第13話 リサーチする勇者、単勝一点買いする魔王

 とある喫茶店。

 志度カケルと、ユリウスことは遅めの朝食をとっていた。

 

 ユリウスはカケルのノートパソコンを使ってネットの世界を横断中。

 向かい合うカケルはテーブルに山積みになった画集を見て、険しい顔をしている。


「あのなあ。気に入った画集を買うのはわかる。そいつにキャラデザをやらせたいって気持ちもわかる。だけど言ったよな? お前が選んだ絵師はみんな死んでる」


 ダヴィンチ、ラファエロ、ミケランジェロにベラスケス、その他大勢の、歴史に名を残したアーティストたち、皆が死んでいる。

 仮に生きていたとして、3Dアニメのキャラクターデザインを依頼したところで受けてくれるだろうか。

 ミケランジェロあたり、俺を誰だと思ってる? 俺は彫刻家なんだよ! と怒り狂いそうだが、ラファエロなら大金払えばワンチャン引き受けてくれそうな気もする。


 まあ、どっちにしろ死んでいるのですが。


「わあっておる。この本はわしの趣味で買っておるだけじゃ。それにわしも言うたであろう。絵師に関してはきさまに全部任せると」


「……じゃあ、お前は今パソコンを睨みつけて何してるんだよ。絵師を探してるんじゃないのか?」


「競馬じゃ」


「……」


「絵師はお前が探せ。わしはその間に金を調達する。得意分野じゃからな」

 

 確かに支配者としてのユリウスはいつだって金に困らなかった。一円を数時間で一万に増やせる才覚があった。


「とはいえアートを見る目がまるでないきさまにすべて委ねるのが危険だということも理解しておる」


 画面から目を離し、一息ついてコービーをがぶ飲みするユリウス。

 ノートパソコンをカケルの前にスライドさせる。


「気になる絵師をピックアップしておいた。感謝しながら探るが良い」


 三十名以上の人材がリストに載っている。

 国籍や年齢を問わず、ピンと来たアーティストをひたすらピックアップしたらしい。ちなみに全員、生存中。


 アートやアニメにさほど詳しくないワタルですら、その名を一度は耳にしたくらいの有名アーティストもいれば、SNSで細々と自作を公開している無名の絵師もいた。


 カケルは気づいていないが、そのほとんどが男だ。


 自分以外の異性をカケルに接近させたくないので、しっかり女性を省いたユリウスだが、そんな彼女ですら認めざるを得ないほどの才能を持った数名の女性だけは渋々リストに入れていた。


 そして心眼スキルを持つ志度カケルは魔王のお眼鏡にかなった女子たちの底知れぬ才能にしっかり気づいてしまうのである。


桐生渚きりゅうなぎさ……。この人、メチャクチャ上手いな……」  

 

 一見写真と見間違うほどの精密な風景を書きまくっているかと思えば、印象派っぽいソフトな絵も描いているし、バリバリの抽象画も描いてもいる。

 いずれも上手い。


「やはり気づいたか。技術でいうならそやつが一番じゃな。器用さという意味でおそらく書けぬものはないじゃろう。依頼すればアニメ調の可愛い絵というやつも書ききるに違いない。劇画も萌え絵も思いのままであろう」


 ユリウスにそこまで言わせる桐生渚の才能に驚くと共に、凄まじい速さでサブカルに詳しくなっていくユリウスが怖い。


「まあ、お前がそこまで言うくらいなら、この人に書いてもらおうか……」


「だがのう、上手いだけなのじゃ。絵の上手い奴なら今時、そこら中におる。その町の美術館の一般ギャラリーに飾ってある絵を見てみろ。これでプロじゃないのかと驚くほどの技を持ったアマチュアが大勢おるぞ?」


「いや、俺は美術館に行かないし、一般のギャラリーなんてなおさら見ないよ」


 ああ、だめだこいつは。そんな溜息を吐くアート大好き元魔王。


「愚かであるのう。この星は文化において天国のような場所であるが、それに触れぬとは、きさま、無駄に時間を使い過ぎじゃ」


「そりゃ申し訳ない」


 確かにその通りかもと素直に謝りつつ、この女は地球に来たばかりでいつアマチュアの作品が並んでいるギャラリーに足を運んだのだろう。


 まさかとは思うが、こいつ、テレポートしてるよな。

 適応が早いというか、大胆不敵というか。


 前の世界ではそんなに珍しい魔法じゃなかったけれど、こっちで瞬間移動なんてしたらヤバいことになりそうな気がする……。


 とはいえ、止めなさいと言って止める女ではないので、ここは黙っておく。


「よいかカケル。今の時代に必要なのは個性じゃ。ぱっと見ただけでこの絵はこいつが書いたと誰もが気づくほどの個性。それが桐生渚という女には足りぬ。どれもこれも模倣の枠から抜けておらん。だがそれを差し引いても技術は凄まじい」


「そういうもんなのか……」


 やはりアートの世界は難しいとうなるカケルであるが、この桐生渚という人の作品には強く惹かれるものがある。


 で、興味を持つと、余計な心眼スキルが発動してしまうわけで。


「闇を感じる……。なんでだ? わかるか?」


 訪ねてみてもユリウスは上の空だ。

 スマホに釘付けになって返事すらしない。

 

 仕方なく桐生渚という名前で検索してみたら、カケルの疑問はすぐに解消された。


 桐生渚はまだ18歳だった。

 しかも恐ろしく可愛い容姿をしている。

 ショートカットの丸顔でマッチ棒のように細い体。

 男の子と間違えられても仕方がないような容姿だ。


 どうやら可愛すぎる天才画家として世間を騒がせているらしい。

 ユリウスが認めるほどの画力に、美少女という個性が加わることで、桐生渚はアーティストとして活躍することができているのだろう。


 美術系の雑誌でその技術の高さを絶賛されるだけでなく、ファッション誌の表紙まで飾る。テレビの取材に自作について語る姿も凜々しい。


「自分をきっかけにして、同世代の人たちがアートに興味を持ってもらえば、こんなに嬉しいことはないです」


 満面の笑顔でそう語るインタビュー動画を見ながら、カケルの心眼スキルはある真実を見抜いていた。


「この子、面白そうだぞ……!」


 だっと立ち上がり、一人で喫茶店を飛び出す志度カケル。

 ユリウスは気づかない。

 なぜならスマホに夢中になっていたからだ。


「ほれやったぞ! 的中じゃ!」


 実はカケルが稼いだ有り金すべてを競馬に注ぎ込んでいたユリウス。

 

 人を見る目もあれば馬を見る目もある元魔王。

 単勝一点買いでかなりの儲けを得たらしい。


「これで機材を揃えることもできる。なんなら家もじゃ!」


 カケルと一緒に住める場所を手に入れることを妄想してニヤつくユリウスであったが、


「おらん……」


 もうどこにもいない。

 置いていかれたのである。


 さっきまで右から左に流していたカケルの話を思い出すと、あの馬鹿が桐生という娘に関心を抱いていたのは間違いなさそうである。


「あのアホウ……、また女子に目を付けおって!」


 元をたどれば自分の責任なのだが、そういうことに気づかない元魔王。

 イライラと店を出るのである。

(ついでに支払いも自分がやるからもっとイライラします)

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