第4話 いつわりの故郷
ユリウスをブチ切れさせたことで死ぬ思いをした男たちは、魔王から逃れるため、
「スタジオに逃げるぞ」
そう口走ってどこかに消えた。
「スタジオとはな、ニセのラバーナにアクセスするための機材を揃えた専用部屋じゃ。セキュリティがしっかりした施設に逃げ込まれてしまうと、今のやり方では限界が出てくる。人の家に土足で踏み込む形になってしまうゆえ、わしらを強盗だと間違えられてしまう可能性があるのじゃ」
敵がスタジオを使ってラバーナにアクセスしているのであれば、自分たちはネットカフェのパソコンを使ってラバーナに飛んで、そこで連中を追い詰める作戦に変更したということ。
そのためにわざわざラバーナのアカウントまで購入した。
「警察沙汰にならないようにするのは良いことだけどな。今までやったことだけで相当ヤバいって自覚してるか? 魔法なんか使っちゃって……」
正論を言ったつもりだが、魔王は何より正論を嫌う。
「ぼけが! 奴らがわしにした下劣な行為を正すための真っ当な裁きじゃ! わしを通り魔と一緒にするでない!」
やはりそうなるかと溜息を吐くカケル。
もうこうなったらあの可哀相な子達がせめて殺されないようにするよう、自分が巧く立ち回るほかないようだ。
だがカケルにとっては不毛な追いかけっこより、昨日までいた異世界とメタバースの名が同じラバーナだということの意味が知りたかった。
しかしユリウスは冷たい。
「意味など知らぬ。あとで調べれば良い。今は他に優先すべきことがあろう」
ユリウスが敵を追いかけるために購入したアカウントのキャラネームは「ボラボ」
その見た目は真っ白い下着だけ。
つまり半裸状態。
この時点で嫌な予感が漂ってくるが、
「お久しぶりです、ボラボさん」
というメッセージとともに、のどかな田舎の風景が画面一杯に表示され、それがあまりに絶景だったことにカケルの意識が全部持って行かれた。
なだらかな緑の平原は見ているだけで安らぎを感じるが、すこし視点を変えると、平原を囲むようにそびえる山々にまとった雪がとても神々しい。
「綺麗だなあ。アルプス山脈かな……?」
とにかく絵力が強いことで有名なスイスのどこかにライブカメラを設置してその映像を流しているのだと瞬間的に考えたのだが、やっぱりユリウスは冷たい。
「あほ。これはメタバースの中じゃ。実写なわけがなかろう」
「いや、わかってるけど、そうとしか見えないよ……」
ゲームのグラフィックというのはここまで進歩したのかと驚かされる。
どうやらボラボの家の窓から外を見ているという状況のようだが、流れる雲も、風にたなびく木々も、本物にしか見えない。
家の中を見回しても、家具から調度品に至るまで徹底的に書き込まれているし、部屋の隅の方にはホコリまできっちり書き込んでいる。
「VRゴーグルなんか付けてたら、本当にここに住んでると勘違いしそうだな」
「それこそが目的よ。徹底的にリアルに作ることで価値観を逆転させるつもりなのじゃ」
「価値観?」
「ニセラバで生きることがリアルであり、地球で生きることが非現実であると想わせる。そういうことよ」
「……怖いこと言うなよ」
しかし魔王は笑う。
「ニセラバを作った奴らは真剣じゃ。わしにはそう見える。今や世界中からとてつもない数の人間がアクセスし、とてつもない金が動いておる。このボラボという奴はその大きなうねりの中から吐き出されたゴミじゃな」
ユリウスにゴミ呼ばわりされたボラボさん。
ステータスを見ても何が何やらわからないのは仕方ないが、無一文でありながら「飛龍のひげ」というアイテムを大量に溜め込んでいる。
解説文を見る限り、ニセラバーナのコンテンツのひとつである「エアーズハンター」で使う素材らしい。
いわゆるレアアイテムというやつで、飛龍のひげがないと作ることができない武器や装備があるらしい。
つまりこのキャラは、ゲームの貴重なアイテムを現金で手に入れるための取引用キャラ。
ネットゲームにおいて絶対やっちゃいけない、リアルマネートレードである。
「これ、やばいんじゃ」
「やばくはない。既存のオンゲーと違い、メタバースで使用する仮想通貨は現実でも使用できる。極めて真っ当な取引じゃ」
「いやでも……」
