第19話 あぶない勇者です

 ルブランこと桐生渚が所持する「外に出したらヤバそうな情報」をごっそり奪い取った五人の男。


 彼らから情報を奪い返すためにカケルは動く。

 ルブランがクラフトしたラバーナウォー専用の小銃を手に取り、カジノの中をゆっくりと、だが大胆に歩き出す。


 アナウンスがカジノ全体に響き渡った。


『カジノ内の停電は復旧しました。すべてのゲームをプレイすることが可能ですが、セキュリティの万全を期すため、十分間、カジノから他コンテンツへの移動、またログインに制限をかけます。引き続きご迷惑をおかけしますが、ご了承ください』


 このアナウンスを鵜呑みにすれば、十分間はカジノから出られないということになる。桐生渚を襲った五人の刺客も出られないということだろうか。


 そんな中、タオが角から姿を現して近づいてきた。

 

 巨大なメタバースを管理するセキュリティAI、通称ヴァルキリーを構成する三姉妹の長女であり、桐生渚が他の姉妹に狙われていると忠告してくれた存在だ。


 タオはその無機質な眼でカケルの手にある銃を見る。


「その武器はラバーナのコンテンツの一つで、サバイバルアクションゲームとしてしられるラバーナウォー専用のアイテムです。ここで使っても何も起こりませんが、それであなたは五人の刺客とどう向き合うつもりですか?」


 カケルは言う。


「前にいた世界で魔法を教えてくれた師匠のじいさんが言ってた。魔法ってのは無理を通すことだって。自分には理解できない部分を魔法で補って、自分のやりたいようにやる。それが魔法なんだって」


 タオは小首を傾げた。


「不可能を可能にすると?」


「そういうこと」


 カケルは微笑みながらカジノルームに入る。


 スロット、ブラックジャック、ルーレット、ポーカー。

 どの席もいっぱいで、皆が夢中になっている。


 入り口に立ってホール全体を静かに見まわすカケルの存在など誰も気づかない。

 ましてその男の手に握られた銃など、目にもとまらない。


「十分間カジノが隔離されたのは、君のおかげかな?」


 タオはカケルの横に立ち、淡々と説明する。


「そうです。顧客の情報を意図的に流出することは許されませんが、妹たちはラバーナを清くするために必要だと主張し、五人のプレイヤーに対して守秘義務を怠りました。私はその行為は優れていないと抗議し、話し合いの結果、私に十分の時間が与えられました」


「その間に片を付けてみろ、そういうことかな」


「はい。妹たちの許可は得ています。ここからの時間はあなたの時間です。これからあなたが何をするか、妹たちも見ているでしょう」


「なら、行ってくるよ」


 カケルは動き出す。

 既にカケルの心眼はカジノルームのすべてを把握していた。


 スロットマシンのそばで、うつむき加減の男がいる。

 シドの姿に気がつくと、慌てて視線をそらした。


 カケルは何の迷いもなく、そいつに向かって銃を撃った。


 玩具でしかないはずの銃から赤い銃弾が吐き出され、男の首に命中する。


 男の体は激しく飛んで、ブラックジャックのテーブルの上に転がってゲームを台無しにした。


「なんだよ!」

「いいところだったのに!」


 口々に文句を叫ぶプレイヤーたちであったが、落ちてきた男の体が激しく震えているのを見て後ずさっていく。

 

 苦しむ男の頭や腕が、曲がってはいけない方向にぐねり、その体は激しい熱で焼かれたバターのように溶けて、消えていく。


 一部始終を見ていたカジノの客が次々に悲鳴を上げる。


 一斉に立ち上がり逃げだそうとするが、ここはメタバースである。

 走って逃げることに意味などない。

 ログアウトすれば良いんだと思っても、それができない。

 なにしろ現在、ログアウト制限がかかっている。


 こうなると、あとはパニックである。


 あちこちで悲鳴が飛び交う中、騒ぎを起こしたカケルは、男が倒れたテーブルの上を淡々と眺めている。


 男はもう消えた。

 使用しているハードのフリーズにより強制的にログアウトした。という形になっている。桐生渚がダウンしたときと同じような形だ。


「まずはひとり」


 そして叫んだ。


「その場から動くな! 伏せてろ!」


 銃を構えながら叫び、ホールの隅にいた男に向かって突進する。 


 二人目の男。向かってくるカケルを見て恐怖する。

 

