第10話 厄介オジと、人気アイドル
日本が誇る世界最大のメタバース、ラバーナ。
日本人の配信者向けサーバー「イザナミ」で、一人の女性アイドルが「エアーズハンター」を実況プレイしようとしていた。
天堂マコト。
人気アイドルグループに所属し、何度もセンターの位置に立ってきた。
スタイル良し、愛嬌良し。
歌唱力、ダンスともに桁外れのスキル。
おまけに頭脳明晰で、英語も堪能だから、海外でも人気。
ついでに今に至るまでノースキャンダル。
グループの清楚なイメージも上手く重なって、天堂マコトを「日本のヒロイン」とか「日本の受付嬢」と呼ぶ人もいる。
愛称は「テンちゃん」
これまでのテンちゃんの主戦場はあくまでテレビとライブ。
ラバーナにおいてはグループの告知配信を行っていたくらいで、個人としてのアカウントは持っていなかった。
しかし、テンちゃん本人はゲームやアニメが好きで、かねてからそっち系の配信をがっつりしたいんですと訴えており、念願叶って、エアーズの世界に降り立った。
グループではなくソロ配信者としてのデビューというわけだ。
「みんな~! 待たせてごめんね~! 始めるよ~っ!」
見目麗しいアバターが視聴者に笑顔を振りまく。
キャラネームはもちろんテン。
テンちゃんの配信デビューを多くのユーザーが待っていた。
アカウントを開設したその日に登録者200万越えだから、期待値の高さはすさまじいものがある。
実を言うと配信日は昨日の夜だった。
しかし、ラバーナのサーバーが火災でシャットダウンするというアクシデントのせいでログインができず、延期になってしまう。
だが結果的に、祝日絡みの連休初日に配信がずれたことで、より多くの視聴者を集めることとなり、ただいま30万を超える同接者がいる。
超人気の絵師が、テンちゃんのキャラクターを造形したので、テンちゃんはレベル1でありながら、実にスタイリッシュな出で立ちをしていた。
白を基調とした軽装で、堅さより動きやすさを重視したらしい。
テンちゃんのトレードマークといえる長い黒髪も見事に再現しており、
『美しい……』
『女神や』
『女神がおるでよ』
といった愉悦のコメントが大量に溢れ出ていた。
そしてテンちゃんはゲームがプロ並みに上手かった。
どんなに慣れたプレイヤーといえどチュートリアルだけで丸一日かかるといわれているエアーズハンターである。
にもかかわらず、キャラの動かし方、武器の選択、敵との戦い、スキルの扱いなどの重要な操作を淡々と、それでいて颯爽とこなすので、いわゆる「指示厨」が出てこない。
ただただ圧倒。
絶賛のコメントばかり。
『テンちゃん、これ、やったことあるでしょ』
『未プレイって嘘だw』
『最初から、巧すぎるって』
滝のように流れていくコメントに対し、テンちゃんは速効で反応する。コメントの読みも実に早い。
「違う、違う! ホントに初めてなんだって!」
満面の笑顔で否定する。
愛嬌があるから、ひとつひとつの動きだけで可愛いが溢れる。
それを見てみんなもほっこりする。
テンちゃんのことを、あざといとか、確信犯だとか、究極のアイドルサイボーグと嫌味をいうやからもいる。
しかし、この場においてテンちゃんは誰も不快にならない気持ちの良い配信を見事に続けていた。
そして、いよいよ、最初の難関に辿り着く。
サイクロプス。
ギリシャ神話に登場する一つ目の巨人が、エアーズハンターのチュートリアルマップに出てくる。
とにかくデカい。天ちゃんの小さな体と、巨人の手のサイズがだいたい同じ。
動作はもっさりしているが怪力だ。
レベルも高く、70を越えている。
プレイヤーのレベル上限が50だから、カンストしたとしても絶対勝てない。
なんでこんなおっかない奴が序盤に出てくるかというと、それもまたエアーズの特徴なのである。
チュートリアルガイドを引用すると、以下の通りになる。
『どのマップにも高レベルの難敵、ユニークモンスターが存在しています。
基本、彼らと戦うべきではありません。
しかし、そのいずれも価値のある素材を持っています。
それぞれの特徴を踏まえながら、気づかれないように近づき、レア素材を手に入れることができれば、今後の冒険に大いに役立つことでしょう』
というわけで、チュートリアル最大の難関。
「サイクロプスが持つレア素材を手に入れろ!」が始まった。
エアーズにおいてサイクロプスは一日の活動期間中、ほとんど寝ているというネコみたいな設定がされている。
ズシンズシンと縄張りを五分くらい歩き回ると、大きな欠伸をしたあとで地面に横たわり、手にしている棍棒を枕にして十五分くらい寝る。
基本、これの繰り返し。ただこれだけの一生。
巨人がすやすや眠っているうちに棍棒の一部を削り取れば、武器の高レベル錬成に使用できる「黒樹の欠片」というレア素材を手に入れることができる。
これの採取が実に難しい。
足音立てずに歩き、サイクロプスを起こさないようナイフで棍棒を削るというのが至難の業。
誰もが一度はサイクロプスの寝返りでぺしゃんこになるし、もう少しで成功だというタイミングで、目を覚ましたサイクロプスの巨大な手に捕まって、砲丸投げの砲丸みたいに投げ飛ばされたりすることもある。
エアーズのプレイヤーが必ず通る儀式みたいなもんだから、今まで多くの配信者がサイクロプスのおもちゃになってきた。
そのたびに視聴者は待ってましたとばかりにコメントする。
『ようこそ、エアーズへ』
というわけで。
テンちゃんもただ今、サイクロプスに接近中。
息もできない。
足音一つで巨人はあっさり目を覚ます。
草木をブラインドにしながら、ゆっくり、ゆっくり、慎重に。
息詰まる展開に視聴者も釘付けで、見ているだけなのに自分まで息を止める奴もいる。
あのテンちゃんが困難なミッションをどうこなすか。
今までの適応ぶりを見れば、一発クリアも可能だと期待する人もいれば、なんなら一回踏み潰されて悲鳴を上げて欲しいと考えている連中も結構いたりする。
どうなる、どうなる? さあ、どうなる?