「お前はまだ知らぬだろうが、このニセラバーナは日本産でな。驚異的な売り上げで多大な利益を得たことで、日本政府が法律まで変えたのじゃ」
「そうなのか……?」
「47都道府県+ラバーナ。これが今の日本だと心得よ」
「まじかよ」
「ニセラバーナでアバターを造り、そやつを操作して武器や道具を作ってそれを売ることで実際に生計を立てておる奴がいるのじゃぞ」
「はああああ?」
ユリウスがそう言うなら本当にそうなのだろうが、基本くそ真面目なカケルにとっては抵抗を感じる状態である。
しかし「魔王」は冷静に今の状況を受け入れる。
「今の生活にどん詰まりを感じたものたちが難民となって違う国に流れていくように、このラバーナにも人が流れているという事じゃ。それが今なのじゃ。カケルよ。時代に乗り遅れてはならぬ。波に乗るのじゃ」
「……わかったよ」
地球に来て数時間も経っていない人間に諭されてしまっているが仕方がない。
魔王の順応を発動したことで、ユリウスは地球人最強になっているのだ。
「よいか。ニセラバーナにアクセスする方法はいくつかある。スマホとパソコンが主な手段じゃが、人間らしい細やかな動きをしたければVRゴーグルがいい。しかし最も優れておるのはスタジオじゃ。機材が揃えば、部屋の中で動き回っているだけで良いのじゃからな」
なるほどそうなのかと感心するが、
「そんな凄い設備、よほどの金持ちじゃないと揃えらんないだろ。あの子たち、あの若さで稼いでるんだな。人生勝ち組じゃないか」
「どうしてそうなったかが、肝心ということじゃぞ」
「どうしてって……、あ、まさかあの子達」
「気づいたか。わしを愚弄したクズどもは配信者なのじゃ。俺たちのこと知ってるよねと随分アピールしておったからな。自分たちが有名人だという自負があったのじゃろう。しかしその身分がやつらの首を絞めることになるとはのう」
カケルよりも電脳世界慣れしたユリウス。瞬く間に敵を探り出していく。
「奴らが日本人であることは明確じゃから、ニセラバーナで活動している日本人配信者で、この時間帯にログインした連中を洗い出す」
「そんなのわかるのか?」
「わし以外の奴らにはわからんじゃろうな」
目の前の画面が真っ暗になる。
のどかな田舎の景色は失せ、大量の数字と英文が改行無しで画面びっちりに表示された。文字の色が赤いので、なんだかウイルスに感染したような気味の悪さがある。
カケルは唖然となった。
「おい、まさかハッキングしてるのか……?」
「わしの手にかかれば造作のないことよ。連中の居場所をすぐに洗い出してくれよう。そしてこの世の地獄を見せてやる」
ドヤ顔の魔王。
褒めたつもりはないのだが、あの顔を見れば注意しても無駄だとわかる。
どこの世界に行っても、魔王は魔王。
なんか疲れてくるカケルである。
「見つけたぞ!」
身を乗り出してキーボードをぶっ叩くユリウス。
打ち込みすぎだろってくらい指を激しく動かす。
気分はGETWILDを披露していた頃の宇都宮と木根じゃない方だ。
再び画面が田舎の景色に戻ると、ボラボはすぐさまエアーズハンターにアクセスした。
天空に浮かぶ大陸を舞台にしたオンラインゲームのようだ。
青い海、空に浮かぶエメラルドグリーンの大地。
ずっと眺めても飽きないくらいの美麗なグラフィック。
「このグラフィック、ほんっとうにやばいな……」
地球のどこかにこういう場所が実際にあるんじゃないかと思わせるが、島々は天空に浮いているし、平野を歩くアバターたちは、剣を持ったり、槍を担いだり、全身鎧に身を包んだり、露出の高い服を着ていたりと、ファンタジー全開だ。
誰も彼もが美しい顔。惚れ惚れするスタイル。
やはりここは仮想世界なのだ。
「すごいのつくった人たちがいるんだなあ……」
思わず飛び出す感嘆にユリウスの目が光る。
「これがすべて人の手によるものだと思うかえ?」
「違うのか……?」
「強力なAIがリアルタイムでラバーナの今を処理している。奴らの気分次第で天候もコロコロ変わるじゃろう。しかしそれだけではないぞ。お前ならわかるはずじゃが?」
含みのある言い方でカケルは気づく。
「まさか……、魔法か?」
ユリウスはニヤリと笑った。
「面白くなってきたのう」
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