第22話 魔王の怒り

 ユリウスが五人の襲撃者を追い詰めている中、天堂マコトと桐生渚は息を切らしながら六本木駅にやって来た。


 ユリウスの指示通り、二人を待っていた志度カケルは、


「やあ、来たね。こっちこっち」


 呑気に手招きする。


 どこにでもいる平々凡々なおっさんの姿を見て天堂マコトはしばし硬直した。


 あれが、シドさん?


 カケルとはこれが初対面になる。

 品定めするようにじいっと見つめてくる美しいアイドルにカケルは言った。


「思ってたより、おっさんでしょ?」


 その指摘にテンちゃんは首をふる。


「想像していたより、ずっと優しそうな方でした」


「さすがにおっさんの転がし方が上手いね」


 からかうカケルであったが、すぐ真剣な顔になった。


「始めに言っとくね。このまま俺についてくるつもりなら、この先何が起きようと決して見たこと聞いたことを口外しないこと。それだけ守ってほしい。いつもの生活に戻りたいなら、このまま帰ったほうがいい。二人に任せる」


「……」


 二人は言葉ではなく、目で応える。


「なら、おいで」


 カケルは自分のスマホを渚に預けた。


「あいつは俺に任せると言ったから、ここからは俺のアドリブ」


 言葉の真意がわからず、首を傾げたままスマホに視線を移す渚とテンちゃん。


 照明が落ち、月明かりだけの大きなホールが映されている。


 アートに詳しい渚はひと目でそれが国立新美術館だとわかったが、テンちゃんはピンと来ていない様子。

 それでも、高所にふわふわ浮いている五人の男を見て、ぎょっとする。


「浮いてるんだけど……」


 ワイヤーで吊るされてるわけでもなく、本当に浮いている。

 落ちたら確実に死ぬ高さだ。

 

「これどういうことです? どうしてこんなことが……? 何かの撮影ですか?」


 詰め寄るテンちゃんにカケルは頭をかく。


 テンちゃんの疑問に真面目に答えるとしたら何もかもユリウスの魔法のおかげ、というのが答えになる。けれども説明したところで理解できないだろうと考えたカケルは一言で済ませることにした。


「生放送だよ」


 そんな説明で二人の若い娘が納得するはずないとはわかっているけれど、これからもっとわけわからないことがおきるはずだし、成り行きに任せようと思った。

 

 渚の手にあるスマホに映された宙ぶらりんの男達は文句たらたらだ。


「俺たちは何も悪いことしてないだろ!」


 一人ががなると、残りも同じようなことを口々に吠える。

 当然の権利だとか、罰せられるのはあっちだとか。


 しかし。


「わしは日本人になったばかりでの。この国のルールに疎いゆえ、悪いのはお前たちか娘か、判断ができんのじゃ」


 ユリウスの声だった。


「しかしなあ、娘もお前らも、どちらも急ぎ過ぎではないか? ぶつかり合う前に、決裂する前に、事態を収める手段があった気がするぞ」


 ユリウスの指摘に思うところがあるのか、渚はスマホに釘付けになる。


「あの娘はゴーグルをかぶった状態で強烈な光を浴び、ショックを受け倒れた。事の次第によってはもう絵を書けなくなるほどの怪我や後遺症が残ったかもしれぬ。お前たちもまた、アホで間抜けな冴えない男が所構わず銃を撃ったせいで似たような目にあった。では問おう。おまえたちはそれらの結果から起こりうることにそれぞれ責任を取れたか?  取るつもりだったのか?」


「んなの知るかよ!」


 これが男たちの答えであった。


「あんな女、ただの使い捨てだろ!?  大した才能もないのに見た目がいいだけで騒がれてるだけじゃないか!」


 ユリウスは静かだ。


「そう思うか」


「あと数年たったらわかるさ。劣化したって言われてオワコン扱いされるに決まってる。書いた絵もフリマでたたき売りされるだけだ。そういうもんだろ!」


「そういうものか」


「そんなやつに俺たちの暮らしを荒らされてたまるかってことだよっ! こっちは必死なんだ! 子供の遊びに付き合ってられるか!」


 そのとおりだ。

 降ろせ。

 口々に怒鳴る男たち。

最後にこういった。


「あの女を吊るせばいいだろ!」


 テンちゃんが渚の肩に手を回し、慰めるように声をかける。

 渚は小さく頷いた。


「お前たちの考えはわかった。しかしこれだけは言うておく」


 ユリウスの声は穏やかでよく通る。

 大した声量でもないのに空間の端から端まで届きそうなくらいに澄んでいた。


「娘の絵は荒削りで、自分が何をしたいのか見えておらんから形ばかりなぞって物足りなさを感じることも多い。しかし、あやつの中には他の誰も持ち得ない独特の美意識がある。要するに、見どころがあるということじゃ」


 カケルは気づいた。ユリウスは怒っている。


「わしもたかが一枚の絵で戦争が終わるとか差別がなくなるなどと花畑な事を言うつもりはないが、死にたいくらいに追い詰められていた哀れな社畜が、この絵があればもう少し頑張れたと口にするくらいの効果はあると思うておる」


 カケルが渚の絵を買いたいと言ったときのやり取りを、ユリウスは見ていたらしい。


「その社畜がな、とびきり美しく、恐ろしいほど聡明な姫を迷いの森から連れ出すことで、世界をひとつにまとめるきっかけをつくった……。そんなことがあったかもしれんし、なかったかもしれないし、あったかもしれんし、なかったかもしれないし、あったかもしれない」


 どっちだよ、というツッコミはさておき、ここに来てユリウスの声のトーンが下がった。


「わかるか? 世界を壊す力が人にあるなら逆もまたあるということ。取るに足らない小さな力が、繋がりあってやがて大きな変化を生む。その最初のきっかけになる才能が、あの娘にあるとしたらお前たちは……、いや、別にそんな才能なくても構わん。どちらでもいい。とにかくよく聞けよ、貴様ら」


 この時、ユリウスの体から魔力が放出したのだろう。

 一部始終を映していたスマホがぶるぶる震えだした。

 それでも、スマホを手にしていた渚は構うことなく事の次第を見つめ続ける。


 そしてユリウスの声が響いた。 

 

「わずかな金欲しさに一人の可能性を潰すというのなら、他の誰がそれを認めようと、このわしは許さぬ!」


 ぼんっと煙を吐き出し、完全に壊れるスマホ。

 悲鳴を上げる渚とテンちゃん。

 

 カケルだけが苦笑していた。


「何を偉そうに言ってんだ。魔王のクセして……」


 突然、桐生渚が走り出す。


 あわてて追いかけようとするテンちゃんにカケルは声をかけた。


「大丈夫。もう終わってるはずだよ」

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