視聴者のワクワクが頂点に達したとき、ぴりついた雰囲気をぶち壊しにするプレイヤーが現れた。
「あの〜、忙しいところ悪いんすけど、ちょっと手伝ってもらえません?」
近くにいたレベル1のプレイヤーが空気も読まずにテンちゃんに近づいた。
普通に歩いてくるから足音も全開。
じゃりじゃり、ざっざと、うるさくてしょうがない。
名前はシド。
そう、中の人間は志度カケルである。
「えっ、あの……」
こんな時に声をかけられても困るだけのテンちゃん。
わずかな音も出さないよう必死だったのに、こうまで雑に近づかれたら二人とも巨人の餌食にされてしまうだろう。
視聴者はこの状況をたった一言で的確に表現する。
『厄介オジ来た』
このコメントを皮切りに、
『なんだこいつ』
『空気読め』
『去れ!』
『爆ぜろ!』
一気に空気が悪くなる。
無理もない。
この配信においてシドは異物でしかない。
それでも当のおっさんは緊迫感ゼロだ。
「今の距離なら巨人に気づかれないから大丈夫です。それよりちょっと聞いてもらいたいことがあるんですけど、話をしてもいいかな?」
戸惑いを隠せないのはテンちゃんだ。
「あの……」
悪いんだけど配信中と、言っていいのかどうか、ラバーナのローカルルールがわからずおどおどするテンちゃん。
むしろ視聴者の方が突然現れたシドに怒り心頭である。
『ブロックしていいよ』
『逃げて~』
『こういう奴が一人は出てくるんだよ』
ライブ配信者が配信中のアイコンを表示しているときはなるべく距離をとるというのが配信者向けサーバーにおける最低限のマナーなのに、シドはそれをしなかった。
配信したい場所がかぶるのなら違うサーバーに一時的に移動できる機能もあるが、それもしない。
つまり、世界中の視線を集めたいだけの悪目立ちしたいバカだと、皆が思う。
おまけにシドの頭上にはノートパソコンを使っているという意味のアイコンがある。
かつてのボラボと同じく3Dキャラを使ってないので、表情豊かなテンちゃんと比べると何もかもがペラペラ。
さらにノートパソコンの内蔵マイクを使って話しているらしいから音質が最悪。
しかもどういうわけか外でプレイしているらしく、風切り音を全部拾う。
つまりシドが喋る度、不快なノイズが爆発する。
ついでに言うと、今時のプレイヤーはゲームを始めた時点である程度の課金をして「おしゃれ」して来る。(テンちゃんはこれ以上ないくらいの課金装備をしているが、本人の出費でなくすべてスポンサーからの支給である)
なのにシドときたら今時珍しい運営が用意した初期装備。
もうこの時点で「痛い奴」と認定されてしまう。
長くなったが、見る人間を不快にさせる要素を重ねに重ねていたので、視聴者のコメントはすべてシドへのヘイトになった。
『最悪のオジがきたw』
『テンちゃん、逃げて良いんだよ』
『運営に報告だ』
『俺はもう報告した』
『一旦、配信切る?』
今までの平穏が嘘だったかのように荒れ狂うチャット。
それでもテンちゃんは動じない。
「ええっと」
なにせ百戦錬磨のアイドルである。
「ちょっと待ってね」
音声をミュートにして、カメラの視点も空に向け、シドの姿を画角から消す。
配信者としてすべき事をした後、テンちゃんはシドに声をかけた。
「シドさんはいったい何をするつもりなんですか?」
テンちゃんは頭が良い。
勘も冴えている。
ファンのみんなはシドというプレイヤーを「痛い奴」だと見ているが、テンちゃんは違っていた。
この距離ならサイクロプスには気づかれないと断言したシドの言うとおりになっている。その時点でシドは並のプレイヤーではないと即座に判断した。
生まれながらのエンターテイナーであるテンちゃんはもう気づいていた。
この人と絡めば、いつもよりもっと面白いことが起きると。
事実、シドは言った。
「俺と君なら、サイクロプスを楽に倒せると思うんです」
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