第33話 向井徹、京一の関係性
「すいません、寝坊しました。」
慌てて、京一たちの視界に飛び込んでくる向井徹。丁度、京一が、ウッドデッキの床面の水平レベルを見ながら、床板を張っている所であった。
「おーい、徹よ。バタバタと、狂うやんか。」
慌てて、デッキの床面から飛び跳ね、砂地の地面に身体を移動させた。
忍者か。遠くの方で、京一からカット寸法が書かれた紙を見ながら、床板のカット作業をしていた佳織が、そんな言葉を呟く。
「ホンマ、すいません。スマホが鳴らなくて、目覚ましにしとったんやけど…」
徹は、申し訳なさそうに、言い訳を口にする。正直、こんなに慌てなくても、申しわけなく思わなくてもいいのである。この家のリホームは、仕事ではない。
この三人、向井徹と、樋口佳織とは、五年前の京一の帰省旅行で出会った。リストラにあった京一は、今の会社に就職が決まっていた。前会社を退職し、今の会社に入社するまで、一か月の休暇できる。この期間を利用して、京一は、十七年振りの帰省を計画する。高速道路を使わず、一般道を利用して、時間をかけて帰省するという、気ままな一人旅。この旅の時、神戸で、同郷で、今からに帰省するという徹を、自分の旅に誘ったのである。気ままな一人旅が、気ままな二人旅となった。この旅の何日目だったかなぁ。島根県出雲大社で、樋口佳織と出会う事になる。大阪に帰るという佳織と、ほんの数時間、行動を共にしただけであるが、佳織の地元が泉南市であった事もあり、佳織との連絡先を交換した。
「昨日も、十時までやったんやろ。今日ぐらいは、家で、身体休めとき…」
京一と徹は、同じ会社に勤めている。なんで、同じ会社になったのかと云うと、京一の紹介であった。徹にとって、五年前の帰省旅行は、一時的なものであった。高校を卒業して、神戸での会社勤めの二年間は、自分が思い描いていたものではなかったらしい。仕事というモノは、そんなものであるが、まだ、二十歳の徹にとって、耐え難いものであったのだろう。一時的な帰省、田舎で、今後の事をよく考え、人生を見つめ返すための一年のリフレッシュ期間を終える。五年前の旅行以来、まめにLINEのやり取りをしていた二人は、一年のフレッシュ期間を終え、再上阪を決めた時に、京一の方から、うちの会社に来ないかと、誘った。徹と顔を突き合わせたあの帰省の旅。京一にとっては、とてもかけがえのないものになっていた。そして、京一のマンションの部屋が、一つ余っていた事もあり、どうせなら、同居するかという事になった。お金のない徹にとっても、渡りに船だったのである。
「でも、休みの時は、手伝う事になっているし…」
律儀というか、真面目というか…こんな徹の事を京一は、嫌いではない。徹は徹で、同居というよりも、居候と云った方がいいのかもしれない。家賃は、払っていないからである。少なくても、気持ちでも、家賃を払おうとすると、京一は、それを突っぱねた。
このマンションを出て、独り立ちをする時まで、お金は貯めておけと言う。入社して四年。独り立ちする時期は、とうにきている。しかし、京一の口から引っ越しの話は出てこない。
「もういいやん。ずっとこのままで…お金も、もったいないし、俺も、別に迷惑じゃないしな。お前が、迷惑ってゆうなら、話は別やけどな。」
一年前か、この中古一軒家を購入にあたり、徹が、家を出る事を提案した時に、京一が発した言葉である。徹とって、迷惑な話ではないし、ありがたい話でもある。
「お前の気がすすまないんやったら、家賃代わりに、この家のリホームを手伝ってくれや。」
そんな京一が、取ってつけたような口約束を守っている徹を、京一は嫌いになれなかった。
