あぶない勇者とやさしい魔王 - 異世界から来た魔王は持ち帰ったスキルで勇者と仲良くvtuberで無双したい。
はやしはかせ
第1話 突然ですが、最終決戦のお時間です。
いきなりだが、この物語はラストバトルから始まる。
地球から異世界にやってきた勇者と、異世界を焼き尽くそうとした魔王が、刺し違えたまま「何でも燃やす火山」というストーリー的にとても便利な決戦場に落下しているところだ。
勇者も魔王もバチボコに強いため、空の上でぶつかりあった両者は巨大なエネルギーの塊になってしまい、遠目でそれを見た人は、まるで星のようだと口々に言った。
「ああ、聖杯さまが行ってしまう」
聖杯さまとは勇者の愛称である。
「我らのために魔王を道連れにして、犠牲となってくださったのだ」
泣きわめく民から一人の男が立ち上がる。
「みんな、これからは勇者や聖杯に頼らず、自分たちの力で生きていこうじゃないか」
ありきたりな締めだが効果は抜群。
みんなでせーので叫ぶ。
「俺たちの戦いはこれからだ!」
というところでスタッフロールが流れるかと思いきや物語は終わらない。
勇者と魔王にとってもここからがスタート。
「準備はできた! 早くやってくれ!」
そう叫ぶのは勇者、志度カケル。
日本生まれの元気な社畜であったが、なんの因果か異世界に召喚された男。
「わしに指図するな! とっくにやっておるわ!」
と叫ぶのが、魔王ユリウス。
この異世界で破壊神と恐れられた最強の女傑。
ちなみに魔王になったのは最近で、まだ二十代。とても美しい。
「聖杯に告ぐ! 我は汝の正当な所有者なり! 我が望みを叶えい!」
魔王の叫びとともにカケルの体がエメラルドグリーンの光に包まれていく。
地球人、志度カケルが異世界で手に入れたチートスキル「聖杯」が発動した。
「ははははは! 見ろカケル! 思ったとおりじゃ! 我こそ至高!」
「そういう自慢は地球についてからにしろ! モタモタしてると火口に飲み込まれるぞ!」
「風情のないやつじゃ! 聞けい、聖杯!」
ユリウスはその美しい銀髪をたなびかせ、己の魔力を全開放した。
「聖杯よ。我と貴様はこれより別の星へ行く! 彼の地にて日々を過ごすのだ! その願いを叶えよ!」
カケルを包む光はさらに輝きを増す。
そしてカケルはない別の声が、カケルの内側から問うてくる。
「わが主よ、その星の名を告げたまえ」
その問いに勇者と魔王は同時に叫んだ。
「地球だ!」
――――――――――――――――――――
というわけで地球に戻ってきた。
眠らない街。
人で賑わう繁華街。
ギラギラにそびえ立つビル。
「帰ってこれた……」
懐かしげに故郷を見回す志度カケル。
その横でユリウスは、東京という街のえげつない繁栄と、それゆえに起こるカオスにドン引きしている。
カケルが異世界で持っていたスマートフォンの画面から、実に五年ぶりに「圏外」という表記が消える。
だが地球では一年しか時間が経過していなかったらしい。
その事実にカケルは安堵する。
まだ四十代にはなっていない!
