第17話 奥底で
ルブランこと桐生渚が運営に狙われているという警告を聞いたカケルは、ユリウスのナビのもと再度ラバーナに潜ったが、ルブランは不在だった。
ルブランが自作のアイテムを売ろうとカジノに向かったと推理したカケルは後を追うが、カジノに入るためには許可証が必要で、間抜けなカケルはそんなもの持っておらず、門前払いされる。
途方に暮れるカケルに近づいてきたのが、みんなのアイドル「テンちゃん」こと、天堂マコトであった。
テンちゃんは無邪気な微笑みをカケルにぶつけてくる。
世界中を魅了している必殺のスマイルだ。
「こんばんは、シドさん。お困りですね?」
「あれまあ。なんでこんなとこに?」
思わぬ出会いに驚きを隠せないカケルだが、テンちゃんはしーっと指を口に当ててカケルを黙らせる。
「今日は完全プライベートなんでお静かに。お互いバレたら大変ですよ」
そう言われると確かにお忍びといった装いをしているが、カケルの耳には魔王の怒鳴り声が炸裂していた。
『あの小娘が運営の差し金じゃ! 今すぐに成敗じゃ!』
意味不明なことをぬかしてくる魔王は無視することにして、人の少ない路地裏までテンちゃんと歩いて話ができるスペースを確保する。
「俺がここにいるってなぜわかったの?」
「人を雇ったんです。凄いですよねラバーナって。専門の探偵までいるんだから」
「……」
そこまでする意味があるのか呆気にとられるカケルだが、テンちゃんは探し続けていた「シド」に会えてルンルン状態だ。
「会えて嬉しいです! あの配信のあといろんな人とエアーズやらラバウォーやらツーリズムやら遊んだけど、シドさんのあの配信と比べたらひどく物足りなくて退屈してたんですよ」
「そりゃどうも」
「だからもう一度、会いたくて週刊誌の記者経由して探偵雇ったんです。どんな手を使ってでもいいからシドさんを探せって。いくらでも払うからって。なんなら後輩の秘密いくらか教えちゃるって」
さらっと凄いこと言ったぞ。
「そんなおっかないことして大丈夫? 君は日本のヒロインだって聞いてたけど」
「そんなのまわりが言ってるだけですから」
笑顔でズバッと言い切る。
「探偵からシドさんがスサノオのビジネス街をうろついてるって聞いて飛んできたんですけど、パレスに用があるんですか?」
「まあ……、実を言うとあまり口外できる話じゃなくて……」
言葉に詰まるシドを見てなぜか喜ぶ、面白を求める女。
「ワケありですね。さすがです!」
どこが? なにが?
困惑するもテンちゃんの勢いは強い。
「安心してください。そっちの事情は聞かないし、話さないし、配信もしないし、タレコミもしませんっ! わたしはシドさんといられればそれで良いんです!」
「そうなの……?」
テンちゃんはらんらんと笑顔を振りまく。
「シドさんといれば絶対面白いことが起こる! わたしにはそれで充分!」
「へえ……」
「ほら、これですよね!」
いきなりパレスのメンバーズカードを突きつけてくる。
「一枚につき二名まで入店可能です。私とパーティ組めばシドさんも入れますよ」
そりゃ凄いと驚き、喜びもするが、若干怪しい匂いも嗅ぎつけるカケルである。
「ありがたい話だけど、どうやってそんな凄いモノを手に入れたの? 俺と同じタイミングでアカウント作ったなら、メンバーズカードを手に入れるのは時期的に不可能だと思うんだけど」
「さっすが鋭いですねえ、シドさん。確かに私が買ったんじゃありません。同じグループの後輩からふんだくった、じゃなくって、借りたものなんです!」
これ以上、この問題に首を突っ込むのはあまりに危険な気がしたが、どうしたってカケルの心眼はありとあらゆるモノを見抜いてしまう悪癖がある。
「……君が借りたっていうその許可証の元の所有者って、未成年だよね……。その子がカジノのメンバーズカードを持ってたと……?」
「わあ、凄い。どうしてシドさんってみんなの秘密が簡単にわかっちゃうんです?」
わかりたくてわかってるわけではない。
「勘だよ」
そう誤魔化しながら、カケルはタオにビシッと言ってやりたかった。
ほうら、身分偽造なんて誰でもやってるじゃない。
天下無敵のアイドルだって、と。
「シドさんみたいに勘の鋭い人、私好きですよ。さあ、入りましょ!」
シドの腕に手を絡め、まるでカップルのようにパレスに入っていく。
「強引な……」
これが日本最強のアイドルのパワーなのかと圧倒されるが、その瞬間、めまいを起こしたようにシドの体がぐらりと揺れた。
