第12話 荒ぶる魔王

 ラバーナからログアウトした後、志度カケルはノートパソコンを閉じる。


「ありゃ?」

 

 いつの間にやら大勢に囲まれている。

 人の多い公園のベンチでプレイしていたので、カケルがラバーナでやっていたことはすべて筒抜けになっていた。


 エアーズの中で見事なジャイアントキリングをやってのけたカケルに、見物人は惜しみない拍手を送る。


「メチャクチャ上手いっすね!」

「フレンドになってください!」

「俺もお願いします!」

「わたしも良いですか?!」


「あ、いや……」


 あちこちから飛んでくる称賛に戸惑う中、勘の鋭い見物人が気づく。


「シドさんですよね? テンちゃんの配信見てました。大騒ぎになってますよ!」

 

「あ、はは、どうも」


 包囲されて身動きが取れないカケル。

 その手を強くつかむユリウス。


「邪魔じゃ邪魔じゃ! のけい!」


 華奢な体に似合わない怪力でぐいぐいとカケルを引きずっていく。

 何だこいつと皆がイラッとしたが、


「すげえ美人……」


 ユリウスの浮世離れした美しさに皆が見とれて足を止めてしまったので、ユリウスとカケルは騒ぎから楽に逃げることができた。


「悪い、助かった。でも上手くやったよな。これでしばらくは……」


 大丈夫だよなと言うつもりが、ユリウスが大股歩きでぐんぐん先を行ってしまうので、慌てて後を追う。


「どうした、何かあったか?」


「ふん」


 口を真一文字に結んでだんまりのユリウス。

 明らかに怒っている。


 見事な戦い方だった。それは認める。

 報酬も十分だ。

 そこもよくやった。それも認める。


 しかし、なんであんな女を使ったのか!

 自分というものがありながら、他の女に声をかけおって。

 あのアホが!

 という理由でユリウスは気分を害している。


 なまじステータスが見えるから、最適解の人材を探り当ててしまうのがカケルの長所でもあり、悪い部分でもある。

 あの場で一番役に立つ人材を見事に選びやがったのは仕方ないが、それが妙に華のある女だったら、遠慮して二番目に凄い奴にせいよ!

 

 わしの気持ちなんか全然考えておらん!


 おまけになんだ、最後の一言は!

 ゴールが見えてないような気がしたから、少し休めだと!


 こんな時に相手の真相を言い当ててどうする!


 なまじ相手の能力が見えるから、相手が自覚していない悩みすら言い当てる。

 なんと忌まわしい心眼スキルであろうか。 


 まあ百歩譲ってスキルが発動すること事態は仕方ないと認めよう。

 だが妙に華のある女に仕掛けるのはやめろってのよ!

 

 ごおるがみえてないようなきがしたから?


 なんて、下心無しにさらっと言い切りやがったから、相手がドキッとした顔してただろ!

 そういう無自覚の殺し文句で今までどれだけの女をたぶらかしてきたか!


 ばっかじゃねえの! 

 そういうのはわしだけに言えよ!

 今までそんなこと一度もないし!


 ばか、ばーか、ばーーか!


 と、そういう理由で元魔王は大いにイライラしている。

 

 とはいえ、この不機嫌が時間を無駄に浪費してしまう行為であることもわかっている。

 聖杯さえ発動してしまえば、もう誰もユリウスとカケルには近づけなくなるのだ。

 まずは足場を固めなくてはいけない。


 ぶはっと大きな呼吸で焼きもちを吐き出すと、ユリウスはカケルを睨みつけた。


「今が良いタイミングじゃ。シドでアカウントを使ってそこら中のSNSに書き込んでおけ。次の配信は五日後だとな」


「五日後って……、まさか配信者になるつもりなのか?!」


「そうじゃ。五日後、わしは華々しくデビューする!」


 配信者にならなくても今日のように強い敵を倒していけば、ラバーナで生計を立てることはできるはずだが。


「よせよせ。前も言ったけど、配信者は大変なんだぞ。もしかしたら魔王や勇者より精神削られるかもしれない」


 たまたま今日は悪目立ちしてしまっただけで、自分らが配信者になったところで、いいことなんかないように思える。


 しかし、ユリウスは本気である。


「こんな感じで書き込んでおけ。時は来た。我が主が五日後、皆の前に現れるであろう。その時を大人しく待つがいい。とな……」


「我が主って……、どういうキャラ設定だよ」


 馬鹿なことを言うでないと魔王は怒る。


「キャラ設定など必要あるか! よいか、認知度を上げたいアイドルがデビュー直後に無理くりにやって、後になって後悔する姑息な手段がキャラ設定じゃ。わけわからないキャッチフレーズを作ったが最後、一生ついてまわる悲劇につながりかねん。井森美幸女史のあの体操みたいなもんじゃ。ありゃ死ぬまでついてまわる。考えただけで恐ろしい」


