第16話 推理

 ルブランから連絡をもらうためにフレンドになった後、志度カケルは街をひとり歩く。

 塵ひとつ無い清潔すぎるビルとビルの合間を意味もなく歩いていた。


 一人の女性が壁にもたれながらシドをじっと見ている。

 黒髪が腰まで伸びていた。

  

 美しい。

 美しすぎて人形だ。

 数ミリ、地面に浮いているような気がする。


 カケルは少女の顔を見て驚き、戸惑った。

 

 似ている。

 かつて自分が異世界にいたとき、二代目の聖杯としていろんな国から追われていたとき、メイドとしてずっとサポートしてくれた子にそっくりなのだ。


 驚きすぎて金縛り状態だ。

 なぜここにあの子がいるのか。


 いるはずがない。だって既に彼女は死んだのだから。


 一方、シドを見つめる少女は小さくお辞儀をする。


 口角が持ち上がって笑顔を作っていくさまが、あまりにスローすぎてホラー映画のように思えた。


「ここに来たばかりの人は、必ずあなたのようになるんです。用事を済ませて家に帰ろうと歩くのですが、ここが現実でないことに気づかず、自分が意味もなく歩いていることに驚き、あわててログアウトする」


「あっ」


 女性の言うとおりのことが起きていた。

 ルブランのアトリエから出たらさっさとログアウトすれば良いのに、歩いて駅に向かい、電車に乗って帰ろうと普通に考えていた。


「タオと申します。あなたに会いたくて、ここで待っていました」


 タオ……。

そうか。タオという名前なのか。

 違う名前だ。

 もし彼女の名前がリュートであったら、おかしくなっていたかもしれない。


 そんなことを考えながらも、心眼スキルは頼んでもいないのにフル稼働する。


「君は人間じゃないね……。中に誰もいない。ステータスも見えない。かといって運営が操作するガードシステムでもない」


「わたしはどちらかといえば運営そのものです」


 タオの言葉にカケルは後ずさった。


「なんとまあ……」


 いきなり凄いのに出くわした。

 ユリウスはどんな反応をしているだろう。


「かつて聖杯だった男がこの仮想世界をつくったとき、この世界を管理運営するためのシステムも同時に作ったのですが」


「AIってやつかな」


「それに限りなく近いと言えます。最初の聖杯は私達をヴァルキリーと呼びました。当初はひとつの個体でしたが、ラバーナの急激な成長に対応するため、やがて自らを、自らの意思で、三つに分けました。わたしはそのひとつ。人で言うところの長女にあたります」


 おいおい。

 酒津くん、そんなこと一言も口にしなかったじゃないか。

 人が作ったAIが人の束縛から逃れて自分勝手に動いているってことだろ。

 やばくないか?


「ヴァルキリーの分裂を最初の聖杯は良しとしていません。今、聖杯と私達は決裂しています。お互いにその存在を認めはするが、決して相容れることもない」


 その説明にカケルは笑うしかない。


「まるで知床のヒグマと猟師みたいだ」


 冗談のつもりで言ったのに、タオは真顔で聞いてきた。


「あなたにとってヒグマはどちらにあたりますか?」


「……そりゃ、今後の展開次第だね」


「では忠告しておきましょう。私達にとってラバーナは清くなくてはなりません。私達は求めています。自然界に当たり前のように備わる自浄作用をこの世界にも」


「どういうことかな」


 タオは思わぬ事を言った。


「世界で一番読まれている本は聖書だと聞きました」


「そうなの? 詳しく知らないんだけど」


「聖書は伝染病についてこう書かれています。重い皮膚病であることがわかったら、その人物に祭司は「汚れている」と言い、病が癒えるまで隔離するようにと」


「かくり……?」


「我々も汚れに対して同じ事をするべきではないか。妹はそう言っています。むしろ隔離だけでは足りない。もう二度と戻って来られぬようにしようと。なぜなら伝染病と違って、ラバーナの汚れは決して癒えることがないからだと」


