第18話 追求

 満を持して桐生渚に話しかける魔王ユリウス。


 ラバーナにルブランとしてアクセスしている桐生渚に、ログインしないで直接脳内に話しかけるという魔法仕掛けの荒技で出だしから相手を圧倒させ、さらにその話の中身でも相手をねじ伏せていく。


『おぬしを見ておると、わしの駆け出しの頃を思い出す。何をやるにもまっとうに評価されんかった。理由はいくつかある。まず女であること。もひとつは美しすぎて有能であることに気づかれなかったこと。そして、そのせいで妬みを買ったことじゃな』


「……は、はぁ」


 声しか聞こえてこないのに凄まじい自信があふれ出してくるから、ただただ圧倒されるだけの桐生渚。


『おぬしも随分と苦しい思いをしているようじゃな。言葉にせずともわかるぞ。なぜか聞きたいか? わしが優秀だからじゃ』


「は、はぁ」


『時に娘よ。おぬしが己を偽り、この場で行儀の良くない商いを続けるのはなぜじゃ。答えずとも良い。わしにはわかるぞ。齢や容姿にとらわれず、作ったものだけで純粋に評価して欲しいから。そうじゃろう? うむ』


「……あ、ええっと」


 いきなりそんな事言われても整理ができないが、社長はぐいぐい話を進めてしまう。自分が間違っているとは絶対感じていないようだし、事実、社長の言葉は結構刺さってもいる。


『その態度。素直でよろしい。しかし惜しいかな! その狙いは少々ぶれておる! なぜか聞きたいか?』


「ええっと」


『ならば教えてやろう! おぬしの今のやり方では真っ当に評価などされぬ! おぬしはその腕とプライドゆえ、自らをダヴィンチや北斎、あるいはターナーやベラスケスに匹敵する画家だと思われたいのであろうが!』


「あ、いえ、そんな凄い人とは別に」


 恐ろしいこといわないでくれと首をぶんぶん振って拒絶するけれど。


『遠慮するでない! それくらい自分を高めておかんとわしのようにはなれぬぞ! なりたいであろう、わしのような至高の存在に!』


「あ、はい」


『しかしのう。今のやり方では誰もがおぬしのことをこう思うだけじゃ。出来のいい武器をタダ同然で放り出すトンチキなプレイヤーじゃと』


「うっ!」


 この言葉は結構効いた。

 その通りだと思った。


『では聞こう。今のやり方でおぬしは満足しておるのか? 表と裏の顔を使い分け、さらに理想の自分に近づけるためにラバーナでルブランと名乗る。己を三つに分けることでおぬしがなりたい存在に近づけるか? どうじゃ? 答えるのじゃ!』


 なんか急に怒られているような気になってきた。


「ううっ!」


 画家になれると甘い言葉に引っかかって汚い大人に振り回されてきた反動で、今の自分がそこそこの反抗期だとは自覚している。

 ゆえに自分のやっていることで周囲の大人から、ああだこうだ言われたことは何度もあるが、そのどれも突っ放してきた。

 自分のやりたいことをやって何が悪いと生意気であり続けた。


 大人の言うことなんか絶対に聞くもんかと尖ってきたのに、なぜかこの女社長を前にすると、いともたやすく自分が揺らぐ。


 ドラマや映画で大人の熱い説得に簡単に墜ちる若い奴らをさんざ嘲笑ってきたのに、なぜだろう、この女社長の話が妙に胸に迫ってしまう。


 どうして。

 そもそもなんであんな変な言葉遣いなのか。

 よくわからないがそのせいで必要以上に圧を感じる。

 

「わたしは……」


 必死で今の思いを言葉にしようと頭をフル回転させる。

 

 そんな桐生渚とユリウスのやり取りを見てカケルは気づいた。

 ユリウスは桐生渚を気に入っている。


 言いまわしに愛がある。

 だからこそ桐生渚もほだされてしまうのだろうか。


 とうとう本音を声に出してしまう。


「なんの解決にもなっていないのは自分でもわかってますけど……」


『であれば、もう少し踏み込んでみてはどうじゃ。身分を偽ることはせず、ありのままで勝負を仕掛けてみれば、また違う景色が見れるやもしれぬ。断言はできぬがやってみる価値はある』


「そんなこと……」


『怖いか。おぬしがわしと違うのはその若さでありながら守るべき者が多すぎるところじゃな。家族だけでなく、おぬしの才能を信じてついてくる関係者もおる。シドがおぬしの絵を買うと言い出したときの、そやつらの喜ぶ顔はお前には重荷か?』


 ズバズバ深層心理を突いてくる魔王。

 

