第3話 魔王、新世界を行く

 若者たちは逃げ続けている。


 とんでもない女に声をかけてしまった。

 手から炎を出してくるのだ。


 炎のせいで髪は黒焦げになり、頭から煙が出ている。

 服も穴だらけになり、ほとんど半裸の状態で逃げ続けていた。


 殺されると思った。

 

 いったいどんな原理で手から炎を出せるのか、そんなこと考えている余裕などない。

 とにかく逃げて逃げて逃げまくるだけだが、逃げ切れない。


 走っても走っても追いついてくる。

 後ろにいたはずなのに、角を曲がるとなぜか正面から向かってくる。 


「どーなってんだよおおっ!」


 絶叫する若者たちにユリウスは叫ぶ。


「だまりゃあこのクズどもが!」


 ユリウスの銀髪は怒りと魔力で逆立っていた。


「さんざ、なめくさりおって! わしをだれじゃあおもうとる! いてまうからかくごせいよ、わりゃあ!」


 ユリウスが故郷の方言を丸出しにしているときは完全なブチギレモードである。


「わしのだいじなもんをふみにじりおって! 逃げるのを止めて謝罪せい! わしに頭を下げれば片足潰すくらいで許したるぞ!」


 そうは言うが、じゃあ謝りますんでと立ち止まると、


「死ねやああああっ!」


 容赦なく炎が飛んでくるから謝りようがない。

 なので結局走って逃げると、


「謝罪せぬのなら、チリ一つ残らぬくらいに燃やしたるから覚悟せい!」


 ということになる。

 もう死ぬしかないじゃん状態。


 カケルがユリウスにアメフト並のタックルをかましたのはその時だった。


「落ち着けっての!」


 地面に転がる元勇者と元魔王。

 二つの力がぶつかり合い、コンクリートに落雷のごときひび割れが走る。


「離せ! 奴らを殺すのじゃ!」


「どんな理由があっても殺しはダメだって言ってんだろ!」


「ええい、はなせや、はなせい!」


 凄い力でカケルの拘束から逃れようとするユリウス。

 よく見ればその眼は赤く潤んでいる。

 泣きそうになるくらい怒っているのだ。


 いったいどうしてこうなった?

 ユリウスは基本、我慢強い方なのに。


 実の父親に家を焼かれても、実の母親に毒を盛られても、実の弟に後ろからナイフで刺されても、決してここまで取り乱したりはしなかったのだが……。


 とにかく今のままだと、あの哀れな若者グループどころか、東京全土が炎に呑まれてしまうし、魔力を全開放したユリウスまで力尽きる可能性すらある。


「どけい! いいからどけい!」

「そんなにムキになってどうすんだよ!」


 子供の喧嘩のように地面に転がり続けるユリウスとカケル。


 もつれ合う二人を見て黒焦げの若者たちは気づく。


 逃げるなら今しか無いと。


「スタジオまで走るぞ!」


 一目散に駆け出す若者たち。

 さすがに足が速い。

 あっという間に人混みに紛れる。

 

「すたじお……?」


 妙な言葉を聞いてきょとんとするカケル。


「ええい! どけやあ!」


 ともえ投げでカケルを吹き飛ばすと、ユリウスは眼をギンギンにして辺りを見回す。


「どこへ逃げおった……」


 その銀色の瞳が赤に変わる。

 魔法を発動しているのだ。


 カケルはその姿に頭を抱える。


「あいつ、まさか……」


 魔王ユリウスが持つ最強のスキル。

 

 魔王の順応。


 どんな場所にいようと、そのありあまる才能をフル活用できるよう、その環境に瞬時に適応する能力だ。


 魔王の順応があれば海底にいても呼吸ができるし、砂漠においても汗をかいたり喉が渇くこともなく、北極にいようが南極にいようが半袖一枚で過ごせる。

 多分、宇宙空間でも生きていけるだろう。


 そして今、魔王ユリウスはこの地球においても適応を始めている。


 この星がどんなつくりをしているか。

 地球にいるすべての生命体がどんな仕組みで作られているか。

 

