第5話 前編 不毛な戦い、その始まり

 もうひとつの地球と言っていいほどに精密で美しいメタバース、ラバーナ。

 

 人気コンテンツ「エアーズハンター」の世界を歩く人は揃いも揃ってアニメ調の美男美女ばかりで、みんなファンタジーな武装をしている。


 そんな世界を下着姿のボラボさんが歩くのだから、誰が見たってヤバいやつだと思うだろう。


 実際、まわりの反応も素直だ。


『変なやつきた』

『www』

『ここに来たら服くらい着なきゃ』

『初めての人かな?』

『運営になんか言われそうw』


 チャットが飛び交うが、ユリウスはお構いなしだ。

 これ以上ないくらい胸を張って歩いている。


「あのクズらも日頃からここで狩りをして稼いでいるようじゃな」


「狩り……。そういうゲームか」


「並のプレイヤーでは倒せぬ敵を一網打尽にして、褒めてもらって小銭を稼ぐだけの、つまらん配信者どもよ」


「そうなのかなあ、ああいう配信をする人たちってすごい大変なんだぞ」


「チヤホヤされて調子に乗って、現世では夜の街を我が物顔で歩き、気に入った娘どもに近づいては俺たちのこと知ってるよねとたぶらかして欲を満たす、クズじゃ」


「それはクズだな」


 そんなやつにユリウスは引っかかったのか。


 クズの連中も可哀相に。

 絶対絡んじゃいけないやつに絡んでしまった。

 

 で、そのクズ連中はバニシングというチームを結成しているらしい。

 森の中の袋小路でキャンプをしているが、配信はしていない様子。


 エアーズハンターのことなど何一つ知らないカケルであるが、バニシングの男たちが使っている装備は他のユーザーに比べて明らかにランクが上に見える。

 見た目もゴツゴツしているし、キラキラ感が違う。


 その証拠にステータスも高い。

 他のユーザーのレベルがだいたい30くらいなのに、バニシングのメンバーはレベル50で、今のところカンストしているようだ。


 連中は集まって何か話しをしているようだが、チーム内会話なので、音声は聞こえてこない。

 その激しい身振り手振りを見る限り、現実世界で殺されそうになったことに関してああだこうだ言い合っているのだろう。


 彼らが恐れているのはそれだけではない。


 自分たちがユリウスにしたことは他人の目から見たら「悪行」だから、それを表沙汰にされたら社会的に終わる。


 これからどうする? これからどうする? これからどうする?

 そんな不安でいっぱいだから、ボラボさんが近づいているのも気づかない。

 

『見つけたぞ、クズどもよ』


 いきなり失礼なチャットを書き込むボラボ。

 いわゆる白チャと呼ばれる通常チャットなので、同じコンテンツにいるすべてのユーザーがこの物騒なチャットを見たことだろう。


 それに対するバニシングたちの反応。


「俺達に言ったの、それ?」


 設備が整ったスタジオの中で操作をしているから、音声はきっちり再生されるし、きちんと文章化もされる。

 彼らの分身であるキャラクターもまるで生きているかのようにきびきび動く。

 

 一方、パソコン操作のボラボは直立不動。表情も変わらない。マイクがないから声も出ない。ただしタイピングは恐ろしく早い。

 おまけにパンツ一丁。


『わしを侮辱し、命より大事なものを踏みにじった罪をここで受けてもらう。土下座したとて許しはせぬ』


「なんだこいつ……」


 変なのに絡まれた。

 やれやれだ。

 そんな感じでバニシングの面々は去って行こうとする。


 しかし、地獄はもう既に始まっていた。


『覚悟は良いな? 大森祐三くんよ』


 名指しされた大森くんと思われるキャラがビクッと震えた。

 無理もない。

 エアーズハンターの世界では「ジョナサン」なのに、いきなり本名を言い当てられたのだ。飛び上がるほど衝撃を受けただろう。


 なぜユリウスが彼の名前を知っているのかと聞かれたら、答えは簡単。

 ハッキングしたことでバニシングに所属する男たちの個人情報を全部手に入れてしまったから。

 そしてそれを白チャットで全方位に拡大。

 さすがにこれは違法行為。


「いくらなんでもまずいだろ……!」

 

