第6話 心の眼を持つ男

 エアーズハンターは、ラバーナというメタバースの中にあるコンテンツのひとつに過ぎず、運営の騎士はエアーズ専用のガードロボットのようなもの。

 

 広大なエアーズの世界で迷子になったプレイヤーを保護したり、これ以上は進めないから戻りなさいと忠告したり、バグにハマって動けなくなっちゃったプレイヤーを助けたりもする。

 プレイヤー同士のトラブルを解決するのも仕事のひとつだ。


 そのいかつい風貌と圧倒的な強さはプレイヤーがエアーズで安心安全に過ごすために必要な要素のひとつ。

 運営の騎士が現れたらその場を離れるというのは、エアーズのプレイヤーの共通認識であった。

 しかし、今日に限ってやけに絡んでくるレベル1の規約違反者がいる。


 半裸のボラボは運営の騎士にひたすら石を投げ続けていた。

 

「やめなさい」


 騎士は直立不動のまま警告する。

 

「わたしに対し累計で100以上のダメージを与えたものは明確な反抗者とみなし、その内容によってはその国の司法に委ねることになります」


 ようするに、なめた真似するとガチで法に訴えるぞと言っている。

 運営が言うくらいだから本当にそうなるんだろうが、そんな脅し、志度カケルには通用しない。

 彼も彼でまた茨の道を歩んでここまで来た男である。

 

 石を投げ続けながら、カケルはユリウスに話す。

 なぜバニシングを助け、運営に石を投げ続けるのか。


「バニシングの連中はこのコンテンツに何千時間も費やしてる。ここまで上げたレベルも、手に入れた装備も、ちゃんとしたやり方で手に入れたものだ。不正は何一つしていない。俺たちと違って」


「む?」


 ユリウスの目が光った。


「貴様……、見えているのか?」


「ああ。残念なことにな」


「ほう、それは愉快じゃのう」


 ニヤリと微笑むユリウス。

 カケルが何をしたいのか、すべてを察したようだ。


 確かにカケルは見えていた。

 エアーズハンターというコンテンツにあるすべてのステータスを。


 心眼。

 すべてを見通す能力。

 遠い異世界でカケルが手に入れた最強スキルだ。


 カケルには見えている。

 

 バニシングのメンバーすべて。見物に来たプレイヤー全員。そして運営の騎士。

 彼らの能力値をすべて把握していた。


 カケルだけに見えているのだ。


 初代聖杯から受け継いだスキルは、所有者の願いを何でも実現する「聖杯」だけではなかった。

 聖杯を手に入れようとする欲深い人間たちを何千何万と見続けてきたことで初代聖杯が身につけた「心眼」スキルもしっかり引き継いでいたのである。


 カケルはこの心眼で、異世界で勇者と呼ばれるほどの強さを手に入れた。 

 それを近くで見てきたのが他ならぬユリウスである。


「ならば聞こう。今の非力な状態であの運営の騎士をどうやって倒す? さらに聞こう。あの騎士を倒すだけであのクズどもを救えるか? ここで騎士を一人倒したところでクズどもの沙汰は変わらん。また同じ騎士がやってきて奴らを消す。ニセラバーナがある限り、何度でも湧いてくる。そもそもこんなマンガのような騎士なんかよこさずとも運営はボタンひとつでクズどもを消せるはずじゃが」


「確かにニセラバーナを運営している奴らは変だ。子供みたいなやり方をしている。だから追いかけてみる」


「ほう?」


「ダメージの蓄積が50を越えました。警告します。攻撃を止めなさい」


 騎士が静かに告げる。

 いくら石を投げてもダメージは1だから、死へのカウントダウンがとてもわかりやすくなっている。


 逃げ出す見物人。脅えるバニシング。

 騎士が着る黒い鎧が熱を帯びて赤くなってきた。


 そんな中でもカケルは冷静に分析する。


「あの騎士にはプレイヤーがいない。ニセラバーナのAIが操ってる。こいつの動きを止めれば、元魔王にしかできないことができるんじゃないのか?」


「わしにハッキングせいと?」


 ユリウスの口がクククと歪む。


「そうだ。お前の力があればニセラバーナ全体をシャットダウンできるだろうし、ここを作った連中がどこにいるのかもわかるし、そいつらにメッセージも送れるはずだ。それともできないか?」


