第21話 闇
夜の街を忍ぶように走る一台のミニバン。
ルブランこと桐生渚の個人情報を奪い取った五人が乗っている。
彼らはまるで面識がなかったが、匿名のタレコミを同時に受け取ったことで、一度限りのチームを組むことになった。
ルブランという商売敵をラバーナから追放するため、六番目のリーダーの指示のもとで作戦を決行した。
銃を持った男に妨害を食らったのは大きなアクシデントだったが、欲しかったデータはすでに五人それぞれのUSBメモリに5分割して収まっている。
これを出版社に売れば、しばらく生活に困ることはないし、ルブランのせいで崩壊していたラバーナの市場も元通りになって、真っ当な稼ぎを得ることができる。
その結果として桐生渚がどうなろうと知ったことではない。
彼女はラバーナにとって汚物なのだから。
とはいえ作戦を実行する際はさすがに緊張で震えた。
自分たちのやることが人の道から外れているのは承知の上だ。
現実世界で同じ事をしたら強盗である。
乗り気だったわけじゃない、けれど、やるしかなかった。
ラバーナという新天地の治安を維持するための、誰かがやらなきゃいけない必要悪だった。五人はそう割り切っている。
他のプレイヤーに迷惑をかけず、巨悪を成敗する仕事人のようになろうと心がけたが、いろいろあったけど、それなりに上手くいった。
五人は事態が好転したことにこの上なく安心していたが、そろいもそろって具合が悪そうなのも事実であった。
車のハンドルを握っていた男が怖いことを言い出す。
「やばい、目がチカチカしてきた」
ちなみに、五人はお互いの名前すら知らない。
この日限りの出会いだと思っていたから、互いを詮索することもなく、それぞれに課せられていたタスクを行使することに努めた。
だからこそ運転手が不調を訴えれば即座に動く。
「運転変わります」
助手席の男が優しく声をかける。
「悪い。お願いします」
路肩に車を止め、運転を交代する。
助手席にもたれ、ホッと一息ついた男。
バックミラーに写る後部座席の男たちも両目を閉じて苦しそうにうめいていた。
「みんなひどいことになったねえ……」
そりゃそうだと後部座席の男が目を開く。
「まさかラバーナの中で銃撃されるなんて思わないからね」
確かにと頷きあう男たち。
「一瞬だけど死んだと思いましたよ。死ぬはずないのに」
「やっぱり具合が悪いのは撃たれたショックで
「だろうね。あの銃乱射男のせいだ」
「そもそもなんでジョイフルのサーバーでラバウォーのアイテムが使えたんだ? 撃てるはずないのに……」
助手席の男の独り言に、後部座席にいた一人が反応する。
「思い返せばロクのメールに書いてあったんだよな。常識が通じない奴がいるから、そいつには関わるなって……」
姿を見せぬまま、作戦のすべてをメールで指示していた正体不明の人物を五人は六番目の仲間として、ロクと呼んでいた。
もちろん正体はラバーナを運営する三姉妹のひとつ、カグラである。
「そのメール、俺も読んだけど、まさかメタバースの中で銃をぶっ放してくる男がいるなんて思わないでしょ、普通……」
「ほんとほんと。話の通じない邪魔者が出てくる程度のことだと思ってました」
「銃を使えない場所で銃を撃ちまくって、当てた奴を強制的にログアウトさせる奴なんて、常識が通じないどころじゃない。魔法使いだよ」
見事に正解に辿り着いてしまう五人であるが、彼らの関心はいまだ姿を見せないリーダー、ロクに移行した。
「結局、ロクは指示するだけで作戦が上手くいけばそれで満足なのか」
彼らが手に入れる予定の大金は六分割してもかなりの金額になる。
しかし、ロクは五人と関わりだしたときから今に至るまで、一度も報酬も要求しなかった。
「ルブランが破滅すればそれでいいってことなんでしょう」
