第31話 サフラゲットシティな感じ
魔王ユリウスの配信もいよいよ佳境を迎えようとしている。
何度やっても勝てない五目並べ。
高笑いが止まらないテンちゃん。
負ける度に悲鳴を上げるユリウス。
そんな悲鳴を浴びて「ありがたや」と拝む魔王の信者と化した視聴者たち。
あえんびえんな状態が続く中、突然画面が切り替わる。
『みなさん、こんにちは。大リーガー、小谷翔平です』
何の脈絡もなくいきなり出てくる有名人。
所属するチームのユニフォームを着て、バットを肩に担いでいる。
首をかしげる視聴者。口をぽかんと開ける人らも大勢いたことだろう。
『なぜ』
『なにゆえ』
クエスチョンマークが乱れ飛ぶが、録画なので問答無用で映像は流れていく。
『魔王ユリウスさん。デビュー配信、おめでとうございます』
世界的スターのサプライズ出演でユリウスの凄さをアピールする意図だったが、魔王は今、スターを歓迎する精神状態ではなかった。
「でゃまれ、この偽善者! 聖人の振りをした悪魔め!」
これはあくまでテンちゃんに向かって言っている。
テンちゃんの、頭を下げたらもう一回勝負してあげるけど~? という挑発に苛立って怒鳴っただけなのだが、小谷選手のコメントと五目並べの乱戦が同時中継されていることでなんかおかしなことになってしまう。
『ユリウスさんの、皆を元気にするためなら何でもするという熱い想いに、僕はとても共感を覚えています』
「うるさい! 今度こそ貴様を徹底的に叩きのめし、血の海に沈めて息ができないようにしちゃる! 地獄じゃ! 地獄を見せてやるぞ!」
もう一度言うが、これはテンちゃんに言っている。
『僕は野球で、そしてユリウスさんは配信で。それぞれのやり方は違うけれどゴールは同じ。みんなをワクワクさせること、みんなを笑顔にすること』
「はっ、何を偉そうに。貴様にできることなんざ、何一つないわ、おごるな!」
何度でも言うが、これはテンちゃんに向けて怒鳴っている。
『世界には今も戦争や災害で苦しんでいる人たちが大勢いる。一人の力でやれることには限りがあるのはわかっています。だけど、僕やユリウスさんがみなの手と手を繋ぐことができれば、きっと沢山の苦しみを打ち消すことができる……』
「いくさじゃ! これはいくさじゃ! もはや避けられぬ。偉大なる戦争じゃ。貴様の首を切り落とし、次の配信でその首を画面の隅に置いておくから覚悟せいよ!」
そこまで言っても、結局勝てない。
『小谷選手、こんなのによくコメント出してくれたな』
『たまたま最悪な形になってる』
『コメント流すタイミングが悪すぎるんよ』
合間に割って入る魔王の暴言を抜けば、凄く良いこと言っていた小谷選手のコメントは無事終了。
一方、五目並べは魔王の十連敗。
とうとう魔王は叫んだ。
「カケルっ! カケルうっ!」
シドの本名をぶちかます魔王だが、今さらそんなことで動揺する志度カケルでもない。
「はいはい、どうしました?」
「あいつきらいっ! あいつやだっ!」
天ちゃんを指さしながらとうとう涙声になる始末の魔王。
「はいはい、わかりました。そろそろ終わりにしましょう、見ている人に挨拶してください。ありがとうって」
優しく魔王の肩を叩くシド。
『カケルって言うのかよw』
『名前出しちゃったけどw』
『魔王の秘書って言ってたけど、あれじゃ子守りだよ』
「いやだ、まだ終わんないっ! あいつが勝ったらシドが行っちゃう! そんなのやだ! カケルが行くの、やなの!」
そんなのいやいやと足をジタバタさせる魔王。
「一度、コラボするだけなんだから、いいじゃないですかそれくらい」
シドはあくまでも冷静だが、テンちゃんは少々やりすぎたと後悔しているようで、
「そうだよそうだよ。ユリちゃんも一緒に遊ぼう? それでいいよね?」
「……」
ユリウスはテンちゃんをじいっと見つめたあと、
「それならいい」
と一言。
可愛いと乱れ飛ぶコメント。
カケルはパンッと手を叩いた。
「ではこれで配信終了です! また次回をお楽しみに~」
『おつかれ~』
『ユリちゃん、テンちゃん最高だったわ』
『テンちゃんに可愛さで対抗できるとは恐ろしい魔王だ』
『初回配信から最高の出来だろ』
もう誰も勝負の結果なんて気にしていない。
魔王もテンちゃんも可愛くて面白かった。
それだけである。
『ああ、死ぬほど笑った』
『ひどかったな。良い意味で』
『一番の被害者は小谷選手』
『ナギサちゃんどこ行った』
『ってか、宙づりされてるあの爺さんだれよ』
最後のコメントでみな気づき出す。
五目並べの勝負の最中、上の方でずっとローマ法王が宙づりになって左に行ったり右に行ったりしていた。
両手を広げて、ずっと良いこと言っていた。
誰も気づいていなかったけれど。
実際はスタジオの中で立って話していただけだが、なにせメタバースなので、ナギサとスタッフたちが大急ぎで宙乗りをしているような合成映像を作り上げたのである。
全く意味不明な老人の宙乗りに視聴者は驚くばかりだ。
『イタリア人が飛んでるぞ!』
『誰だよ、あの人!』
『優しそうな爺さんが笑顔で浮いてる!』
『もしかしたら、あの方……』
しかしここで配信は終わった。
時間制限で強制終了したのである。
後に伝説というか、神がかり的な黒歴史になる、魔王ユリウスの初回配信はこうして終わった。
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