一年前まで、現場仕事をしていた。一年目は、スチール、ベッド枠、脚部の鉄をカットして、溶接する部署。細かく言えば、ベッド枠だけでなく、会社の製品のスチール部材を加工する。二年目は、縫製。会社製品のレザー製の布やその他の布地のカット、縫製する部署。三年目は、レザー張をする部署。四年目は、ベッドの敷板を制作する部署で、もちろん、敷板だけでなく、会社の製品の木工をする部署である。一年ごとに、製造業の柱である現場を渡り歩いてきた。元々、大阪市内の中規模の商社で、営業職を十五年以上のキャリアがある。どちらかというと、製品を作るのではなく、売る方が専門である。実際の製品を見ずに、カタログだけを見て、会社と会社の仲介をする。もちろん、自分の会社で、製造をしたものではない。製造の現場に出向く、完成した製品を見る事はあっても、製造の過程は知らない。商社であるのだから、仕方がない事であるのだが…今の会社にも、このキャリアを買われての採用であった。会社が売り出している製品の製造に関わり、会社の製品を理解した上で、営業業務に関わっていくことを目的に、入社の際、社長に、自分自身で提案したものであった。とにかく、胸を張って、モノを売りたかった。扱う商品の製造、課程を把握したうえで、営業を仕掛けたいという思いがあった。会社としては、長年営業に関わり、京一の営業能力を買い、営業畑の即戦力として、採用に踏み切ったものであったのに、最終的には、京一の提案に乗ってくれる形になった。本当は、最後の現場である、出荷に関する部署も、経験したかったのであるが、一年前、営業部への異動が決まった。
「でも、京一さんも、この一週間、外回りやったんでしょ。」
「まぁ、そこは…昨日は、直帰やったし、お前が、帰ってきた時には、もう寝てたやろ。」
京一は、始めに提示された給料よりも、低くなった。その理由は、営業ではなく、現場で働くことになったからである。簡単に言えば、他の作業員と一緒だという事である。会社が買っている営業のキャリアを活かせない訳だから、京一も納得している。入社して、特別扱いをされないわけであるから、給料は低い。前会社の半分ぐらいであったと思う。一年前、営業に移動になった時に、入社に提示された金額に、給料が上がる。特別扱いのされない徹の一年目の給料は、想像は出来る。だから、あえて、徹から、家賃を貰わないのである。
『お兄ちゃんの田舎、大隅ね。』
五年前、神戸で徹に掛けた第一声である。神戸のおしゃれなカフェで、席が隣になった事がきっかけであった。店員に話しかける徹のイントネーションが気になり、そんな言葉をかけてしまっていた。京一は、宮崎県都城市、宮崎と鹿児島の県境の町が、十八歳まで過ごした、京一の田舎である。徹の故郷は、鹿児島県霧島市。鹿児島は、鹿児島半島と大隅半島に分かれている。宮崎の県境である大隅半島側に、霧島市と都城市が位置している。この地方の方言のイントネーションは、よく似ている。大隅弁と言っていいのだろう。だから、京一は、(大隅ね)という表現をした。要は、同郷だと言いたかったのである。新幹線で田舎に帰る徹を、京一は誘った。高速を使わず、下の道で、今まで行けなかったところに回り、のんびりとゆったりと帰省する旅に誘ったのである。
「まぁ、来てしまったから、いいじゃないの。ここを、ぱっばって、終わらして、ビール飲もうよ。ゴールデンウィークの初日でしょ。軽く軽く、終わらせよ。」
「樋口さん、ビールビールばっかやな。まあ、初日やし、いいか。徹。ここ、手伝ってくれや。」
助け船なのか、横やりなのか、佳織の言葉で、この場面は動く。徹は、京一の床板張りを手伝うために、身体を移動した。桜の季節も終わり、春は終わりかけている。いや、今年は、気温的には、もう初夏なのかもしれない。太陽が真上に位置する中、この三人は、黙々と、ウッドデッキの製作に没頭していた。
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