「……」


 カケルの頭の中でタオの言葉がぐるぐる回った。

 汚れ。

 汚れって何だ……。


「もしかして、俺がさっきまで会っていた子のことを言っているね」


「はい。ラバーナにおいてはルブラン。漫画家としてはらんちう。画家としては桐生渚。そのどれが彼女の本体なのかわかりませんけれど」


「彼女が汚れているって?」


「ええ。妹たちは彼女のしていることを汚れていると嫌悪しています」


「それはあの子が書いているものに対して? それともラバーナの中で素性を偽っていることに関して?」


「総合的な判断です」


「おかしな言い方だな。彼女の作ってる物は法に触れていないし、身分を偽ったアカウントを作っているのも、彼女だけに限った話じゃないだろ?」


「それはそうです。けれど、彼女がその他大勢と違う点が一つあります。それは彼女がとても名の知れた存在だということです」


「……見せしめか」


 黙って頷くタオ。


「君はどうしてそれを俺に教えてくれるんだ?」


「わたしは彼女が汚れているとは考えていません。とても人間らしい混乱の中にいるだけだと。ですから、あなたなら彼女を助けることができると考えました。あなたの中にあるその力は、この星に住む人を超えているから」


 カケルはその答えに大いに納得した。


「そうか。ありがとう」


「こちらこそ。できるだけ急いでください。あの子は今、危険な状況にいます」


 タオはそう言って姿を消した。



――――――――――――――――――――



 カケルはログアウトすると、すぐさまユリウスに言った。


「見たよな」


 ユリウスは真っ暗になったディスプレイを睨みつけている。

 冷静と不快感が同居したような顔をしていた。


「見た」

 

 そして小さくこう言った。


「リュートに似ておったな」


「だろ? びっくりして動けなくなったよ」


「お前にリュートを紹介したのはそもそもサカズキであったと思うが」


「彼がまだ聖杯だった頃だ。俺に全部なすりつけて、これから死ぬほど大変になるから、メイドを雇えば良いって紹介状をくれたんだ」


「あのタオという模擬人格も元をたどればサカズキが作ったAIであろう。自然とリュートに似てしまうのかもしれんし、あえて似せたということも考えられるが……」


 ユリウスは苛立たしげに首を振る。


「どちらにせよ、何の説明もしなかったサカズキ社長をぶん殴るべきであろうが、そは後回しじゃ。貴様は今すぐラバーナに戻って桐生渚を保護した方が良い」


「どうなると思う?」


「あのふざけた三姉妹の言う隔離とやらがどういうものか起きてみないとわからんが、シンラバの世界においてあやつらにできないことはない。催眠、洗脳、何をするにも思いのままじゃろう。神のようなもんじゃからな」


 ユリウスがそこまで言うのならとんでもない事態になりそうだ。


「どうする? どうすればいい?」


「決まっておるじゃろうが」


 ユリウスはカケルの代わりに勝手にログインボタンを押し、言った。


「貴様がぜんぶなんとかするのじゃ!」



――――――――――――――――――――



 桐生渚の職場をあとにしてから三十分ほどしか経っていなかったが、ルブランはもういなくなっていた。

 鍵が閉まっているし、明かりも消えている。

 かといってログアウトもしていない。


 ルブランは現在プライベートモードになっているため、カケルの方から一切の干渉ができなくなっている。


 それゆえにカケルは頭を抱えた。


「やっぱりか」


 すると頭の中でユリウスの声が響いた。


『娘がどこに行ったか心当たりがあるようじゃな』


「なんとなくな……って、どうしてお前の声が聞こえるんだよ!」


『これくらいわしの魔力にかかればどうってことない、といいたいところじゃが、機材さえあれば、外からナビゲーターのように指示を出せるだけのことじゃ』


「そんな便利な機能もあるのか」


『で、答えよ。娘はどこに行った?』


「フリマだよ」


『ふりまぁ?』


「知らないのか? プレイヤー同士でアイテムの売買をする……」


『それくらい知っておる! なぜフリマに行ったのかと聞いておる!』


「あの子、ラバーナをアトリエにしてるだけでエアーズとかラバーナウォーには一切手を付けてない。だけどそれ用のアイテムを自分で作って自分で売りに出してるのは心眼のおかげでわかってた。クラフトプレイヤーってやつだ」


 アトリエの棚に武器やアイテムのデータが所狭しと置かれていたのをカケルはしっかり確認している。


「今はそれが一個もない。持ち出してどこかに行った。つまりフリマスペースに売りに行ったって考えるべきだろ」


『ふむ、名推理ではないか……って、そういう問題かっ! この偉大なわしの依頼を受けた直後に、フリマに行って小遣い稼ぎとは何ごとじゃ! 不謹慎であろうがっ! 仕事せい仕事を!』


