第5話 後編 不毛な戦い、その終焉

 ここまで事態がおかしくなると、他のプレイヤーたちもわらわら集まってくる。

 彼らにとってバニシングは数ある配信者の中でも技術とチームワークに秀でたプレイヤーという認識がある。

 

 そんな凄腕の有名人が半裸のレベル1に振り回されているのが信じられないわけだが、それ以上に彼らの戦闘で常時流れる個人情報丸出しのチャットを見ると、かなりヤバいことになっていると気づく。


 相手のプライバシーを垂れ流すボラボを見て、下品なことをしているとドン引きするプレイヤーもいれば、こりゃおもしれえと、はしゃぐプレイヤーも出てくる。


『次、バニシングのリーダー、本堂敬太郎。電話番号は』


「やめろってえええ!」

「殺せ! 殺して黙らせるしかない!」

「わかってる!」

「総攻撃だ!」

「殺せ殺せ殺せえええ 」


 四方八方から最大級のパワーで仕掛けるバニシングたち。

 

 でもやっぱり当たらない。

 見学しているプレイヤーには何よりそれが衝撃であった。


『レベル1がレベル50の攻撃、全部避けてるw』

『操作がうますぎるw』

『デスクトップユーザーだろ? なんでここまで動けるの?』


 ボラボの驚異的な身のこなしに驚くチャットが増えてくると、ユリウスはますます上機嫌になった。


「それはわしが魔王だからじゃ!」

 

 ネカフェにいるのに大声を出し、カケルを焦らせる。


 とはいえ、ユリウスのキー操作は確かにすごい。

 早い。ミスをしない。避けるタイミングもバッチリ。 

 どんなにレベル差があろうと、当たらなければ死ぬことはないという理論を実践しているだけでもすごいが、その状態できっちり相手の個人情報も叩き込んでいるから恐ろしい。


 これもまた魔王順応のなせる技だろうし、異世界で生きるか死ぬかの戦いを繰り広げていた彼女にとってはそもそもこんなのお遊戯でしかないだろう。


 やはり、バニシングが絡んでいい相手ではなかったのだ。


 勝負はユリウスの勝利。

 圧倒的な勝利だった。


 精神的ダメージが深すぎて地面に倒れて動かなくなるバニシング。


 キャラクターは無傷。

 強力な技もまだまだ繰り出せるくらいの余力もある。


 それでも彼らは動かない。

 体から煙が吹いていそうなくらい消耗しているのがわかる。


 キャラは健康だが、中の人間がやられた。


 すべての個人情報をさらされた結果、彼らのスマホには大量の着信、さらには『あなたの自宅のドアを誰かが蹴っている』などという防犯通知まで大量に入っている模様。

 

 そしてボラボが暴露したバニシングの個人情報はデジタルタトゥーとなってネットの世界を駆け巡っているだろう。


「可哀想に……」


 素直に同情するカケルに対し、


「いい気味じゃ」


 してやったりのユリウス。


「気が済んだ。ここを出るとしよう」


 と、素直にログアウトできれば、それで良かったかもしれないが。

 ログアウトを選択しても画面が変わらない。


「フリーズか?」


 そうではなかった。

 ゲームの世界から、ざっ、ざっ、ざっという、地面を踏みつける音が、一定のリズムで聞こえてくる。

 

 今までの戦いを見物していたプレイヤーがあるチャットを飛ばした。


『運営だ』


 その一言ですべての見物人が言葉もなく離れていく。

 