それだけでこんなにホッとするとは……。
カケルは笑顔でユリウスに握手を求めた。
「お前のおかげで戻ってこれた。ありがとう」
しかしユリウスは両手を組み、握手を拒否。
ふんとそっぽを向く。
「お前との腐れ縁もこれで終わりじゃ。せいせいするわい」
子供のような態度にカケルは笑う。
「そうだな。俺はもう勇者じゃないし、お前も魔王じゃない。ただの可愛い女の子だ。これからは自由に暮らせよ。適応できそうか?」
「無礼な! わしを誰だと思うておる! 七大陸を征服した魔王ユリウスであるぞ! こんな小さな星、あっというまに征服してやる!」
と、強がったはいいが、苦笑するカケルを見て、咳払い。
「ま、まあ、世界征服など、ここまで来てそんなメンドーなことはせぬがな……」
「わかってるさ」
そしてカケルは一枚のメモを渡す。
「何だこの数字の羅列は?」
「電話番号ってやつだ。今はわからなくても、お前ならすぐ理解する」
「ふむ」
「何か困ったことがあったら電話してくれ。なんでも助けるから」
「ふん。地球に戻ればただの社畜の貴様に何ができるか。助けなどいらん」
ぷいっと背を向け歩き出す。
「さらばだ。ほんのちょっとだけ世話になったぞ、ほーんのちょっとな!」
「ああ」
カケルも後ろを向き、二人は別の道を行く。
かつて激しく争った勇者と魔王も地球においてはただの人間、そして赤の他人。
もう二度と会うことはないだろう……。
と思いきや、
「カケルのバカッ……!」
ファストフード店の看板を盾にして、小さくなっていく志度カケルを見送る魔王ユリウス。涙目である。
「ただの女の子に戻ったというなら、なにゆえ一緒に暮らそうと口にせぬのだ……! あのバカ、バカバカバカ!」
志度カケルはどうだか知らないが、この魔王はカケルのことを溺愛している。
こんなどうでもいい星にやってきたのも、立場や使命を忘れてカケルと一緒にいたかったからだ。
それなのに、あの究極に鈍い馬鹿野郎!
ほんとに別れちゃってどうする!
「追えよ! 振り向けよ! やっぱりお前が必要だってバックハグせいよ!」
しかし志度カケルは期待に応えない。
本当にいなくなりやがりやがったのである。
「バカ……」
どんな星にいたって自分なら生きていける。
だって魔王だもん、最強だもん。
だけど、一人は退屈で仕方ない。
「お前がいなかったら、どこにいたって意味ないのだぞ……」
とぼとぼ夜道を歩く。
空気を読めない若者たちが近づいてくる。
「うわ! まじ可愛いんですけど!」
「撮って良いですか!? ねえ、撮って良いですか?!」
そう聞いてくる割にはもうスマホでカシャカシャと美女を撮りまくる礼儀知らずの若者たち。
「む」
うぜえのが来たと顔をしかめるユリウスであるが、若者たちは空気を読めない。
「君、どこの国?」
どうやらハーフに見えるらしい。
「……」
寄りついてくる若者集団を完全無視して歩くユリウス。
「ねえ、ちょっと話さない? ねえ!」
「俺たちのこと知ってる? この声聞いたことない?」
「ない」
わー珍しいと騒ぐ若者たち。
「君、ラバーナにアカウント持ってないの?」
ラバーナという言葉で、ユリウスの足が止まる。
「今、なんと申した?」
ラバーナ。
確かに連中はそう言った。
「ほんとにしらねぇの? まじで?」
あまりの驚きで眼をぱちくりさせる若者たち。
頭の良いユリウスはそれだけで何かを察した。
「貴様らが言うラバーナと、わしが知っておるラバーナは、似て非なるものであろう。偶然ということじゃな」
一人で結論づけ、また歩き出す。
慌てて後を追う若者グループ。
「ちょっと待って! 一緒に遊ぼうって!」
「去れ」
冷たくあしらう魔王。
こんな美人を逃してなるもんかと食い下がる男たち。
彼らはわかっていない。
魔王に直に話していい庶民など存在してはならないし、もう魔王で無くなったにしろ、今のユリウスに近づくのは危険だった。
それから数分後。
どっかーん。
大爆発が起きた。
――――――――――――――――――――
「あ、あの炎は!」
夜の街に突如立ちのぼった爆炎を見て、志度カケルは硬直した。
甘ったるい果実のような臭い。
ビリビリと肌にまとわりつく魔力の塵。
間違いない。
ユリウスがやったのだ。
「あの馬鹿……、なんでこんな!」
頭を抱えて炎を見つめる。
テロだ、火事だと逃げ惑う人々。
通りは大混乱だ。
「おかしいだろ!」
地球に来たら魔力はなくなると、異世界の賢者たちは断言していたはずだ。
カケルを勇者たらしめた様々なスキルも地球では意味のないことだと。
なら、あの炎は何だ?
魔法じゃないか!
ジャンジャンバリバリの魔法じゃんか!
「ああもう!」
混乱しつつも、カケルは魔王ユリウスを追いかけることにした。
地球に帰ってきて一日も経ってないのに警察のお世話になんかなりたくない。
しかしこれでは……。
「異世界にいたときと変わんない……」
どうしても昔を思い出さずにはいられないカケルであった。
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