 カケルが注意したところで下がるユリウスではない。

 魔王は戦う気満々なのだ。


「お、おまえ、まさか……、さっきの……」


 ある事実に気づいた可愛いショタキャラのクウくんが思わず後ずさる。


 その姿を見た魔王はニヤリと笑ってキーボードを叩いた。


『気づいたか、たしかお主は遠山……』

 

「やめろおおっ!」


 ボラボに向かって弓を打つクウ。

 レベル50のキャラしか装備できない最高威力の矢が、レベル1の半裸に襲いかかる。


 戦いが始まってしまった。


 クウちゃんのレベルはマックスで、装備も最強。

 それに比べればボラボは最低レベル、おまけに半裸。


 ステータスを見る限り、身体能力にも差がある。

 ボラボが一歩歩いているうちにクウちゃんは三歩踏み込める。


 しかし、ボラボはクウが放った弓矢をするりと避けた。


「なっ……」


『こういうのはな。タイミングでなんとでもなるのじゃよ』


 ユリウスの書き込み通り、エアーズハンターはアクション要素が強いので、ステータスの差だけで勝敗は決まらない。

 きっちり操作すればジャイアントキリングは成立する。

 

 といっても相当に難しい反応と操作が求められるが、ユリウスはそれができてしまう。なぜなら魔王だから。最強だから。


 メンバー全員がレベル50の最強チーム、バニシングが一人の半裸レベル1プレイヤー、ボラボに襲いかかる。


 彼らからすれば道の石を蹴るかのような簡単な作業なのに、その石が自由自在に動いてすべての攻撃を避けてしまう。


 一人の男がとうとう叫んだ。


「どうなってんだよこいつ! バケモノかよ!」


 しかしもう一人がその苛立ちを制する。


「おちつけ! 攻撃を続ければいずれ当たる! 相手は何をしたって俺たちに勝てるはずないんだ!」


 彼の言うとおりだ。

 ステータスと装備に圧倒的な差があるため、いくらボラボが避け続けようと、ボラボからの攻撃は常にダメージ1、あるいはミスである。


 いくらボラボの中の人が凄腕でも、いずれ負ける。

 その考えは正しいが、間違ってもいる。


 ユリウスにとっての「勝利」はボラボで相手をねじ伏せることではない。

 あくまでバニシングのメンバーの魂を削ることだ。

 

 戦うことを放棄し、敵の攻撃を避けながら、ボラボは身の毛のよだつチャットを繰り返すのである


『キャラクターネーム、ロビン。本名は中条英一』


「おおおおおい! それはないっての!」


 こんな調子で個人情報を垂れ流し続ける悪魔のレベル1。


『中条英一、東京都羽村市出身、現在地は……』


「黙れ! 頼むからやめてくれええ!」


 武器を捨ててとうとう土下座する中条くん。じゃなくてロビン。


 しかしユリウスはやめない。


『次、そこの長髪キャラ、ノクターン。本名、木島』


 次から次へと個人情報をばら撒いていく。 

 ある意味では最強の即死攻撃かもしれない。

 

 やめてくれ~と叫ぶレベル50の戦士たちだが、


『ほっほっほ。愉快じゃのう。いい気味じゃのう』


 すっかり悦に浸る元魔王。


「もう許してやれよ……」


 さすがにカケルも呆れる。しかし魔王は許さない。


「これくらいで奴らの罪は贖えん。奴らはわしの大事なものを踏みにじった。もう決して元通りにはならん!」


「……」


 ホントにここまで怒るのは珍しい。

 いったい何をしたんだろう。


 とにかくこれからどうするのかカケルは脳みそフル回転である。

 カケルの仕事はいつだって、魔王が暴れたあとの後始末なのだから。

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