「お前、日本のエンタメに適応が早すぎるぞ……」


「キャラ設定なんぞわしには必要ない。前の世界で魔王だったのだからシンラバにおいても魔王で行く。魔王である以上、派手にやる。それだけのことじゃ」


「それをキャラ設定と言うんじゃ……」


「でゃまれい!」


 ユリウスは興奮してくると言葉遣いが赤ちゃんぽくなる変なクセがある。


「よいか。配信者なんて砂の数ほどいる! あの天堂とか板東とかいう、あざといアイドルの域に達するにはファーストインパクトが肝心なのじゃ!」


 要するに天堂マコトに勝手に嫉妬したので、天堂マコトを越えるくらいにチヤホヤされたいと言うだけである。


「その準備を今からする! よく聞けい! 何ならメモれ!」


「はいはい……」


 こうなると何を言っても怒るので、大人しくスマホのメモアプリを開く。


「まずは絵師が必要じゃ。あの天堂だかボンドウだかいう空元気なアイドルには、優秀な絵師が作った3Dキャラがおった。何もかもが初期装備じゃった貴様がアヒルだとすれば、天堂は白鳥のようじゃったであろう」


 アヒルだって可愛いぞと言いたかったが、ユリウスが言わんとしていることは理解できる。


「確かに見た目の違いはあったな。横にいるだけで惨めになったよ」


「だからこそ、わしのアバターはフェニックスのように輝いておらねばならん! それを具現化できる絵師を探す!」


 言いたいことはわかったが、


「そんな凄い人いるかな。ってか、いたとして絵を描いてくれないだろ」


「失礼な。わしは魔王ユリウスであるぞ」


「前の世界ではそれで通用したけどな。今はそれ言うと変人扱いされるぞ」


「わあっておる! 少しは黙れ正論おばけが!」


 一喝して黙らせたあと、


「既に調べておるのだが、この世界には優れた絵師が多くいる。モネとかマネとかルノワールとかな」


「もう死んでる」


「む、そうなのか? ではダビンチとかミケランジェロとかラファエロは?」


「それよりもっと前に死んでる」


「むむむ。では、北斎や若冲も?」


 黙って頷く。


「ベラスケスは? ゴヤは?」


 黙って首を横に振る。


「残念じゃのう。いずれも良い絵師なのに」


 ユリウスが持つ最強スキル、魔王の順応は「今」に関しては効果があるが「過去」に関しては効果が及ばない。

 日本人なら誰でも知ってる信長、秀吉、家康も知らないだろう。


「ではカケル、絵師についてはお前がなんとかせい。全部、全部じゃ」


 出たよ。

 魔王の悪い癖、めんどくさいことは他人にやらせる。

 もうこうなってしまえば自分がやるしかない。


「だけどなユリウス、五日しかないのはきついぞ。どんな凄い絵師だってそんな短時間で仕上げられるわけがない」


 ユリウスの悪い癖。

 五日あれば何とかなると考えてしまう「五日病」である。


「そこは安心せい。シンラバーナは地球の常識を越える場所じゃ。何とかなる」


 ユリウスが何とかなると言ったらなる。それもまた真実である。


「それとカケルよ。わしのことを今後ユリウスと呼ぶな。わしはもう天空魔国のユリウス・フォン・ローゼンハイムではない。日本の父とロシアの母を持つ、れっきとした日本人になったのじゃ」


「おおう、仕事が速いな、酒津くんは」


 ユリウスが差し出した名刺を見てみるが。


王馬おうまユリ……? ちょっと安直すぎないか?」


 素直な感想をぶつけるカケルに対しは溜息を吐く。


「自らを酒津公任さかづきんとうと名乗る奴に頼んでいい仕事ではなかったが、ここまで早く動いてもらえば文句も言えぬ。わしの人選ミスじゃ」


 本当にその通りなので、カケルも頷くしかない。


「じゃあ王馬さん、今日も働きますか」


「うむ」


 こうして志度カケルと王馬ユリは動き出した。

 巨大なメタバース、ラバーナの支配者となるために。 

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