王からすればシドがどうなろうと、どうでもいいし』

『勝負って、何すんの?』

 

 思わぬ掛け合いに喜ぶ視聴者。

 どうしていいのかわからず立ち尽くすシドとナギサ。

 そんな二人に若いスタッフが小声で話しかけてくる。


「あの、ローマ法王が待ってるんですけど」


「あ、そうだった」

 

 カケルは頭をかく。こんな状態で出てこられても困る。


「悪いんだけど、しばらく待っててくれって伝えてくれない?」


 がってんだと走り去るスタッフ。


 その間に、魔王とアイドルの戦いの詳細が決まりつつあった。


「ジョイフルで五番勝負! これでいいよね!」


 ありとあらゆるゲームを世界中のプレイヤーたちとわいわい遊べる、世界で最も大きく安全で楽しい特大ゲームセンターがジョイフルワールドである。

 配信者たちにとって実に扱いやすいコンテンツとしても有名。

 

「それでよかろう! 貴様とはいずれ決着をつけねばならぬと思っていたのじゃ!」


 そもそも、志度カケルに妙に絡んでくる天堂マコトに嫉妬していたのは事実だから、この際、大勢の視聴者が見ている前で、徹底的に潰してやろうという気になっていた。


 一方、ジョイフルという言葉にスタッフは慌てだし、カケルに詰め寄る。


「あのう、いきなり配信場所を変えられても用意が……」


「ですよね……」


「視聴者に勝負の内容が見えるように設定を弄る必要があるし、配信専用の開いているサーバーにアクセスするだけでそこそこの時間が……」


「う……」


「進行無視してアドリブかまされても……」


「すいません。申し訳ない」


 こういうとき謝るのはいつもカケルである。

 異世界にいたときからそうだった。

 

 こうなると、いつもどおり魔王にちかづき、ごにょごにょ耳打ちする。


「設定変更とかで時間がかかるらしいんだけど、その間の穴埋めどうする?」


「むっ」


 来たる決闘に集中を高ぶらせていたのに、つまらないことで絡んできたカケルに若干イライラする魔王。


「そんなもの、ローマがいたじゃろ。あやつに適当にいいこと話させて時間を潰せい」


「あっそうか」


 早速、例の若いスタッフを呼びつけるが、


「のどが渇いたって、スタバに行っちゃいましたけど……」


 この一言に魔王は大いに腹を立てた。


「なんじゃとぉ!? あのバカローマ! このわしの記念すべき初回配信の真っ最中に離席するなど、なんと不真面目なやつじゃ! 後で手打ちにしてくれる!」


 分別ある大人たちが一斉に魔王の口を塞いだので、これ以上の被害は防げたが、妙な待ち時間ができてしまったのも事実で、


『どうした?』

『何があった?』

『トラブル?』

『ローマってなんだ?』

『まさか、ジョイフルに行く予定元々なかった?』


 クエスチョンマークの雨あられ状態。

 そんな浮ついた状態に助け舟を出したのはテンちゃんだった。


 スタッフの中心人物に、あるデータが入ったメモリーカードをさっと投げ渡す。

 テンちゃんが所属しているアイドルグループが昨日発表したばかりの最新シングル、そのPVであった。

 自分たちのチャンネルでも発表していない出来たてほやほやの最新映像をここで披露しましょうというわけだ。


 これで一気に問題解決だと喜ぶスタッフ。


 ジョイフルの五番勝負が始まるまでの数分間、超人気アイドルグループの最新映像をたっぷり楽しめる。

 視聴者は大喜びだし、テンちゃんと魔王の勝負の行方にも期待を膨らませた。


 天堂マコトは頭が良いことでも有名で、クイズ番組の生涯獲得賞金がすでに一千万を越えているという噂もある。


 どんなゲームをしたとしてもテンちゃんにユリウスが勝てるとは思えない。

 しかし、たった一度の配信でありながらユリウスはその類いまれな能力を発揮して視聴者の度肝を抜いている。

 もしやして魔王がテンちゃんに一矢報いる可能性もあるのでは?

 

 いずれにせよ、なかなか見ごたえのあるゲームバトルが始まりそう。

 最初から仕組まれたプロレス配信だとしても、楽しそうでいいじゃないかと、ワクワクで視聴者が更に増え続ける。


「なんか、すごいことになってきた……」

 

 桐生渚が怖くなって逃げ出したくなるほど大勢の視聴者が世界中から集まっていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る