『わしの若い頃はそういう奴らを切り捨てていくしかなかった。アリエンファント城で法花騎士団を見殺しにしたときはさすがにしんどかったのう』


「え、どういうことですか、それ」


『でゃまれ! 良い話をしておるのじゃから、最後まで聞けい!』


「す、すみません!」


『考えるのじゃ! この先、おぬしが表現者として成長するため、なりたい自分になっていくためどうすればいいか。己を貫くことでまわりを切り捨てていくか。己を曲げることでまわりと生きていくのか』


「自分を貫く……。自分を曲げる……」


 ユリウスは魔王としての覇業の過程で体験したことを絶妙にぼかして話している。

 桐生渚には女社長の昔話にしか聞こえないだろう。


 さらに若き画家を励ます口調でありながら、桐生渚の悩みを言い当てることしかしておらず、ただ相手を揺さぶるだけのスタンスを貫いている。

 具体的にああせい、こうせいと断言はせず、やってみたらどうよ的な言い方に留まっている。


 これがユリウスのやり方である。

 本当に眼をかけた相手にしかやらない愛ある励ましだということもカケルはよく知っている。

 

 桐生渚はすっかり黙り込んでしまった。

 完全に魔王のペースだ。


『よいか娘よ。お前の悩みも苛立ちもすべて今後の糧になる。ゆえに一分一秒も無駄にしてはならぬと、そう言いたいところじゃが、実を言うとおぬしに残された時間はない』


「え、どういうことです?」


 さっきまで優しかった社長の声が唐突に厳しくなったので、桐生渚はそれだけで怯んでしまう。

 

『運営に狙われておるのだ。おぬしが言ったように素性を偽ってアカウントを作るなど他の連中も普通にやっておる。わしだって使い捨てのアカウントでラバーナをさまよい運営に怒られたことがあるゆえな。しかしおぬしは他の連中と違い名の知れた身分じゃ。見せしめという意味でおぬしほど最適なプレイヤーはいないであろう。おぬしはな、選ばれてしまったのじゃ』


 ユリウスの指摘に桐生渚は溜息を吐いた。


「垢BANってやつですよね。別にいいです、それくらい……、私なんかどうせ」 


 しかしユリウスは言った。


『垢BANされてふてくされて終われば運の良いほうじゃ。言っておくが相手は血も涙もない。川が自浄作用で汚濁物を分解して最初から何もなかったかのような透明を取り戻すように、おぬしも消されていくだろう。この社会からな』


「え……?」


『いっときの間でよいからラバーナを出ろ。この世界に溜め込んでおる画業のすべても消せ。おぬしの将来を思って言うておる』


 その時だった。

 沈黙を続けていたシドが口を開いた。

 自分が見ているものを前にしたら、こう呟くしかなかった。


「いや、もう遅い」


 五人のプレイヤーがルブランを囲む。

 

 かつてユリウスがボラボというキャラで好き放題したときと同じく、五人ともに使い捨てのアバターだとわかる。

 なにしろログインしている場所が皆、北極なのだ。ありえない話である。


「ここで無茶苦茶な商売やってるのはあんただな」


 一人の男がルブランに詰め寄ると、残りの四人が壁を作るように立ち、激しい憤りをむき出しにしながらカケルたちを睨んできた。


「大事な話をする。部外者は消えろ」


 しかしテンちゃんは下がらない。

 正義感丸出しで詰め寄る。


「一人を囲んで脅すような真似をしてこのままいなくなれるわけがないでしょ!」


 しかし男は叫ぶ。

 

「あんたたちのためを思って言ってるんだ! 俺が消えろって言ったらあんたは本当に消えるんだ! それくらいの力があるんだぞ!」


 脅しというより、頼むから出て行ってくれといった切迫感がある。

 ゆえにカケルは素直に言った。 


「彼の言うとおりだ。ここは下がろう」


「でも」


「彼らは嘘を言っていない。彼らにひどいことをさせないためにここは出て行こう」 

 

 カケルは五人が運営の差し金であることを気づいている。

 そして運営から特殊なパワーを持たされていることも見抜いていた。


 彼らが消えろと言ったら、テンちゃんは本当にラバーナから消える。

 死ぬような思いでサイクロプスを倒して手に入れた大量のアイテムや経験値も消えてなくなってしまうだろう。


 そして五人はなるべくならそれをしたくない。あくまで自分たちとルブランだけの問題にしたいという考えでいることもカケルは察知していた。


 ゆえにカケルは黙って下がる。

 渋々、テンちゃんもその後を追う。


 ルブランこと桐生渚だけが取り残される。


「な、なんなんですか……?」

 

