第11話 前編 シド、アイドルを巻き込む

 エアーズハンターのチュートリアルで出てくるレベル70のユニークモンスター、サイクロプス。

 現在、この巨人に勝てるすべはない。

 レベル差がありすぎるからだが、それでも楽に勝てるとシドは言う。

 

 レベル1のくせに。

 

 にもかかわらず、同じレベル1の新米冒険者テンちゃんはシドを信じた。

 このおっさん、ただ者でないと直感したテンちゃんは、シドの説明に真剣に耳を傾ける。


「巨人が寝てる場所はこのマップで一番の高地です。しかも足場が狭い。超高層ビルの屋上に柵が何もない、って感じでしょうか」


 エアーズは天空に浮かぶ島々を舞台にしているから、マップに高低差があり、横に広いというより縦に長いのが特徴。

 特にチュートリアルマップは小さな島ばかりで、シドが言うように落下防止の柵や仕切りもないので、落っこちたら即死である。

 

 ゆえに、テンちゃんはその説明ですべてを察した。


「海に落とすつもりですか?」


「そう、その通り」


 崖から落ちれば、下は何もない海。

 戻ってくることは不可能な高さ。

 どんなにレベル差があろうと落としてしまえば倒したとみなされる。


「あいつは目が弱点です。俺が弓を使って遠くからあいつの目を射てば、ダメージが1でも必ずマヒ状態になります。そういう仕様なんです」


「へえ……」


 サイクロプスは一つ目の巨人である。

 顔の半分が目みたいなものだから、的として考えれば楽な部類になる。


「マヒ状態になれば、どんなにレベル差があっても100%攻撃が当たるはずだから……」


「わたしがノックバック攻撃をして、巨人をここから海に叩き落とす。ってことですね」


 察しの良いテンちゃんにシドは感心する。


「その通りです。ノックバックのスキルを持ってるのは剣士のあなたしかいなくて、配信中なのに声をかけてしまいました。すいません。みんなイライラしてるでしょ?」


 テンちゃんは苦笑する。


「イライラしてますね。だけど、みんなビックリすると思います。ただの練習よりサイクロプスを倒すほうがよっぽど面白そうだから!」

 

 生粋のエンターテイナー。

 天堂マコトがアイドル業で最も大切にしていることは、面白いかどうか。

 見る人をとことん楽しませることができるかどうか、それだけである。


「やりましょう! 指示してください!」


「目印を作っておきました。あそこの赤い石です。そこで待機していてください。サイクロプスが動かなくなったら、一気に叩いて」


 シドが指さした方向に、赤くペイントされた巨石がある。


「バミリって奴ですね」


 ニコリと笑って指定された場所に駆けていくテンちゃん。


「配信再開していいですか?」


 親指を立ててオッケーのサインを送るシド。

 テンちゃんは元気いっぱい、配信を再開する。


「みんなお待たせ~! さっきのシドさんが面白そうなことを始めるらしいから、一緒にやってみようと思います!」


 視聴者が嫌悪感を抱く厄介客。

 それを突き放すのではなく迎え入れたことに驚きと称賛の声が上がる。


『一緒にやるんかw』

『声かけてみるもんだなw』

『テンちゃんらしいわ』

『人類みな兄弟を地で行くアイドルだからなあ』


 だが次の一言でチャットは混沌を深めた。


「今からサイクロプスを倒すから、見ててね!」


 これにはもう、ありえないの言葉でチャットが埋まる。

 テンちゃんが苦笑するほど、チャットの流れが速い。


「まあ、見てて!」


 抜刀して、身構える。

 テンちゃんの視線の先には、大の字になっていびきをかく巨人がいる。

 