「俺達がルブランに生活をめちゃくちゃにされたみたいに、ロクも桐生渚にひどいことされた。ってことなのかなあ」
その言葉を聞いた助手席の男は自分の手にあったUSBメモリを見つめ、大げさに嘆いてみせた。
「真面目な良い子にしか見えなかったのに、こんなひどい漫画書いて、身分偽ってカジノに入り込んでやりたい放題だったとはなあ」
「ああいう立場にいるやつはだいたい性格が歪んでるんですよ。見た目につられてフラフラ近づいてくる連中を影で嘲笑って、搾り取るだけ搾り取ろうと思ってる。そうじゃなかったらあんな立場まで登っていけませんからね。金の亡者って奴ですよ」
そうだそうだと頷く男たち。
五人の携帯が一斉にメッセージの着信を告げたので、運転手以外は全員スマホに集中する。
これから合う予定の出版社の男から、新たな待ち合わせ場所が指定された。
国立新美術館。
鍵が空いているから中に入って待てという指示である。
「美術館って、こんな時間に開いてんの?」
首をかしげる男たちであったが、
「その編集者、アート関係者かも」
その指摘に一同、なるほどと頷く。
「じゃなかったら桐生渚の極秘情報なんて知り得ないですから」
「なるほど。要するに業界にめっちゃ嫌われてたってことか」
「ソトヅラはいいけど、実際は生意気で態度悪かったとか、そういうオチでしょ」
だろうなとそれぞれが頷いた。
――――――――――――――――――――
国立新美術館の門は確かに開いていた。
流線型のカーテンウォールが実に美しい、建物自体がアートな美術館。
男たちは敷地の中に車を止め、ゆっくりと歩き出す。
あたりは暗く、人の姿もない。
あまりに静かすぎて気味が悪く、おのずと足取りも鈍くなる。
そんな張り詰めた状態で、バンっ! と大きな音がしたから、五人は思わず足を止めた。
音のしたほうに振り向くと、さっきまで乗っていた車のフロントガラスに大きなヒビが刻まれていた。
まるで巨大な生物が爪で引っ掻いたような深いキズが、フロントガラスからボンネットに続いている。
「な……?」
戸惑う男たち。
またメッセージが届く。
桐生渚のバックにいる連中に知られた。
連中は怒ってる。
今回の件は無かったことにしてもらいたい。
あんたらも早く逃げたほうがいい。
と、書かれているではないか。
おいおいおい! 冗談じゃないぞと憤り、焦る五人。
「まじかよ!」
「いきなりすぎるだろ!」
逃げろと言われたところで、どこへ行けばいいか、答えが出ない。
いい年こいた大人がオロオロしているうちに、車がひとりでに壊れだす。
見えないハンマーで何度も何度もぶっ叩かれているかのように、車がひしゃげ、ボディのあちこちが凹んでいく。
もはやそれが車であったことすらわからなくなるほどに形が変わっていく。
ひとりでに。
車がただの塊になっていくさまを呆然と見つめる男たち。
そんな中、ひたひたと足音が聞こえる。
女が歩いてくる。
月明かりに照らされる、とびきり美しい女。
ユリウスだった。
「な、なんだよ、おまえ……」
無意識に後ずさっていく五人。
女の全身から漂う冷たさに怖じ気づいている。
殺し屋が来たと本気で思っていた。
暗闇に半身を包みながら、魔王はにこやかに呼びかけた。
「逃げないでいいのか? 車と同じ目に遭うぞ」
その声を浴びた途端、五人の男はユリウスに背を向け全速力で逃げ出した。
「ほっほっほ。それで良い」
ユリウスは満足気に男たちを眺めつつ、いびつな鉄の塊と化した車に手を伸ばす。
全壊したはずの車が、逆再生したかのように元の姿に戻っていく。
「まんまと惑わされおって。この星の大人は訓練が足りぬのう。まあ夜は長い。大いに語り合おうではないか」
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