 迷子になった子供のような目で五人を見ているルブラン。

 その一瞬の表情を見るまでもなく、カケルは既に決意を固めていた。


 言うとおりに引き下がりはしたが、それはあくまでもポーズ。

 カジノから出るや、カケルはテンちゃんに言った。 


「また巻き込んで申し訳ないんだけど、カジノのメンバーズカードを貸してくれないかな」


「もちろん」


 天堂マコトは今がただならぬ状況であることを既に理解していたので、真剣な眼差しでカケルに許可証を受け渡した。


「他に何かありますか? 殺し以外なら何でもやります」


 真剣にそんなことを言うのでカケルは思わず笑った。


「君は今、六本木のテレビ局にいるよね」


 またしても秘密を暴いたシドにテンちゃんは感嘆する。


「なんでわかるんですか……? もしかして近くにいます?」


 カケルは笑う。


「実を言うとそうなんだよ。不思議だね」


 テンちゃんは六本木のテレビ局。

 そしてカケルとユリウスは六本木のレンタルスタジオ。

 おまけに桐生渚もまた六本木のビジネスホテルにいる。


 心眼スキルを持つカケルにしかわからない不思議な偶然だった。

 

「君がいる場所からそれほど離れていないアークホテルに桐生渚って子が泊まっているんだけど」


「え……?」


 戸惑うテンちゃん。

 可愛すぎる天才画家、桐生渚についてはテンちゃんも知っているが、なぜここでその名前が出てきたのか、不思議でしょうがないし、どこにいるかまでズバリ言い切ってしまうことも奇妙だ。


 しかし頭の良いテンちゃんはすぐに答えに辿り着く。


「まさか、あのルブランって職人さんが桐生さん……?」


 頷くカケル。


「これから彼女に大変なことがおきる。君に何とかして欲しいんだ」


「何とか、って……?」


「アークホテル、六階、部屋番号616に桐生渚がいる。俺が言えるのはそれだけだよ」


「……あとはわたしに任せるってことですか?」


 カケルはニコリと頷いた。


「君は芸能のトップにいる子だろ? 何をすべきかどうか俺なんかよりよっぽど正しい選択ができるよ」」


「……」


 その言葉をテンちゃんは深く噛みしめてくれたようだ。


「任せてください!」


 テンちゃんは即座にログアウトして、姿を消す。

 

 その姿を確認するや、カケルはパレスに戻った。


「む」


 中は真っ暗だ。停電が起きたらしい。

 なんだ? どうした? というためらいのざわめきが聞こえてくる。


 丁寧なアナウンスが室内に響き渡った。


「現在、カジノにて緊急のメンテナンスを実行中です。所要時間は五分を予定しております。その間、カジノの運営は中断されます。ログアウトもできません。ご迷惑をおかけいたしますが、メンテナンス終了までその場から動かないでください」


 しかしカケルは歩く。

 ルブランがいた商業スペースに早足で向かった。


 手を伸ばした先に何があるのかわからないほどの漆黒の中を、カケルは何ごともないようにするする歩いていく。これもまた心眼の成せる技であった。


 照明は予告通り五分で復旧した。

 

 何ごともなくて良かったねとカジノの客が緊張を解く中、カケルの視界には床に倒れ込んでピクリとも動かないルブランの姿があった。


 彼女を取り囲んでいた五人の姿はもういない。


 カケルは静かにルブランに近づき、


「俺の声が聞こえるか?」


 強めに声をかけた。


「……あ」


 ルブランはぼんやりとカケルを見つめるが、焦点が定まっていない。

 夢遊病者のようにふわふわと口を開く。


「目の前が真っ白になって、いろんな色の光が弾けて、頭が……」


 意識があると知ってカケルは安堵した。


「喋らなくていい。そのまま目を閉じて。すぐに助けが来る」


「わたし、なにされたの……?」


 泣きそうな声を慰めるようにカケルは微笑んだ。


「心配しないでいい。ゆっくり休んで」


 その言葉にルブランはこくりと頷くと、突然パッと姿を消した。

 フリーズに近い形でログアウトしたようだ。


 その時を待っていたかのようにユリウスが口を開いた。


『どうじゃ?』


「何もかも全部抜き取られてた」


『らんちう名義のマンガか?』


「ああ、全部だ」


『それが世に出れば、娘は終わるな』


 可愛すぎる天才画家の裏の顔、みたいな見出しでスキャンダルになるだろう。


「これがタオの言う自浄作用って奴らしい」


『気に入らんのう。あの五人は出版関係の人間か?』


「外の世界じゃ五人とも無職で、ラバーナで職人として暮らしてたらしい。桐生渚のせいで売り上げがガクンと落ちて、イライラしているところにあの三姉妹が絡んできたって流れじゃないかな」


『そして手に入れた情報を出版社に売ると。刹那的生き方であるのう』


「みんな自分の場所を探すのに必死なんだよ。だからといってこのまま下がるつもりもないけどな。情報を取り返さないと』


 ほほうと、ユリウスは笑った。


『珍しくやる気ではないか。何をするつもりじゃ?』


「準備はできてる」


 カケルの手には、ルブランがラバーナウォー専用に作った拳銃があった。


「全部取り戻す」

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