その異変にテンちゃんも気づき、慌てる。
「大丈夫ですか? シドさんの体にノイズが走りましたけど……」
笑ってごまかすカケル。
「気にしないで。俺がプレイしてるところでちっちゃい地震があったんだ」
「あ〜、そういうの、あるみたいですね」
「うん。はっはっは」
大げさに笑う。
もちろん地震ではない。
なぜか天堂マコトに敵意をむき出しにするユリウスが渾身の力でカケルが座っているダイブチェアを蹴ったのだろう。
モニターの前で口を尖らせている姿が想像できるが今は構ってられない。
テンちゃんと共にパレスの中を進んでいく。
カケルにとっては人生初のカジノである。
人の多さときらびやかすぎる空間にめまいを覚えるが、案内に従い、ショップスペースに足を運ぶ。
ショップもまた人でいっぱいだ。
カジノに来た人は遊びが目的だから基本ノリノリでいるが、ショップに足を運ぶ人はプレイヤーの中でもガチのガチのガチばかりだから、揃いも揃って目が怖い。
狩りをするライオンのような顔でショップをさまよっている。
最も客を集めていたのがルブランこと桐生渚の店だった。
扱っているのはエアーズハンターとラバーナウォーの武器が主体だから、剣や槍の隣に銃器が置いてある奇妙な絵面になっていた。
陳列された武器を見てテンちゃんはあんぐりと口を開ける。
「すっご……。攻撃力めちゃ高いし、属性の効果も半端ない……」
彼女の言うとおり、公式のショップで買えるレベル50の武器と比べたら、プラス25%くらい性能が増している。
見た目もいい。
無駄をそぎ落とした、これ以上ないくらいのシンプルさだが、洗練されて美しい。
「私も買って帰ろうかな」
興奮しっぱなしのテンちゃんと違い、カケルは険しい顔をしている。
彼には見えているのだ。
「全部、言い値で買わせてる」
「えっ……?」
思わずシドを見つめるテンちゃん。
黙っていたユリウスもとうとう口を開く。
『なるほど。運営がイラつくはずじゃ』
言い値で買わせるとはどういうことか、二人組の若者とルブランの会話を覗いてみよう。
「ほ、本当に良いんですよね?」
「後からやっぱやめとか無しですからね!」
興奮で声を震わせる若者に対し、ルブランは静かに呟くだけ。
「好きにしてください」
その瞬間、ルブランの所持金が3ベル増えたことをカケルの心眼が捉えた。
日本円にして三百円である。
公式ショップで買おうと思えば一万ベルを超えるレベル50の武器。
それよりはるかに性能が良い槍と剣を若者たちは三百円で買うと決めて、その通りにしたということである。
「やっべぇ、ほんとにこんな店あるんだな」
「言っただろ? 無理して許可証買って良かったよな」
満面の笑みで店を後にする二人をテンちゃんは信じられないといった表情で見送る。最初は高性能な武器の数々にはしゃいでいたけれど、今のテンちゃんは戸惑いと失望を隠しきれていない。
「こんなこと、あっちゃダメですよ……」
面白を求める配信者ではなく、一人の業界人として、テンちゃんはこの状況を嘆くのである。
「私達の業界って、アルバムはだいたい三千円で売るんですけど、いくら出して買うか自分で決めろなんて言い出す人がいたら嫌だなあ。一人が百円で売ったら、みんなそうしないと売れなくなって、結果、大赤字になっちゃう」
「そうなのか」
ルブランこと桐生渚がしていることは立場によって意見が分かれるだろう。
テンちゃんのような「売る側」にとっては市場のバランスを崩壊させる迷惑な行為であるが「買う側」からしたら楽園になる。
事実、他の客も高性能な武器を自分が決めた額で購入していく。
さっきの若者たちはあまりに安く買いすぎだが、だいたいどの客も五千から一万円くらいで購入していくのがカケルには見えている。
「あの子は違う仕事でかなりの儲けを出してるから、ここで赤字が出てもどうってことないんだよ」
らんちう名義の卑猥なマンガの売り上げだけで桐生渚は十分に生活できる。
だからこそカケルはわからない。
桐生渚という画家としての姿とらんちうという名の裏の顔で十分に生きていけるのに、なぜルブランという職人まで作らなくてはいけないのか。
描く、作るという作業がとことん好きなのか、好きすぎるから、何か作っていないと死んじゃう生き物なのか。
どちらにしろ、今憂慮すべきものはひとつしかない。
それをテンちゃんはズバリ言い切ってくれた。
