第30話 主人公と魔王

 魔王は、王として君臨するために必要なすべての要素に対し、圧倒的かつ絶対的な能力を持つもののみが自称することを許される最強の資格である。

 

 圧倒的なパワーで歯向かう者をねじ伏せ、死を覚悟させるほどの絶望感を叩きつける。

 ゆえに魔王は最強でなくてはならない。

 

 しかしここで重要な事実を覚えておくべきだ。

 魔王には決定的な弱点があるということを。


 魔王は必ず負ける。


 どんな物語においても最後の最後で必ず倒れる。

 多少の例外はあれど、ほとんどの物語で魔王の死はクライマックスとなる。


 どんな物語にも必ず存在する「主人公」に魔王は敗北する。

 どんなことがあっても「主人公」に魔王は勝てないのだ。


 ラバーナのなかで「主人公」という謎のスキルを、自分でも気づかぬうちに埋め込まれた天堂マコトは、魔王との戦いで永遠に勝ち続けることが確定になった。

 もちろん今日の勝負においてもそれは当てはまる。

 またしても五目並べてユリウスをねじ伏せた両手を掲げて歓喜の雄叫びを上げるのだ。


「やったー! にれんしょー!」


「し、しまった……!」


 またしてもあり得ないミスで負ける魔王。


「なぜじゃ……。指が勝手に動く。眼が大事なモノを見落とす……。わしのような完璧な存在が、なぜこんなミスを……」


 仕方ないのだ。

 このラバーナで戦い続ける限り、ユリウスはテンちゃんに勝てない。

 もう一度言うが、ラバーナにおいて天堂マコトは「主人公」なのだから。


 とはいえ、それを理解しているのは志度カケルただ一人。

 ユリウスにとってはただただイライラが募るだけ。


「むきいいいいいっ!」


 悲鳴を上げながら身もだえしだす魔王を見てカケルは渋い顔になる。


「これは良くない兆候だ」


 その焦りをナギサは理解できない。


「ダメですか? 王馬さんは悔しいだろうけど、面白いし盛り上がってるし」


 確かにバズリ度でいったら今が一番凄いけれども。


「いや〜、あいつこういう状況に慣れてないから、負けがこむとおかしくなるんだ。最初は体が痒くなって……」

 

 その言葉通り、体中をかきむしりながら泣きの三度目をプレイ中の魔王。


「ほんとだ。手が忙しそう……」


「大変なのはここからでね」


 三度目の負けが確定するや、魔王はいわゆる台パンをした。


「もうヤダ! こんなのやだ、やだやだ! おうちかえる!」


「幼児化しちゃうんだよね……」


「……へ、へえ」


 クルッとカメラに背を向けて必死で笑いをこらえるナギサ。


「もういっかい! もういっかいやるっ!」

 

 思いも寄らないリアクションを見せた魔王にギャップ萌えを感じた視聴者は大いに喜び、可愛いというコメントが滝のように流れていく。


 この狂喜乱舞をテンちゃんは好機と見た。

 

 もっとよ、もっとなのよ!

 最高に盛り上がらなきゃダメなのよ!


 そう考える天性のエンターテイナーは、あえて傲慢に笑って魔王を挑発する。


「ふっふーん、ユリちゃぁん、もう一回するぅ? 何度でも受けて立つよぅ? まぁ、何度やったって勝てないと思うけどおおおおおおお?」


「ぐぎぃいいいいっ! やるっ! 勝つまでやるっ!」


 こうして五目並べの無限地獄が始まる。


 何回やっても勝てない。

 追い込んだと思っても、しょうもないミスの繰り返し。

 そのたびに魔王は駄々っ子のように叫び、視聴者はほっこりする。


 五目並べが単純明快なので、誰が見てもどういう状況かわかるから、接戦を繰り広げても盛り上がるし、ありえない見落としをしても結局みんな笑っちゃう。

 

 さらに、あえてヒール役に徹するテンちゃんのあからさまな煽りっぷりも段々おかしくなってきて、


「は~い、どうしまちゅう? もういっかいやるぅ?」


 赤ん坊をあやすお母さんみたいになるし、


「やるっ! やるぅ! やるぅぅ!」


 魔王の幼児化もさらにエスカレートしていった。


 テンちゃんの乱入から五番勝負が始まる時点で、それなりの盛り上がりを見せて、もうこれ以上はないだろうと誰もが考えていたところを、ユリウスの駄々っ子モード発動でさらに越えてきて、まるでサッカー日本代表がワールドカップで優勝したぐらいの熱気が出てきた。


 その熱気がさらに人を吸い寄せる。


 しかし、その裏側では大きなトラブルが二つ同時に発生していた。


 スタッフが顔面蒼白状態でシドにすがる。


「ローマ法王がまだですかって……」


「うう……」


「このまま待たせたら東京がソドムとゴモラみたいになるって法王が冗談言ってますけど」


「笑えないジョークだ……」


「小谷翔平サイドもいつになったらコメント動画が流れるんだと……」


「ううう……」


「本人がアメリカの自宅にあるパソコンの前で無言で本気の素振りしはじめたから、このままだと大陸が二つに割れるって……」


「小谷選手ならできるな……」


 スタッフやナギサの「何とかして」という無言の訴えがカケルに全集中する。


 配信終了まで、あと十分程度しか残っていない。

 

 三時間過ぎればラバーナの規則により、配信は強制終了となる。

 配信自体は盛り上がっているし、このままテンちゃんとユリウスのバトルをギリギリまで流しても問題はないだろう。

 しかし、それではゲストの出番はなくなる。


 二人の大物ゲストがないがしろにされたことに怒って配信終了後に公にクレームでも出してきたら、ユリウスを非難する声も出てくるだろう。

 さらに貴重な時間を失ったと裁判にでも持ち込まれたら、多分勝てない。


 魔王ここにありと思わせるためにはインパクトが必要だとユリウスが独断で決めたオファーだが、テンちゃんが来るとわかっていたら呼ばなかっただろう。

 今さら言ってもしょうがないけれど。


「じゃあ、こうしよう。小谷選手のコメントを流しつつ、ワイプを作って五目並べはそっちで映す。昔の芸能人水泳大会みたいな感じだ」


 例えが古すぎてピンと来た人は余りいないようだが、わかる人はわかったらしく、彼らを中心に裏方衆が一斉に動き出す。


 ではせっかく来日したのに地下駐車場で二時間半以上待ちぼうけを食らっている可哀相な法王はどうするか。

 とてつもない大物なのにここまで待ってくれているだけ奇跡みたいなもんだが、


「ナギサちゃん。お願いがあるんだ」


 カケルはごにょごにょと思いついた策をナギサに告げる。

 それは実に大胆な案で、アーティスト桐生渚の創作意欲をビンビンに刺激するものだった。


「やってみます!」

 

 だっと駆け出すナギサ。

 そのあとを見守りながら、カケルは溜息を吐いた。


「頼むから無事で終わってくれ……」


 もう今の時点でちっとも無事じゃない気がするが、信じられないことに、この配信はさらにもう一段、悪い方向に行ってしまうのだった。


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