第29話 ヘルタースケルターで行こう
魔王ユリウスの初回配信。
桐生渚が作り上げた会心のキャラクターで視聴者の心を鷲掴みにすると、ユリウスの魔王キャラも大いに受け、多少のアクシデントはありつつも、天堂マコトの乱入が更に盛り上がりに輪をかけ、テンちゃんとユリウスのバトルを前に、配信の熱気はいよいよ最高潮を迎えようとしている。
そんななか、志度カケルは若干の不安を覚えていた。
彼はただ一人、この戦いでユリウスが大勝ちすると確信していたからだ。
いくらテンちゃんがすごいアイドルでもユリウスに勝てるはずがない。
地球よりもっと大きな異世界のすべてを、ユリウスはその才覚で手に入れた。
大げさでもなんでもなく、ナポレオンやアレクサンダー大王、チンギスハンに匹敵する指導者だと考えている。
ありとあらゆる分野に精通する知識と知恵、判断力に洞察力、どんな事が起きても動じないタフさと、追い詰められた状況を一気に覆すひらめき。
勝利に必要な要素すべてで、ユリウスはテンちゃんを上回っている。
カケルが案じていたのは、なぜかテンちゃんに敵意を剥き出しにする魔王が手加減無しで勝ちまくって、再起不能になるくらいの精神的ダメージをテンちゃんに与えたりしないかということだった。
ユリウスならやりかねない。
それが何よりも心配だったが、もう勝負は始まってしまっている。
誰もが知ってるゲーム、五番勝負。
第一戦目は……、
「始めましょう! 魂のオセロ!」
テンちゃんは気分が高ぶってくるとなんにでも「魂」を付けるクセがあるので、
『おお、テンちゃんは本気だぞ』
『そんなにシドとコラボしたかったのか』
『勝負事になるとテンちゃんはもうアイドルじゃなくなるぜ』
固唾を呑んで勝負を見守る視聴者。
俺たちのアイドルがおっさんと遊びたいなんて言い出したら嫌な感じになるファンも多いと思いきや、シドというおっさんにあまりにも男臭さがないため、だれも不快にならない。
「よかろう! オセロはリバーシとも言うがルールは基本かわらんのじゃ!」
ユリウスは気分が高ぶってくると無駄な知識を言葉にしがちになる。
そんなこんなで誰もが知ってる、誰もが盛り上がれる、定番中の定番であるボードゲームが始まった。
二人の戦いは、いわゆる「指示厨」が一人も現れないほどの好勝負となった。
双方、まるでミスをしない。
定石から外れてもすぐに軌道修正するといった、視聴者が惚れ惚れするほどの見事な戦いであった。
『テンちゃんに真っ向から張り合ってる』
『やっぱり魔王は凄かった、ってこと?』
魔王がここまでテンちゃんと渡り合えるとは誰も考えていなかったようだが、カケルだけはわかっている。
ユリウスは様子を見ている。
簡単に倒せるはずなのに、あえて接戦に持ち込むことで、テンちゃんの戦い方、思考の流れや手癖を見極めるつもりなのだろう。
魔王は常に言っていたものだ。
「戦いの喜びはな、相手がこれで勝ったと確信したその時に、すべてをひっくり返すその瞬間が良いのじゃ」
五番勝負なのだから三連勝すればいいと、さっさと勝負を終わらせるつもりなど微塵もないはずだ。
おそらくオセロではあえて負ける。
次の花札でも接戦の上で負けるに違いない。
そこから怒濤の三連勝で大逆転をかっさらって、爆発的に盛り上げて、テンちゃんが立ち直れないくらいの罵詈雑言を浴びせ、視聴者がドン引きするくらいの高笑いで配信は終わる。
それが魔王ユリウスのやり方なのだ。
ああ可哀想な天堂さん……と、一人嘆いていたら、
「やった、三連勝! わたしのかちぃ!」
テンちゃん、大はしゃぎ。
「あれ?……」
驚きすぎてアホ面全開のシド
天ちゃんの二連勝のあと、続く三戦目、あまりに有名なトランプゲーム、神経衰弱。
先手のテンちゃんが、いきなり全部的中させ、魔王のターンがくる前に勝負が終わってしまうという奇跡のムーブを見せつける。
これには誰もがびっくり。
桐生渚が目をまん丸にして、
「す、すごい……」
と呟けば、裏方のスタッフたちまで
「おいおい、まじかよ……」
ざわざわと呟き、果てはさっきから場違いな演奏と踊りを続けていた宮内庁の皆さんまで動きを止めてしまう。
とはいえ一番驚いたのはユリウスであろう。
「そ、そんな馬鹿な……」
自分の番が来ないうちに負けてしまったら、どうにもならない。
「信じらんない、こんなのはじめて~!」
ピョンピョン跳びはねて喜ぶテンちゃんは本当に可愛かったが、
『嘘だろw』
『神経衰弱、いきなり全当てってw』
『とんでもないの見た』
『いくらなんでもさすがにおかしいってw』
これには視聴者も半信半疑。
いくらテンちゃんが「奇跡を呼ぶアイドル」だったとしてもだ。
「あ、ありえぬ!」
さっきまで椅子にふんぞり返って、負けているのに妙に偉そうだった魔王であるが、ここにきて慌てだす。
「ふ、不正じゃ! 神経衰弱をノーミスでクリアなど……、ありえぬぞ!」
無いわけではないが確率にするととんでもないことになるだろう。
それをテンちゃんは五十万の視聴者が見ているまえでやっちゃったのである。
この展開に視聴者は魔王に同情的。
