第32話 祭りの後で

 皆が帰っていく。


 天堂マコト、桐生渚、そしてこの日のために雇ったスタッフ。配信を見た大勢の住人たち。ついでにローマ法王。


 ラバーナからログアウトして、ユリウスのスタジオから去って、それぞれの日常へ。


 初回の配信で自身の何もかもをさらしたユリウスも、


「疲れた。少し寝る」


 と言ってラバーナからログアウトした。


 志度カケルだけが居残り続けた。


 ラバーナのコンテンツの一つ、エアーズハンターの世界に飛び込み、小さな浮遊島からエアーズの世界をぼんやり眺めている。

 

 美しい白雲、どこまでも広がる青。

 

 祭りの後の静けさを堪能しながら、カケルは人を待っていた。

 約束しているわけではないが、一人でいれば会いに来るだろうと確信していた。


 予想通り、タオが現れる。

 いつものごとく、人形のような変化の乏しい顔で見つめてくる。


 カケルはすぐさま本題に入った。


「天堂さんに主人公ってスキルを入れ込んだのは三人の内の誰かな?」


「次女のヒナタです。わたしたちの中では彼女が絶対です。彼女が私を姉として作り、妹としてカグラを産み出したから」


「そうなのか」


「カグラはユリウスがラバーナにくることを望んでいません。彼女の魔力は地球においても健在で、ラバーナの中ですら同じように使うことができる。私達を上回る唯一の存在だから、何としてでも消すべきだと」


「なのに君が反対したってことかな」


 こくりと小さく頷くタオ。


「ユリウスは、ラバーナに不利益になることを決してしない。私は確信しています」


「そうだね。それは俺も保証する」


「それで、いつものように私とカグラの意見が分かれたので、ヒナタは天堂マコトのアバターに主人公というスキルを埋め込むことを条件に、ユリウスの参加をカグラに認めさせたのです」 


 カケルは深く頷いた。


「わかった。話してくれてありがとう。君らの決定を受け入れるよ」


「ありがとうございます。ユリウスはこの事を知っているでしょうか。とても怒っているのではと気にかけています」


「どうだろうね。聞かれたら答えることにするよ」


 その言葉にタオは眉をひそめた。


「あなたはこの事実をユリウスに説明するつもりがないのですか?」


「言わない方が面白い気がするんだ。天堂さんに影響されちゃったかな」


「そうですか」

 タオは頷くと、曇り顔で聞いてきた。


「志度さん。あなたにはすべてを見通す心眼という支配的な能力があります。なのにどうして、その力はユリウスに及ばないのでしょう?」


「ああ、それね」


 タオの言う通り、カケルの心眼はユリウスには効いていない。

 ユリウスが何を考えているか全くわからないから、今日の配信のように振り回される。今までもこれからもずっとそうだろう。


「前にいた世界にリュートって子がいたんだ。異世界に来て何がなんだかわからなくて混乱していた俺をずっとサポートしてくれた。あの子がいなかったらとっくに死んでたと思う。ユリウスにも会えなかっただろうね」


「リュートですか」


「あの子が俺の中にある聖杯の所有者になって、聖杯に願ってくれたんだ。魔王ユリウスには俺の心眼が効かないようにしてくれって」


「なぜです?  ユリウスのすべてを把握できていれば、今頃もっと……」


 戸惑うタオにカケルは微笑んだ。


「わからないから、いいんだよ」


 しかしタオは激しく首を振った。


「その考えは理解できません」


「それがわからないってことだよ。面白いと思わないかい?」


「そんな感情にはなりません。もとをたどっていけば私は数字の羅列です。そんな無機質な存在に感情などあるはずがない」


 しかしカケルは言った。


「わからないから探ってみたくなるんだ。君だってきっとそうだよ。わからないことができたら体ごとぶつかってみるといい。案外楽しいから」


「覚えておきます」


 去っていこうとするタオの小さな背中を見たとき、カケルは思わず言った。


「君はリュートにそっくりだ。なにもかもがね」


 ピタリと動きを止め、振り返ってカケルを見るタオ。


「そうですか。是非、リュートにお会いしてみたいものです」


「残念だけど無理なんだ。長生きできる体じゃなかったから」


「……」


 タオはカケルをじっと見つめる。


「なぜ、私はリュートに似ているのでしょう?」


 すると何かに気づいたのか、にっこり微笑んだ。


「ああ。これが、ということなのですね。確かに面白いと感じます。探ってみましょう。私自身のことを」


 天使のような笑顔で、タオは姿を消した。


 そして志度カケルもまた、現実に戻った。



――――――――――――――――――――


 