「なんなんだよ、お前!」


 俺に何の恨みがあるんだと叫んだときにはもう、銃弾は男の右肩を粉砕していた。


「あぎゃっ!」


 地面に倒れ込み、肩をおさえてうずくまる。

 生身の体が射たれたわけでもないのに「痛み」のような何かを感じて、意味もなく苦しんでしまう。

 

 男は脅えた顔でカケルを見上げる。


「だからなんなんだよ……!」


「なんでもないさ」


 カケルはそう言いながら、男の首にメリメリと手を入れていく。

 そのホラーのような光景にまた悲鳴があがる。


 ユリウスの声が頭に響いてくる。


『何をしている』


「知りたい情報が見えない。もう少し深く知る必要があるんだ」


『ほう。貴様の心眼をもってしても見えぬものがあるか』


「ここは三姉妹のホームだからな。ガードされてる」


『なるほど。ならば後ろを見ろ』


 カケルがターゲットにしていた五人のうち三人が背後から迫っていた。

 何をどうしたかは知らないが、青い炎に包まれた木の棒を持っている。

 三姉妹の誰かから受け取ったものだろうか。

 三人同時に振り下ろしてきた。


「おっと」


 突っ込んでいた手を抜いて、重い打撃をするっと避ける。

 スロットマシンがカケルのかわりに攻撃を喰らう。


 マシンは粉々になるが、おかしなことが起きる。


 スロットがあった場所が真っ黒になった。


 パレスと呼ばれるほど高貴なカジノに、ブラックホールのような黒が姿を現す。


『ダメージを喰らえば、きさまもああなる。気をつけよ』


「了解」


 カケルは襲いかかってきた男の喉に銃を発砲し、吹き飛ばす。


 ワイヤーアクションのごとく壁まで吹っ飛ぶ男を見て、客たちが叫ぶ。


 目にしているものは夢か、現実か。


 もしかしたら、カケルに向かってなりふり構わず攻撃を仕掛けている連中も、なにがなんだかわかっていないのかもしれない。


「うわああああっ!」


 やけくそとばかりに棒を振り下ろしてくる男。


 カケルはなんなく男の腕をつかむと、くるっと投げ飛ばして床にたたきつける。


「ああ、くそがっ!」


 叫びながら起き上がろうとする男の体に四、五発、適当に撃って黙らせる。


 残るは一人。


 両手を挙げて降参のポーズをしているが、口だけは達者で、


「情報は絶対に渡さん! もう外に流したからな! ここで俺たちを殺したところで何の意味もないんだ!」


「知ってるよ」


 カケルはそう呟くなり最後の一人の顔面に銃をぶっ放して消し飛ばした。


「これで全員か」


 しんと静まりかえるカジノ。

 

 カケルが一人だけ立っていて、残りの客は地面に伏せながらいったい何が起きたのかいまだ把握できずにいる。


 カケルは場違いなくらいに満面の笑みで話しかけた。


「失礼しました。ゲームに戻ってください」


 誰も返事をしない。

 彼らからすればカケルはモンスターである。


「ま、そうなるか」


 銃をスーツの胸ポケットにしまって、カジノから出ようとする。


 その時、上から声がした。


「おまえ、あぶないやつ」


 髪の短い女がシャンデリアに座っている。

 半袖の赤いTシャツにショートパンツというなりで、むき出しになった細い足が妙に艶っぽい。     

 子供のような笑みを浮かべてカケルを見下ろしていた。


「君は誰?」


 そう尋ねても相手はニコニコしているだけ。


 クソガキ。

 そんな表現がぴったりくる無邪気で可愛い女の子。


 彼女が何者か、教えてくれたのはタオだった。


「三女のカグラです」

 

「ああ、そりゃどうも……」


 軽く会釈をすると、カグラはうししと笑った。


「どうしておれの邪魔をする?」


「じゃま?」


「あいつは汚れてる。だから追い出す。他のみんなが汚れないように。それの何が悪い? どうしてあいつをかばう?」


 あいつ、とは桐生渚のことだろうか。


「その汚れているって言い方、賛成できないな。あの子は汚れてなんかいない。生きてるだけだ」


 その言葉にカグラは手を叩いて喜んだ。


「おまえ、あぶないやつ、おまえ、おもしろい、おれ、すき」


 いつの間にかカジノには、志度カケルとタオとカグラしかいなくなっていた。


 カグラはカケルに言った。


「あそんで」


 そしてシャンデリアから飛び降りてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る