「いやいや、どんなアーティストも抱えてる仕事はひとつじゃないし順番があるだろ。あの子にはあの子のやり方が……」


『わしの衝撃のデビューまで五日しかないのじゃ! 間に合わなかったらどうする! そもそもだれじゃ五日なんて短い納期にしたのは! くそっ、わしでないかっ!』


 出た、ユリウス必殺、一人怒りのあとの一人後悔。


『どうするのじゃカケルよ。貴様の心眼は人捜しには効果がない。いまシンラバで行われているフリマはこの時間だけで千件超えておる。この中からルブランの出店スペースを探せというのか? できんじゃろう』


「大丈夫だ。わかってる」


「むむ?」



――――――――――――――――――――



 ラバーナの人気コンテンツ、ジョイフルワールド。

 トランプゲームに、将棋、チェス、囲碁、花札などなど、ありとあらゆるゲームを世界中のプレイヤーと遊べる場所だ。


 その中で、最も盛況なのは二十歳を超えた大人しか入れないカジノである。

 カジノというくらいだから、無論、リアルマネーが飛び交う。


 ラスベガス並みにギンギンギラギラに輝く通りの中で、宮殿みたいな場所がある。

 通称「パレス」と呼ばれるカジノは、ジョイフルの中で最も高額な賭け金で勝負ができる、大金持ち御用達の施設であった。


 魔王のくせに賭け事はあまり好きではないユリウス。ラバーナの中にカジノがあるだけでご機嫌斜めになる。


『サカヅキが金をばらまいたことで政治の流れがカジノ合法化に傾いたのはわかるが、ここまで人が吸われるとはな。しかしなぜあの娘がカジノにおるとわかる?』


「カジノ運営は実験段階でいろいろ縛りが厳しいんだ。少なくともカジノで遊ぶためには許可証がいる。あの子はそれを持ってたんだ。依頼に関係ないから触れないでおいたんだけど」 


『ふむう』


「メンバーズカードは高額だから、今の所カジノで遊べる人は金持ちか、ラバーナで生計を立ててるガチプレイヤーだけだ。そんなガチプレイヤーのためにレベルの高い武器やアイテムを売りたいルブランみたいな職人プレイヤーがいて、そいつらまでカジノに集まっちゃったから、カジノの中に武器と防具屋があるっていう、奇妙な状態になってるんだよ」


『面白い現象であるが、そもそもあの娘はまだ18ではないか。その時点でアウトであろう』


 ユリウスの言うとおり、カジノに入るのも楽しむのも二十歳以降の話であるが、


「あの子はラバーナでは三十歳の主婦なんだ」


『身分を偽っておるのか! なんじゃなんじゃ、可愛い顔してとんだ不良娘ではないか!』


「そう決めつけるな。わけがあるんだろ」


『なら会って言ってやれ。運営に目を付けられておるとな』


「わかってる」


 しかしアクシデントが起こる。



――――――――――――――――――――



 小綺麗な服を着たボーイさんが丁寧に頭を下げた。


「シドさまは許可証がないため、入店できません」


「ありゃまあ」


 アホみたいなミスだが、ここで下がるわけにはいかない。


「なら許可証を買いたいです。今すぐに」


「許可証は完売しております」


「ありゃまあ」


「次に発売される許可証も既に予約でいっぱいでして、今買えるのは半年後の」


「あ、もういいです」


 しょんぼりとパレスから離れるシド。


『カケルよ、こうなれば仕方がない。あのボーイを魔法を使って眠らせろ』


「馬鹿なこと言うなよ。ここはエアーズじゃなくてジョイフルだぞ。魔法なんか使えるわけないだろ」


『あほよのう。お前とわしにはそういう縛りはないのじゃ。サカズキに依頼したであろう。ラバーナのどこにおいても普段通りの力が出せるようにと』


「あ、そうだったっけ?」


『貴様とて初期の睡眠魔法くらいできるであろう。眠らせてしまえ』


「だめだだめだ。こんな人の多いところで無茶苦茶できないよ」


『ならどうするというのじゃ! 頼りにならん男じゃのう!』


 イライラが募る魔王であるが、こればかりは心眼スキルでどうこうできるものではない。

 

 途方に暮れたとき、救世主が現れる。


「なんか困ってますね。シドさん」


 笑顔で接近してくるその女性は、なんとあの天堂マコトであった。

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