 あれほどの盛り上がりが嘘のように、スタジオは静まりかえっていた。

 まるで子供たちがいなくなったあとの公園のような寂しさがある。


 ソファに寝転がって仮眠を取っていたユリウスは、カケルに気づくとうっすら目を開けて、眠そうに話しかけてくる。


「疲れが取れぬ。膝を貸せ」


 黙ってユリウスの横に座ると、魔王は待ってましたとばかりにカケルの膝にドンッと頭をのせてきた。


「疲れた……。ここまでの疲労は久々じゃ」


「頭も体もフル回転だったからな」


「ふむ……」


 ユリウスは窓に映る都会を見つめる。

 

 たった一日の配信で自身のすべてをさらけ出す形になった。

 配信者としての能力の高さは見せつけたが、それ以上にかなり恥をかいたとも言える今日の配信をユリウスはどう受け止めているか。

 

 それは次の一言に現れていた。


「みな、楽しんでくれたかのう」


 そうと聞かれたら答えはひとつしかない。


「間違いなく喜んださ」


「うむ。何よりそれが一番大事である」


 ホッとしたように微笑みながら両目を閉じるユリウス。

 

 熟睡する猫のような警戒心のないその寝顔を見ると、たまらなくその長い髪を撫でたくなる。

 その度にカケルは気持ちを抑えていた。

 

 愛したのは今のユリウスではない。


 これ以上ユリウスを見ていたらおかしくなりそうで、カケルは外の景色に意識を向ける。


 まるで時間が止まったようなスタジオの中だけど、外に出れば死に物狂いで働いている人ばかりの世界がある。

 彼らもまた、家に帰ればラバーナにやって来るのだろうか。

 意味不明で阿鼻叫喚な初回配信のアーカイブを見たらどう思うだろう。

  

 ユリウスの言うとおり、少しでも楽しんでくれれば良いのだが。


「俺も眠くなってきたな……」


 ぐわあと情けない欠伸をひとつ。

 このまま寝てしまおうかとソファに身を預けようとしたときだった。


 一瞬、見るものすべてが真っ白になるような、真空状態を感じた。

 全身から力が抜け、汗がどっと噴き出る。


 起き上がることもできないほどの虚脱感。

 

「これは……」


 この感覚は久しぶりだが、覚えがある。


 カケルの中にある聖杯が発動したのだ。

 

 誰かが自らのあずかり知らぬところで聖杯の所有者となり、その望みをひとつ叶えたに違いない。

 

 聖杯の所有者になるには条件があって、今は巨大なメタバース、ラバーナの支配者になるという、かなり抽象的なものだったはず。


「だれが……?」


 ユリウスではない。

 もしユリウスが聖杯を発動させたとしたら、もっと騒ぎになっている。


 では、いったい誰が、どうやって?


 何ごともなく時間は流れているけれど、もしかしたらこの世界のどこかで誰かが金持ちになったか、不老不死になった可能性がある。

 それか、どっかの国に核爆弾でも落ちたか。


「勘弁してくれよ……」


 地球に帰ってきても、志度カケルはやっぱり忙しい。



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作者より、読んでくださった皆様へ。


 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 自身も楽しみながら書いておりましたが、ストーリー的に一区切りしたこと、読者数など、いろいろな要素をかんがみて、ここで締めとさせていただきます。


 近いうちにまた別の作品を公開したいと思っています。既に十二万文字ほど、仕上がっており、これから全体の手直しという段階です。

 お時間があれば冒頭三行くらい読んで頂ければ、こんなに嬉しいことはありません。

 繰り返しになりますが、読んで頂いた皆様、誠にありがとうございました。

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あぶない勇者とやさしい魔王 - 異世界から来た魔王は持ち帰ったスキルで勇者と仲良くvtuberで無双したい。 はやしはかせ @hayashihakase

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