 倒れ込んでいたバニシングの男たちも慌てたように立ち上がるが、


「ログアウトできねえ!」

「なんで?! 俺達は被害者だろ?!」

「来る…! 来ちまう!」


 ホラー映画の殺される寸前の奴みたいな怯え方をするバニシングたち。


 何かが起きようとしている。


「何か来るのか?」


 小さなディスプレイの中で起こる緊迫した状態をじっと見つめるカケル。


 暗闇から現れたのは、上から下まで真っ黒い鎧を着た悪魔的な騎士だった。


 その姿にカケルは怖がるのではなく、吹いてしまった。


「まんまじゃないか。逆にダサいな」


 その一言にユリウスの悪戯心に火が付いた。


「ならそう書き込んでやるとしよう」


「おいよせよ!」


 慌てて止めたところでユリウスのキータッチは凄まじい速さだ。


『これまたダサくて汗臭そうな奴が来たのう。一体何のようじゃ』


 そのチャットを目にしたバニシングの男たちがひいっと悲鳴をあげ、他のプレイヤーはヤバいヤバいと足早にログアウトしていく。



「おい! 汗臭いとは言ってないだろ!」

「気持ちをくんでやったのじゃ! 感謝せい!」

「人をいじる時に匂いのことを言うのはやめろって何度言ったらわかるんだ!」


 なんてやり取りをネカフェの中でしていたら、画面の中のボラボやバニシングの面々がふわりと宙に浮き始めた。


 まるで見えない杭に打たれたかのように、空の上で貼りつけにされる。


「あなたがたは重大な規約違反を犯しました」


 運営の声は機械で作られたようで抑揚がなく、ところどころ発音もおかしい。

 かえってそれが不気味に見える。格好はダサいけど。


「ボラボさん。あなたは不法な取引と、システムへの不正なアクセス、さらに有害なチャットによりラバーナのセキュリティに多大なダメージを与えました」


 その指摘に元魔王はきょとん顔。


『おかしいのう。わしはこのキャラを手に入れるのにラバーナで認められたやり方で真っ当に取引したつもりじゃが』


「その責任を問うてはいません。あなたが所持しているアイテムは不正に改造されたものです。非正規のやり方で作られたアイテムを多く所持していることが問題です」


 その指摘にユリウスはおお、と声を上げる。


『それは知らんかった。すまんのう』


 謝って済む問題とは思えないし、


「ハッキングと個人情報のバラマキだけでもうアウトだろ」


 厳しく咎めるカケルに対し魔王はなぜか誇らしげ。


「ほっほっほ」


「……」


 愉快の基準がわからない。

 

 反省する様子のないボラボに運営の騎士は判決を下す。


「あなたは五分後、ラバーナから永久追放されます。何か弁明は?」


 ユリウスの返事は早い。


「ない」

 

 これだけ。

 目的をすましたのだから、ボラボがどうなろうと知ったこっちゃない。


「わかりました」


 ゆっくりと地面に下ろされるボラボ。あと五分の命である。

 

 次はバニシングだ。

 宙づりにされた五人のレベル50戦士は脅えた顔で騎士を見つめている。


 ただの3Dキャラなのに、その感情が読み取れるくらいに表情がコロコロ変わることにカケルは改めて驚かされる。

 ニセラバーナの技術力は本当に凄いんだろう。


 なんてことを感心している状況ではない。

 バニシングのメンバーたちにとっては恐怖の裁判である。


 そして運営の騎士は非情な沙汰を下した。


「レベル差の違うプレイヤーへ申請無しの一方的な攻撃は規約に反しています」


「だってあいつが先に仕掛けてきたから……!」

「悪いのはあいつでしょ!」

「俺たちは自分で自分の身を守ったんだ!」


 必死で弁解する五人。しかし騎士は一言で黙らせる。


「ボラボさんはあなたたちに攻撃をしていない。ただ声をかけただけです。今に至るまでずっと」


「……」


 確かにそれはそうなんだけど、問題はその中身だ。


「あんなことバラされたら焦るでしょ!」

「じゃあどうすりゃ良かったんだよっ!」


 そうだそうだと頷く他のメンバー。

 なぜか画面の外でカケルも頷く。


 しかしやっぱり運営は冷たかった。


「ボラボさんの発言の内容と、あなたたちがボラボさんにした行為を、一緒くたにして判断することはありません」


 非情だ……。


 それぞれの発言と行動に対して規約にのっとった責任をとらせる。

 どうしてそうなったかの経緯なんか知らん。

 ということだろうか。

 

「今日の午前十二時を持ってあなたがたのアバターは抹消されます。それから七日間、ラバーナへのアクセスを禁じます。以上」


 地面に下ろされてもバニシングのメンバーは動けない。


「そんな」

「嘘、だろ……」


 悔しさと絶望で地面を叩く奴もいた。

 

「ふん。当然の報いじゃ」


 画面の外で腕を組むユリウス。

 その顔に笑顔はない。


「じゃあ、次は俺の番かな」


 カケルはすぐに動いた。

 横にいたユリウスを押しのけ、キーボードを叩く。


 そしてボラボに石を拾わせると、渾身の力で運営の騎士に投げつけた。


 こんっと小さな音。

 ダメージは1。


 しかし、この行為にはそれ以上の衝撃があった。

 運営に喧嘩を売ったのである。

 

 うわわわわと震え出すバニシングのメンバーたち。

 離れたところでまだ見物していた一部のプレイヤーもボラボを見て驚いた。

 とうとうおかしくなったと言い出す奴もいた。


 しかしカケルは言った。


「バニシングを助けるぞ」 

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