「このままだといろんな人の恨み買いますよ」
「そうなんだろうね」
恨みどころか、ラバーナの「神」に汚れているとまで言われているのだが。
『カケルよ。そろそろ動け』
ユリウスが煽ってくる。
『小娘に声をかけろ。運営がお前に忠告するくらいじゃ。いつなにが起きても不思議ではない』
カケルはうなずき、テンちゃんに一応の報告をする。
「ごめん、今からあの子とサシで話す」
静かに頷くテンちゃんに礼を言うと、桐生渚にフレンドチャットを投げつけた。
一対一の会話になるから、テンちゃんやこの場にいる客にその会話は漏れることがない。
『大繁盛だね』
ルブランはシドを見ることなく、商売を続けながら返事をする。
『ちゃんと依頼の仕事をしてるか見張りにきたわけ?』
『心配になったんだ。仕事を依頼したあとで君のことを調べたら、いろいろ気になることが出てきたから』
『今わたしがやってることに文句言いたいわけ?』
『文句じゃない。止めろと忠告しに来た。いや、忠告じゃないな、命令だ』
ふんっと鼻で笑う桐生渚。
『言っときますけど、こんなこと他のみんなもやってる。大きな問題にはならないから心配しないで締め切りの日まで待ってて。それで良いでしょ?』
カケルとやり取りしつつも、客との商談もしっかりこなす器用なルブラン。
「これは軽すぎて、そちらには向かない武器だと思います。その職業で進めていきたいなら大きめの武器が必要です」
目の前の客にきっちり説明もしながら、カケルともやり取りする。
『イメージも固まってるし、期日通りに仕上げてみせるから』
『もうそういう段階じゃないんだ、君は』
運営にマークされている。
何をされるかわからないんだぞ。
それを言いたいのに、肝心なところで邪魔が入る。
『あ、待って! 大事なお客さんが来たから集中させて!』
一組の男女がルブランに声を掛けると、ルブランも今まで見せたことがない晴れ晴れとした笑顔を見せて心からの歓迎を示した。
「いらっしゃい、どうでした?」
「やっとギリアムドラゴンが倒せたよ」
「ほんとですか! おめでとうございます」
「ルブちゃんの武器じゃなかったら途中で駄目になってたと思う。あのドラゴン、まじで硬かった!」
この会話のやり取りの中、ルブランの資金が一気に増えた。
ここに来て初めて真っ当な金額を払うプレイヤーが出たようだ。
「役に立ってよかった。じゃあ次はモーリス狙いですか?」
モーリスとはエアーズに出てくるレベル60のユニークモンスターだ。
今現在エアーズにおける最強の敵と言っていいだろう。
「そうなんだよ。モーリス相手だから軽い武器が欲しいんだけど、あまり突き詰めると攻撃力が落ちちゃって」
「確かにモーリスには重量級の武器以外、ダメが入らないみたいですね」
「それで考えたんだけど……、ここはあえて両手剣でさ」
「あ、メモるからちょっと待って」
凄腕のプレイヤーが要求する無理難題とも言えるオーダーをルブランは目を輝かせながら聞き込み、ときにはっきりと自分の意見をいう。
ものすごく前向きなディスカッションを見ていたユリウス。
『のうカケルよ。今わしらが目にしているあの姿こそ、あの娘が心からやりたいと思っていることではないか?』
「……そうだろうな」
『ならば気の済むまで待ってやれ。頃合いを見てわしが話す』
「わしが話すって、その状態でどうやって?」
『ふん。わしを誰だと思うておる』
ユリウスは待った。本当に待ち続けた。
ルブランのアイテムに群がる冒険者たちが一人もいなくなるまで、じっと待ち続けた。ゆえにカケルもじっと待った。
シドがそんな様子なので、テンちゃんも戸惑いつつ待った。
ユリウスがルブランに話しかけたのは、店じまいをしようとルブランが立ち上がった瞬間である。
『話せるか?』
女の声がいきなり脳内に飛び込んで来るのだから、当然驚く。
「えっ、なに、誰? どういうこと?」
どこをどう見ても声の主がいない。本人は外の世界で見物してるだけだから当然であろう。
こんなコミュニケーションができるのは世界中で魔王ユリウスだけだろう。
『説明したところでわからんだろうからせぬ。片付けながら、わしの話を聞いとくれ』
「もしかして……、王馬社長?」
『ほっほっほ。その通りじゃ』
さて、社長は若き画家に何を言うのだろう。
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