「誰に向かって言うておる」


 ユリウスは鋭く言い放つと、満面の笑みを浮かべる。


「カケルよ、おぬしもワルよのう」


 この言葉をカケルにぶっ放す瞬間が最も興奮するらしい。


 それをよく知るカケルは悔しそうな顔をしつつも、言葉では平然を装う。


「彼らはお前によほどひどいことをしたんだろう。確かに外の世界じゃ乱暴だったかもしれない。だけどその責任をこういうやり方でとらせるのは変だ。外でしたことは外で解決すればいい。沢山の時間をかけて積み上げてきたものを奪われる辛さは誰よりお前が一番わかるんじゃないのか?」


「……ふん」


 それしか言わないユリウス。

 ふてくされた顔を見れば、内心では「やりすぎたかもしれない」と後悔しているのがカケルにはよくわかる。

 バニシングのためと言うより、ユリウスにそういう思いをして欲しくないからカケルは行動に移ったのだ。こんなこと決して口にはしないが。


「では再度聞こう。どうやって奴を倒す?」


「普通のやり方じゃもちろん勝てない」


「ダメージ累積80」


 騎士が震え始める。

 まるで火山が噴火する直前のよう。


 しかしカケルは騎士が爆発する瞬間を待っている。


「このゲームにはぜんぶのオブジェクトにステータスがあるんだ。石にも、土にも、木にも、地面にも、それぞれの形にのっとった攻撃力と守備力と体力がある」


 つまり、高いところから落ちれば落ちた分のダメージを喰らうし、木や石に体をぶつけた場合もそれ相応の打撃を喰らうということだ。


「それは興味深いのう」

 

「だから、こんなこともできる。見てろ」


「ダメージ累積100。攻撃を開始」


 闘牛のように突っ込んでくる運営の騎士。

 それを華麗なローリング受け身で交わすボラボ。

 

 勢いがありすぎて、ボラボの真後ろにあった大木にびたんと体当たりしてしまう騎士。

 一瞬だけ動きが止まる。


 ボラボはその隙を見逃さなかった。

 太く長い木の枝を拾うと、騎士の後頭部あたりにある鎧の隙間に木の枝を差し込んで串刺しにする。

 ビリビリの電撃を浴びたように動かなくなる運営の騎士。


「鋭利な武器やオブジェクトで体を貫かれるとレベル差関係なく30秒のマヒ状態になる。こんなことしてくるプレイヤーがいないと思って、運営の騎士にもその条件を除外しなかった。ミスだな」


 呆然と事態を見つめていたバニシングのメンバーが思わず呟く。


「すげえ……」


 ボラボはぎこちなくバニシングのメンバーに向けて顔を動かし、チャットを送る。


『君たちは配信者なんだろ。メッセージを送ってくれ。あと数分でここは落ちる。今していることを止めて、ログアウトしろって、今すぐみんなに告げてくれ』


「え、ええ?」


 戸惑う男たち。ただひたすらにオロオロ。


 パソコンにマイクがないので声が出ず、メッセージだけのやり取りになってしまうから必死さが伝わらないらしい。

 

 なのでカケルはこれ以上ないくらいわかりやすい表現で煽った。


『は! や! く! しろ!!!!!!!!』


「はっ、はい!」


 一目散に走り出すバニシングたち。


「後は任せる」

「うむ。よかろう」


 カケルからキーボードを受け取ると、ユリウスはボラボを騎士に近づけた。

 ボラボの手は騎士の鎧にぺたりと貼りつき、その身を貫通していく。


 騎士の様子がおかしくなる。

 

「や、や、やめ、やめ、やめな、さい。やめなさい」

 

 まさに壊れたロボット。

 ユリウスに体の中をメチャクチャにされ、情緒を失っていく


「ど、どうか、や、やめ、やめ」


『やめん』


 凄まじい速さでキーボードを叩いていく。

 気分は「紅」の冒頭でピアノを演奏しているときのYOSHIKIである。


 美しかった天空の世界がおかしくなっていく。

 点灯と消灯を繰り返し、ノイズがそこら中から聞こえてくる。


 音楽が流れ出す。

 フルオーケストラで響き渡る荘厳なメロディは、カケルとユリウスにとっては馴染み深いものだった。


「わしの国の歌ではないか……」


 ユリウスの言葉と共に、ラバーナが落ちた。

 すべてが真っ黒になった。

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