 この地球でも最強でいられるためにどうすればいいか、魔王はその能力をふんだんに発揮して、地球をスキャンしているのだ。


「見つけたぞ、奴らはあの中におる」


 ある建物を指さすユリウス。

 東京スカイツリーよりもデカいビルが天高くそびえ立っていた。

 あまりに大きすぎて頂上が見えない。


「なんだあれ……」


 バベルの塔という言葉が浮かぶ。

 あまりにデカすぎて景色の一部になっていたから逆に気づかなかった。


 大きすぎて恐怖すら感じる。

 こんなの自分がいたときにはなかった。


「どうやら貴様がいなくなっていた間にこの星は大きく変わったようじゃ。しかしそんなことはどうでも良い! 今はな!」


 ユリウスはカケルの手を取り、強引に引っ張っていく。


「どこへ行くんだよ!」


 動揺するカケルにユリウスは怒鳴った。


「決まっておる! ネカフェじゃ!」



――――――――――――――――――



 というわけで、どこにでもあるネットカフェ。


 完全に地球に適応した魔王ユリウスは、カケルの自動車免許を使って手早く本会員になると、慣れた手付きでセルフレジを操作して、個室を確保する。


「VRゴーグルは在庫なしであるか。残念だが仕方あるまい」


 個室に入るなりパソコンを立ち上げる。

 ユリウスが何をしようとしているかわからず、ただ見るだけのカケル。


 狭い部屋にギュウギュウ詰めになって苦しそうなカケルに気づき、ユリウスは愉悦の表情を浮かべた。

 カケルを溺愛するユリウスは、元魔王という生い立ちのせいか、カケルを困らせたり怒らせたりするのが大好物なのである。


 こんな狭いところに入って、ひとつのパソコンに集中すれば、どんなに遠慮しても体と体が触れあってしまうのに、必死で密着しないよう壁に体を貼り付けるカケルが可愛い。

 本当はわしの艶やかな香りにくらくらしているだろうに、いかがわしいことをしないよう必死にこらえておる。そこが可愛い。(個人の妄想です)


 いっそこのまま抱き合ってしまえば、あのクズどものことも忘れてやるのだが、あのいくじなしはそんなことせぬだろう。

 臆病で哀れな愛しい男じゃ。


 などと、妄想を膨らませている結果、敵に激しい憎しみをたぎらせている状態なのに機嫌は良いという不思議な精神状態の魔王である。


「カケルよ。貴様がいないあいだにこの星には巨大な仮想世界が出来上がっていたようじゃぞ」


「かそうせかい?」


「メタバースと言うのじゃろ? あのクズどもはその中に逃げたのじゃ。スタジオに行くと口走っておったじゃろうが」


「そんなこと言われても、俺はメタバースについては全然……」


「なら黙って見ておくのじゃな」


 自分の話がカケルの興味を引いたのが嬉しくて、すごい勢いでキーボードを叩くユリウス。ここまで激しくぶっ叩く必要はないのだが、かっこ良く見えそうだから派手にやる。気分はYOASOBIのボーカルじゃない方。


 で、結局何をしたかというと、大手のオークションサイトにアクセスしただけ。


「何を買うつもりだ?」


「メタバースにアクセスするためのアカウントじゃ。一から始めればキャラメイクやらチュートリアルやらで無駄な時間を使う。それでは間に合わんからのう」


「どういう意味……?」


 右手でキーボードを叩きながら、左手をカケルに向けて、何かを訴える。

 長い付き合いだからユリウスの言いたいことが分かってしまうカケル。


 ため息を吐きながら自分のクレジットカードを差し出した。


「よしアカウントを買うたぞ! これで奴らを追い詰めるのじゃ!」


 そしてメタバースへの扉を開く。

 モニターに映し出されたアプリケーションの画面を見てカケルは驚いた。

 天井に頭を打つくらいの勢いで。


「ラバーナ!?」


 それはカケルにとって第二の故郷と言っても良い、異世界の名前。


 ちょっと前までカケルが暮らしていた異世界が、ラバーナ。

 ユリウスを怒らせた連中が逃げ込んだ仮想世界の名も、ラバーナ。


 この偶然は、偶然でないように思えた。

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