 ドーム球場の屋根のように大きな手で、丸出しになった腹をバリボリかきむしっているが、この状態は眠りが浅いときで、あまり近づかない方が良い。


 そんな状態のなか、どこからかひょろひょろと飛んできた弓矢がサイクロプスの大きな一つ目にプスリと刺さる。


 当然、巨人は目を覚ます。

 わしをおこしたんはだれじゃいと、明らかにイライラした様子で起き上がり、まわりを見回す。


『起きた!』

『あかん!』


 悲鳴を上げる視聴者たち。


『シドか!』

『厄介オジ、やりやがった!』


 テンちゃん、逃げて! そんなコメントが飛び交うが、もちろん、テンちゃんは引かない。むしろ集中力を研ぎ澄ます。


「ここから、ここから……」

 

 普段のサイクロプスであれば、眠りを妨げられたことでブチ切れ、視界に入るプレイヤーに突進をかますのだが、今回は様子がおかしい。

 

 麻痺の効果発動のタイミングが早い。

 

 酒を一口飲んだだけで泥酔するような効き目の速さは、シドが放った矢が巨人の目のど真ん中に刺さったからである。


 二日酔いの朝みたいに頭を抱える巨人。

 足取りが重く、段々と千鳥足になり、しまいにはバタンとうつ伏せに倒れた。

 

 テンちゃんが待ち構えていた場所ピッタリに巨体が収まる。


「ここから、いなくなれぇいっ!!」


 斬る、というより、バットを振るようにしてサイクロブスに剣を叩き込む。


 ダメージは1。

 しかし巨人の体はありえないくらいに吹っ飛び、あっという間に地面の端っこまでスライドしていく。


 おお~っ! 

 

 叫びがチャットを支配する。

 このまま落下すればいくら巨人といえどもその高さにあらがえるはずがない。


 ホントに倒すのか……!

 ってか、本当に倒せるのか!?

 視聴者全員が息を呑み、画面に釘付けになったことだろう。


 だが巨人はれっきとしたレベル70の強敵である。

 その大きな手と棍棒でブレーキをかけ、落ちる寸前のところで停止する。


 だめだった~。

 視聴者全員が頭を抱えた。

 

 眠りを妨げられ、死にそうになったサイクロプスは、なめたマネしたんはお前かい、とばかりに巨大な瞳でテンちゃんを睨む。


「あ、やば……!」


 硬直するテンちゃん。


 なりふり構わず暴れ出す巨人。

 これをバーサーカーと言わずしてなんと言おうってくらいに暴れる。


 やたらめったら振り回される棍棒が、木々をなぎ倒し、地面に大きなクレーターを作っていく。


 地球に隕石群が落ちて地球が壊れるときってこんな感じなんだな、ってくらいの地獄に放り込まれたテンちゃん。


「うぇぇぇぇんっ!」


 半泣き状態で巨人の攻撃を避ける。


「死んじゃうよおおおおおっ!」


 振り下ろされる棍棒をすれすれで飛び避けるが、その先の地面が陥没しているので、くるくる回転しながら穴底まで落ちる。


「うひいいいい」


 ふらふら目を回して動けなくなっているところに、サイクロプスの巨大な足が落雷のような勢いで降ってきた。


「どひぇえええ!」


 それもどうにか避ける。


 この一連のどんちゃん騒ぎを見続ける視聴者。

 同じことを言い出す。


『カワイイ』


 可愛い女の子が可愛い声で悲鳴を上げて可愛く逃げる。

 たったこれだけで視聴者は心に栄養を蓄える。

 

 これを愉悦と呼ぶ。

 

『いい』

『巨人最高』

『かわいい』

『これを待っていたんだよ』

『シドよくやった。これに関しては認める』


 天ちゃんにとっては無慈悲なコメントになるが、避けるのに精一杯でさすがにコメントは見れない。


「ひょええええ、シドさーーーん! どうするんですか、このあと〜っ!」


 どこかにいるはずのシドに助けを求めるテンちゃんであったが、シドは文字通り、高みの見物を決め込んでいた。


「わるいね天堂さん。こうなるのが予定だったんだ」


 カケルは悪びれもせずに呟くのである。


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