『不正って言うより、バグじゃないかなあ』
『さすがにこれで負けは可哀相』
『スタッフにテンちゃんのファンがいて、何か細工したんじゃ?』
この妙に浮ついた空気を察していたテンちゃん。
なにより面白さを優先する生粋のエンターテイナーはそもそも勝負にこだわりがないので、
「じゃあ、次の勝負で決着付けましょうか。配信者って言ったら、やっぱりこのゲームは外せないからね……」
『まさか!』
『あれをやるのか』
『やらなきゃいかんでしょ』
「いきましょう! 魂の五目並べ!」
囲碁の道具を用いて、盤上で交互に石を置き、自らの石を先に五つ並べきったプレイヤーが勝つ、最も単純で、だからこそ盛り上がるゲームである。
ほとんどの敗因が「自分の見落とし」であることが多いので、配信すると異常に盛り上がる、取れ高が高いゲームとしても有名だ。
頭脳的なゲームをそれほど得意としていない配信者がやればミスを連発することで「おもしろおかしい配信」になるし、ゲームが得意な配信者が手を出せば、視聴者が息を呑むほどの緊迫した戦いにもなる。
それでいて案外すぐ終わるから、なんどもプレイできる。
ここまで配信向けなゲームはそうそうないかもしれない。
「よ、よかろう! 受けて立ってやる!」
三連敗した人間が受けて立ってどうするというツッコミもあるが、ユリウスにはプライドがある。
憎むべきテンちゃんに情けをかけられた時点でかなり悔しいはずだ。
割と潔癖な性格ゆえ、本来なら負けを認めてさっさとその場を後にして、誰もいないところで一人悔しがるのだが、
「負けるわけにはいかんのじゃ!」
なにせテンちゃんの勝利条件が「シド」なのだから、絶対に渡したくない。
もう一度コラボしたいだけと言っておるが貪欲な女ゆえ、きっと借りパクするに違いないと、勝手に被害妄想を膨らませている。
彼女にとっては絶対に負けられない戦いになっちゃっているのだ。
とまあ、あまりに興奮しているので、
「五目並べはなあ、日本の作家が明治に流行らせたのじゃ!」
と、しないでもいいトリビアを叫び、
「三手で蹴りをつけちゃる!」
と、絶対不可能なことまで口走る始末。
じゃんけんの結果、先手は魔王ユリウス。
両者はたかが、じゃんけんだけで異常に盛り上がった。
結果はユリウスの勝ち。つまり魔王が先手。
「しゃあああああっ!」
髪を振り乱してヘドバン歓喜の魔王。
「うわあああ、まけたあああっ……」
髪をくしゃくしゃにして悶えるテンちゃん。
それだけで「可愛い」というコメントが大量に飛び交うが、
「順番決めただけでなんでそんな喜ぶ?」
首をかしげるカケルだが、ナギサにはわかっている。
「五目並べって、お互いが最善の手を出し続けちゃうと、先手が必ず勝つんですよ」
「あ、そうなの?」
「二人ともそれがわかってるから、あんなになるんです」
ここまで配信が続くと、ナギサの緊張もほどけてきたらしい。
「それよりシドさん、困ったことが」
「は? まだなにかある?」
「大リーガー小谷翔平選手サイドから、いつになったらコメント動画を流すんだってクレームの電話が……」
そういや、それもあった。
「配信見てるのかよ……。野球だけしてりゃ良いのに、めんどくさい奴だなあ」
「そういうのは声に出しちゃダメです。あと、ローマ法王もそろそろスタバから戻ってきますって連絡が……」
「ローマもまためんどくさいなあ……。嘘ついて帰ってもらおうか」
「だからそういうこと……」
不毛なやり取りを続けていると、突然観客の叫びが爆発のようにステージを揺らした。
テンちゃんが死闘の果てに、ユリウスに勝利したのである。
「かったあああああ! ダメかと思ったああああ!」
声が震えるほど喜ぶテンちゃん。
一方、ユリウスは碁盤を見て呆気にとられている。
「なんじゃと……、このわしが……」
視聴者も大盛り上がりだ。
『うわあ、まさかのテンちゃん、大逆転』
『魔王、あり得ないミスしたな』
『なんであれを見落としちゃったんだろ』
『絶対、ユリウスが勝つと思ってたよ』
『テンちゃんずっと守ってただけだもんなあ』
そう、ユリウスはミスをした。
四つ並んだテンちゃんの石。
自分の石でフタをすればいいだけなのに見落としてしまった。
あまりにも不用意なミス。
あれだけ無駄のない攻めを続けていた魔王なのに、なんであんな初歩的なミスを犯すのか。
「む?」
心眼スキルを持つカケルはようやく気づいたのである。
何かおかしい。
ユリウスではなく、テンちゃんの中に得体の知れない輝きがある。
見たことのない変なスキルが、天堂マコトのアバターに埋め込まれている。
その名も「主人公」
効果は「魔王の順応スキルを持つプレイヤーに必ず勝つことができる」
「こ、これは……」
いつからこんな凄いスキルがあったのかわからないが、誰がやったのかについては簡単に答えに辿り着く。
「三姉妹か……」
呆れかえるカケル。
そんな中、魔王の必死の叫びがこだました。
「もう一回じゃ! もう一回頼む!」
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